9話
「ここで会ったが百年目」
「さっきまで一緒だっただろうが」
リング内で俺が見つめ合う相手はシエラ、そう俺の次の対戦相手だ。シエラは戦いに飢えた獣みたいな顔をしている。
彼女の装備でまず目につくのは紫色の魔術書。今まで見たことがない。一点ものの特別な物なのだろう。魔力を感じることができていたら、おそらく凄まじいオーラで包まれているに違いない。
ドレスの胸周りの刺繍は魔法耐性の紋。授業中に習ったものと一致する。
だが紋は無数に散りばめられており、さっきの一つ以外、全く分からない。彼女の攻撃的な性格から察するに、魔力コントロールやブースト系だろうと思う。
楽には勝たせてくれない相手だ。握る剣に力が入ってしまう。
「覚悟はいいかしら?」
力が満ち溢れているといった様子。まさに万全の状態だ。
「お前ホントすがすがしいほどに勇ましいな」
戦い甲斐がある。
彼女はエリア後方に陣取るが、ミリスほどぎりぎりではない。先ほどミリスが押し出されたところを見て。警戒しているのかもしれない。
ふと、彼女のさらに後ろ、エリア外からカレン先生と目が合う。心配そうな表情だ。
確かにシエラの攻撃をまともに喰らったら重症だろう。それが杞憂であってほしいと、何より俺自身が願っている。
先生へ笑みを浮かべ、試合開始を待つ。安心してくれカレン先生、必ず勝つから。
「はじめ!」
その声が耳に届くや否や、疾駆する。とにかく距離を詰めるしかない。
戦術に幅が無いって悲しい。
シエラは呪文を唱えだした。右手から火種が上がると、その力を増していく。
強い魔法ほど詠唱時間も長い。逃げ場のない広範囲にされないように牽制しなくては!
すでに剣を左手に持ち替え、利き手はポーチからナイフを二本同時に投げつける。
急所を狙う必要はない。とにかく詠唱の邪魔が必須なので、大雑把に狙っていることを分からせる。
避けるか、防ぐか。
彼女の選択は後者だった。
「っく、小細工ばかり!」
シエラは腕を振り、手の中の炎を地面に叩きつける。
轟音が響き渡る。
空へと伸びる業火。その力に押され、俺のナイフは方向を変える。
彼女の指は魔術書へと伸び、ページを変える。魔法を変える気だ!
「さっさと、やられな、さい!」
単発の火球魔法の連打。
呪文の合間にこっちへ呪詛のような怒りの声、芸が細かい。
グリンのサンダーボルトほどの速さはないが、厄介な点は別にある。
炎はこちらの足元狙い。俺は過剰なまでに離れる。いつものぎりぎりを見切るようなことはしない。
俺が避けたそれは地面に当たる。爆ぜる衝撃の余波に晒される。
止まってはいけない!
凶暴な風に押されながらも、走る。
明らかに授業中より炎上する範囲が広がっている。
これが本気の彼女の力か。背中を流れる汗は熱ではなく緊張による冷や汗。
上がる火炎とつむじ風の間から、彼女をにらみつける。
強敵だよ畜生っ!
俺は小刻みに足を動かし、走るテンポを変える。
時に爆発を置き去りに、時には爆発が自分の前で起こるように。襲い来る間隔が一定なのが救い。
火球と爆風の連打。轟音が聴覚を貫く。置く場を噛みしめ、耐える。威力の弱まりはまったく感じない。魔力切れなんて期待してなかったが、どれだけの総量があるんだよ。
俺はナイフの牽制を挟みながら、弧を描いで接近する。
彼女は苦虫を噛み潰したような表情だ。
「どうして私に気持ちよくやらせてくれないのよ!?」
怖えよこの女!
だがそれももう終わりだ。
十分に近づけた。最後の牽制に片手で握れるだけのナイフを放り投げる。
距離が短すぎて魔法での防御が間に合わないと悟った彼女は横へ逃げる。
だが、二歩目を勧めようとした瞬間、彼女は思わぬ転倒をすることになった。
何かに捕まれたように、彼女はつんのめり、倒れた。
「なんなのよ!?」
急いで身を起こす彼女は違和感があったはずの自分の足元を確認する。
そこにはスカートと地面を繋ぐ、一本の刃。乱雑に投げた俺のナイフが、偶然にも彼女を拘束していた。長いスカートが仇となった結果だ。
逸る息のまま、彼女に告げる。
「味気ない幕切れですまないが、これで終わりだ」
まだ両手が地面から離れていないシエラの眼前に、俺はゆっくりと剣を向ける。
「そこまで」
判定が下された。俺は剣を納め、深く呼吸をして息を整える。激しい心臓の拍動が勝どきを上げる兵のように収まりがつかない。
「辛勝だよ、まったく……」
いまだ座ったままのシエラに手を伸ばし、彼女を立たせる。身近から見ると鼻先が赤い。さっき顔から倒れこんだせいだな。
そんなことを何となしに思っていると、彼女がジト目でつぶやいた。
「ノーカン」
「え?」
「ノーカウントよこんなの! 何かの間違い。絶対におかしいわよ」
喚き散らす彼女にはいつもの凛々しさの欠片もない。負け慣れていないのだろう。
「負けず嫌いなのはいいことだが、自分に足りないものがあったってわかっただろ。前に進むために、まずは負けを認めろ」
人差し指で彼女の額を小突きながらそう言ってやった。
「うっさいバカ!」
繰り出されたビンタが俺の頬を弾く。手加減なしの一撃だ、痛くないわけがない。余計な小言だったか。
彼女はスカートに刺さったナイフを引っこ抜くと、こっちへ投げてよこしてきやがった。なんて危ない女なんだと、キャッチしながらに思う。視線をナイフからシエラに戻すと、彼女が大股で外へ出ていくところだった。
「シエラ、またやろうな!」
彼女の後頭部へ声を投げかけると、彼女は振り返りざま、言い返してきた。
「まぐれでも私に勝ったんだから、最後も勝ちなさいよ。でないと私のクラス内順位、相対的に落ちるじゃない」
彼女なりの激励なのだろう。内心苦笑して俺はナイフをポーチに納めてリング外へと出た。残す一戦も、絶対に負けられない。
そんなシエラだが、三回戦は彼女とよくクラスで言い争いをしている、金髪貴族のマルゴットを開始早々燃やしての快勝だった。相手が無駄にかっこいいポーズを決めながら呪文を唱えているところを、シエラの炎が直撃。倒れた彼女は魔法防御力がかなり高いおかげで服はほぼ焦げたがやけどの跡はなく、炎による酸欠で勝負が決まったようだ。
「やっぱりこうじゃないとね」
戻ってくるシエラはうんうんと頷きながら自画自賛。あれだけ気持ちよく勝てたのだ、とても満足げな表情に思えた。
「エクセレント」
「ん、ありがと」
こっちに歩いてくるシエラに賛辞の声をかければ、彼女は軽い返事をしてミリスのほうへと向かっていった。自分の勝利を一番自慢したい相手は唯一無二の親友のようだ。なんだか微笑ましい。
シエラに目線を奪われていたところ、俺の名を呼ぶ声がした。やっと出番が回ってきた。
「で、俺の相手は――」