8話
過ぎてみれば時間は一瞬。筆記試験も終わり実技のテスト。学校前グラウンドに一年がクラスごとに並ぶ。
さすがに徹夜して体調を崩している奴はいないようだ、と思ったら眠そうな顔をしている奴が何名か見える。
「おいおい、大丈夫かよ」
「そんなこと言って、一番危ないのはあんたなんじゃない。随分余裕そうだけど、もしかして魔法が使えるようになった? それとも諦めたのかしら」
「ちょっと、シエラ。言い過ぎだよぉ」
俺と同じぐらいの身長のシエラはいつも尊大な貴族らしい人物だ。金眼が輝き自信にあふれている。
一方の長身のシエラはおどおどしている。実力は確かなんだしもっと胸を張って生きろ。
「いや、相変わらず使えないよ魔法」
「じゃあ諦めたのね」
「それも違う」
俺が即否定してやると、彼女は不快な顔をする。
「は? 意味わからないんだけど」
「シエラ、言葉がきつすぎるよ」
シエラの目をまっすぐ見て言う。
「魔法は使えない。だけど、クリアして見せるぜこのテスト」
「ふん、それが虚言じゃないことを証明してもらおうじゃないの」
「ああ」
頷く俺を確認すると、彼女は脇のミリスをちらりと見て一言。
「あんたに期待してる奴だっているんだから、失望させるんじゃないわよ」
そんな一言が彼女の口から出るとは思っておらず、思わず苦笑した。
「応援ありがとうな。おかげで緊張がほぐれた気がするよ」
「ばっかじゃないの!? あんたホントばっかじゃないの!?」
顔を真っ赤にして叫ぶ彼女は踵を返して速足で去っていった。
「ジューダス君、大変だと思うけど頑張ってね」
ミリスが勇気をもって言葉を絞り出してきた。共学だがまだ異性との会話になれていないのか? 箱入り娘だったのだろう。
彼女もシエラからの呼ぶ声でいってしまった。
「さて、俺も道具のチェックチェック」
無地の麻の袋口を開け、中のアイテムの点検をする。
「よし、異常なし」
顔を上げるといつもの三人が近づいてくるところだった。
「ジューダスにとってはこれが正念場だな」
「気楽に行こう。産むが易しだよ」
「……」
沈黙するアージの顔色が悪い。俺は背中をたたいて激励してやる。
「おいおい、俺よりアージのほうが心配になってきたぞ。しっかりしろ」
「う、うん。頑張るよ……」
そんな俺たちの会話は、冷たい男の声で中断される。
「これより、実技試験を開始する。全員そろっているな」
担任のガウェインが名簿を見ながらチェックする。そして顔を上げて一言。
「よし、クラス全員いるようだ。早速始める」
奴の鋭い目が俺を見定める。
「ジューダス、まずはお前からだ」
「なんで!? こういうの名前の順からだろ」
俺は戸惑いを隠せないでいた。クラスメイト達も騒めき立つ。
「実技の成績下位者からだ。文句は言わせない。準備しろ」
ならば仕方ない。溜息一つ、深呼吸一つ。俺は前に出る。
「はい」
ガウェインは無表情で告げてくる。
「魔法が使えないお前だが、棄権するか?」
「その前に一つ、質問」
「よかろう」
「ここは実力至上主義な学校だ。だから、いいんだよな?」
「何がだ」
自然と笑みが浮かぶ。
「魔法が使えなくても、魔法と遜色ない結果さえ出せれば、いいんだよな?」
ガウェインの目が見開いた。
「知っていたのか――いや、辿り着いたのか。認めよう」
よし、OK! 内心ガッツポーズ。
周りから非難の声。
そんな生徒達に担任が言い放つ。
「言っておくが、お前らも道具さえあればやってよい。だが、今からなら魔法のほうが確実だぞ」
重度の風邪で魔法をコントロールできないと思った生徒が、苦肉の策として提案したのが認められたという前例がある、というのをいろんな人に相談した結果、得られた。
なんせ俺の不名誉なあだ名のおかげで、知名度はあった。聞き出すのもスムーズに行えた。
「まずは的当て。正確性と速さを見る。横並びになっている十本の的に十五回の射撃でチャレンジしてもらう」
俺は袋の中から大小さまざまなナイフを取り出した。モノによっては使い古されたものあるが仕方ない。なんせゴミ捨て場から拾ってきた品や校内工房の失敗作ばかりだ。
「一投目から時間を測る。好きなタイミングで始めろ」
ならば、準備運動からだ。肩を回し屈伸の運動。体が思うように動かなければ当てるのも難しい。最後に手首を揺らし運動終了。
腰にポーチを巻き、ナイフを一本残して残りはすべてその中へ。
最後に標的を目視。いくつも並べられた長机に大きめな薪が並んで立っている。俺は右端の薪正面へ移動する。
距離は一三メートル前後。風はほぼ無風。練習した距離より少し遠い。角度やリリースポイントを変えるて投げるとすっぽ抜ける可能性がるので、少し力を加算するようにしよう。
右手の親指と手のひらでナイフを挟む。頭の横に上げ、一呼吸。息を止め的へ投擲!
――コス
風を切り標的に刺さる快音。
投げた瞬間、当たる予感がした。試験の内容が発表された次の日から特訓した甲斐があった。工房のおっちゃん、投げ方教えてくれてありがとう。
俺は左へ一歩ずれる。落ち着け、早さより正確性のほうが大事との情報。逸る気持ちを静める。
結局俺の成績は八本の当たりと一本の掠り。クラスの平均は九本程度なので少し劣るぐらいか。
威力のテストは鎖でつながれたモーニングスターを遠心力を生かしての投擲で凌ぎ、範囲のテストは鎖分銅で複数の薪をまとめて引きずり下ろした。おそらく平均よりは下だが、クラスの中でも最下位ということはないだろう。
そして最後の摸擬戦が始まった。
「最初の相手が、まさかお前だとはね」
「よ、よろしくお願いします」
立派な杖を強く握りしてめ震えるのは、さっき話していたミリス。白を基調としたローブに複数の紋が刻まれている。神官系後方魔術師の衣装だ、補助的な効果もあるのだろう。
自分の全力を見せるこの試験だけは、自前の特注装備が許可されている。
「そんなに緊張しなくてもいいぞミリス。この校庭は一定以上のダメージが出ないようにされているから俺を殺す心配もないし、思いっきり来い。俺も全力でぶつかりに行くから」
「はははは、はいっ!」
声をかけたら余計あたふたしやがった。もう知らん。
俺たち以外もクラスで三組が同時進行で試合をやらされる。緊張感が漂う。
「これより、試合を始めます。互いに、礼!」
審判員は他のクラスの先生。太い声と武骨な手が印象的だ。
半径十メートルの円内がバトルフィールド。触れば感触がある結界で、出たら負け。相手の魔法に身の危険を感じて飛び出せば、防いでくれるそうだ。
半円の自由なところから試合を開始していいというルールだけあってシエラはぎりぎりまで下がっている。もちろん俺はできるだけ前の、エリア中央に立つ。
「――はじめ!」
聞こえた瞬間俺は走り出す。
ミリスはワンテンポ遅れて慌てて呪文を唱えだした。
「っせせせ聖域よ、在れ」
ショートカットされた呪文で彼女の周りに霧が現れだす。
支援系後衛な彼女は外敵を弾く霧の魔法を使い、時間切れを狙っているようだ。
何も倒すだけが戦いではない、相手の攻撃を凌ぐのもまた立派な戦略だ。支援系魔法使いが一人きりという瞬間はほぼないので、味方がくるまで時間を稼ぐという実戦の想定。
俺は霧の前で足を止める。向こうの魔法が間に合ってしまった。回り込むには結界からでなければいけない。
霧を面して互いににらみ合う形となった。霧には弾性があり、無理に入り込むほど弾く力は強い。
「だったら……」
俺は力いっぱい剣を地面に突き刺し、手ぶらの状態。そこから数歩下がる。
軽く駆け、小さく跳ぶ。足が地から離れ、次に踏んだのは剣の柄。そこからさらに跳び上がるっ!
宙で下半身が霧に当たらないように縦回転。霧の壁を越え落ちていく。
「嘘ぉ!?」
「嘘じゃない!」
驚きで反撃を忘れたミリア。彼女に対して落下の勢いそのままに、彼女の頭めがけ頭突きをくらわす。
「――っ」
衝撃で視界が一瞬暗くなるが、相手から目を離すことはしない。よろめく彼女は両手で頭を覆っていた。
俺は隙だらけな彼女の両肩に優しく触れ、押し出す。
「あっ!」
ミリスが気が付いた時にはすでに結界の外。
「それまで! 勝者ジューダス・バニストン。互いに健闘を称え、礼!」
下げた頭を上げ、ふ~、と一息。なんとか勝てたが、内心ひやひやだった。上空で霧に弾かれでもしたらと思うと、ぞっとする。
結界を出て彼女と握手をした。
「おめでとうジューダス君」
「ミリスも次頑張れよ」
挨拶もそこそこに、クラスメイト達の戦いを見る。みんな特訓で新技や秘策があるかもしれない。観察はしておかないと。
俺はミリスの隣に座った。
彼女に保険医のカレン先生が近づいてきた。
「頭を見せてください」
「はいっ、お願いします」
額の状態を見た先生は、軽い治癒魔法と氷嚢を施した。
「よし、これで問題ないでしょう」
「ありがとうございました」
カレン先生は立ち上がるとこっちを見た。
「あんまり女の子を傷つけちゃ、メッ! ですよ」
「分かってますよ」
「よろしい、それではまたー」
白衣をはためかせると、彼女は颯爽と次の患者のところへと移動していく。
「先生大忙しですね」
「そうだな、こういう試験日が一番大変なんだろう」
先生を見ながら俺達はそんな感想をつぶやいた。
「あっ、次はシエラの番です。ジューダス君も応援して」
彼女が指さした先には、厳つい表情の小さな少女。まぁ俺も同じぐらいの背丈なんだが。彼女の自前の衣装は真っ赤なドレス、自信家のあいつにはお似合いだと思う。
「なんか異性への応援って恥ずかしいんだけどなぁ」
「いいから、早く早く!」
「分かったよ……」
俺達二人はせーのっ、で呼吸を合わせて叫んだ。
「「シエラ~! 頑張れー!」」
「うっさーい!」
シエラの怒声と周りからの笑い声が響く。
「シエラったら恥ずかしがり屋なんだから」
「おまえらって仲良しだよな。幼馴染ってやつ?」
「うん、物心ついた頃からよく遊んでたよ」
会話をしながら彼女の試合を見ていると、勝負は最初の一発でついてしまった。
彼女の繰り出した業火を、魔術障壁でどうにかしようとしていた相手が、耐えきれずリングアウトしたからだ。
試合が終わるとシエラがこちらへやってくる。ぶすっとした表情をしている。
「恥ずかしい真似、すんな!」
開口一番、予想通りのお怒りだった。
「あはは、シエラ勝ったね。おめでとう」
ミリスに続いて俺も口を開く。
「おめでとう」
「大体、なんであんたがいるのよ。ちょっとどきなさいよ」
しっしっ、と手を払う彼女をミリスが諫める。
「別にいいじゃない」
「そりゃ、ミリスがそういうなら……」
本心では納得がいかないのだろう、なにかまだグチグチつぶやいてる。
「で、俺の実技はどうだった? なんとかクリアしただろ」
「はぁ!? 知らないわよあんたの実技なんて」
「嘘つき―。一番最初だったから注目してたもん」
叫ぶシエラをミリスが笑いながら抱いて座らせる。本当に仲良しだな。
「ちょっとミリス、っく、あんた!」
「なんだよ」
「……少しは見直してやらないこともないわ」
「ありがとな」
認めてくれることは素直にうれしい。彼女ぐらいの実力者に認められたならなおさらのこと。
「――っ知らない!」
頬を膨らませた彼女はミリスの両腕に収まったまま、そっぽを向き、次の試合まで会話をしてくれることはなかった。
――そう、次の試合まで。