Summer-片影
暑い季節です。
少しずつですが更新させて面白いものが書ければと思っています。
よろしくお願いします。
「だから、アイツに関わるな。って忠告したのに」
「こ、こんなの、不可、抗力です」
ささやくようになんとか声を絞り出すが、対面するメガネの奥の瞳は、その身なりには全く似合わない鋭い瞳。睨んでいる訳ではないのだろうが、真っ直ぐに見据えられると萎縮して言葉に詰まってしまう。それでも、やっとの思いで絞り出した言葉は「ごめんなさい」
何故だか、謝ることしか出来なかった。
◇
大学に通い始め約一年。この駅前に来ているのに、こんな路地裏は知らない。
家から街までは電車とバスを乗り継いで約一時間。ただでさえ少ないバスなのに、電車の発車時刻に上手く噛み合うのは一時間おき。おかげで、お金の無い高校生までは街で買い物!と言うのはなかなかの一大行事だった。
田畑に囲まれた地元と違い東北随一の駅前は華やかで人に音に物に溢れていて、ウィンドウショッピングだけで楽しかった。
でも、こんな日の当たらない細い道にはまだ来たことがない。駅前のアーケードを置き去りに脇道を逸れて、逸れて、逸れて。
ここ、どこ?路地裏とでも言うようなビルとビルの間。小さな開店前のスナックの看板が立ち並び古ぼけたラーメン屋の幟の脇を通り抜けてきた来た。この辺りは、飲み屋街として有名で、夜でも昼のように、いや、昼以上に明るく賑やかだ。しかし、昼間は夜の華やかさとは一転し人の姿も業者の人が数人見えるだけ。
「少しここで様子を見よう」
無言で頷き、両手で肩を抱き小さくなるが呼吸は荒いままで心臓は爆発寸前だ。道なき道のような大人がすれ違うのすらも難し程の狭い路地まで辿り着いた。周囲をビルの壁で囲まれているが、ピンクと紫の小さいが派手な色の看板がぽつんと一つ出ている様子から一応はここも道なのだろうと思う。しかし、その店はどうやらまだ開店前のようで、看板のライトは点灯されてはいない。
なんで、こんな所に居るんだろう。
「大丈夫?」
「は、はい。な、なんとか」
黒いパーカーの背に入れられた、桃色の髪のキャラクターに向かって答える。彼は、いかにもヲタクな雰囲気を纏っているが、その見た目とは裏腹に、あれだけ走ったのに息ひとつ切らしている様子はない。やはり、秋庭と呼ばれるこの男性は、先日、ジムで強烈なストレートを放っていた人物と同じなのだろう。
「あ、秋庭さん。いったいあの人、たちは?」
まだまだ息が切れてスムーズには話せないが、聞かずにもいられない。あの男達は誰なのだと。
「少し、休もう」
休もうと言いつつも、彼の神経は周囲を警戒をしたままで目線は今来た方角を睨み付けている。
私は、いったん、ゆっくりと息を吸い込み身体中に酸素を送り込む。体内のポンプはフル稼働で全身の隅々まで血液を循環させてくれているが、なかなか供給が間に合わず何度も深い深呼吸をする。
「さっきの人達は、誰なんですか」
「知らない」
「し、知らないって!?だって、だったらなんで?」
「だから、ケンとは関わりたくないんだ」
「ケンさんが何かしたんですか?だ、だったら、何で私が?あなたが、何で?」
肩を大きく上下運動させているが、思うように呼吸は落ち着かない。頭の中も「どうして?」と「何で?」ばかりが駆け巡る。
「ーーーーーき、君は?その、アイツの、何?」
「何?って、別に、こないだ助けに入ってもらっただけです」
ふうん。と適当でそっけない返答。聞いてきたくせにと、若干、反発してしまう。嫌ならさっさと一人帰路に着けばよいのだが、生憎、この状況ではそうもいかない。
「ケンさんは、誰かに終われるようなことしたんですか?秋庭さんは?」
「何もしてないし、何も知らない。き、君のことを、追いかけてるんじゃないの?」
「私のわけが!んーんーー」
突然に口を塞がれてじたばたとするところに耳元で「静かに!」と囁かれると、ぞわりっとし再び鼓動が早まる。
「見つかるとまた、お、襲われるかもしれない」
相手が誰なのか目的が何なのか分からない今、サングラスの男たちに見つからないようにしているのが最優先だと。
本当に、何故こんなところに居るのだろう。何故、秋庭と呼ばれる人間と一緒に逃げているのだろう。
しかし、考えてもその理由なぞ解りはしない。何故なら、秋庭さんに、りっちゃんの家のドアに防犯カメラを設置してもらっただけ。その帰り道に過ぎなかったのに。
ーーー本当に、どうしてだろう?
秋庭さんと最初に出会ったのは、丁度、一週間前。喫茶店のマスターの紹介で、ストーカー被害に遭っている友達のりっちゃんの為、防犯に詳しいと言う知人への無料相談所を開催してくれたの時だ。しかし、その出会いはなかなか鮮烈だったと思う。指定されたのは彼がマスターを勤める喫茶店。言い争いの現場に鉢合わせ、怖くなって逃げてしまった出前、喫茶店に行くのは躊躇われ一人だったら、きっと来れなかっただろう。
しかし、気合いを入れていざ訪れてみたら、専門家の知人どころか、マスターすら店には居なかった。
「時間通りね。ケンから頼まれているの。秋庭くんを紹介すればいいのでしょう?」
店にいたのは先日も店で働いていたモデル並みのスタイルの女性。店に着いて早々に「いらっしゃいませ」のお店特有の第一声を無視し疑問を投げつけられた私たちはただ呆然とフリーズしドアの前で立ち尽くした。
ドアを開けた途端に質問とも取れる決定事項を投げつけられて、即座に正しい反応が出来る人間はそういないだろう。
しかし、そのそんな再会よりも新鮮で、衝撃的だったのが秋庭さんとの出会いだった。
防犯に詳しい人を紹介すると言って美咲さん(と名乗る喫茶店の女性)に連れていかれたのは駅裏にあるフィットネスクラブ。
そこのボクシングルームと書かれた部屋を開けると、そこには力強く踏み込んだ左足に、真っ直ぐに伸びた右腕が相手の頬にクリーンヒットした正にその時であった。あしたの⚪ョー!?を彷彿とさせるような激しくも静かな一撃。格闘技のことなどサッパリだったが、その右ストレートはハッと息を飲むような美しいフォームだった。そんな、漫画の様なワンシーンなど気にもせず、
「秋庭くん!」
彼女の声にビクリっと反応し、先程までの美しいフォームが崩れていく。
「み、みみ、美咲さん!?な、なん、で?」
「少し時間あるかしら?あなたと話したいの」
「す、少しなら。ほ、ほんとに少し、しか今は時間ないけど」
グローブと髪止めのゴムを乱暴に外し頭をワシワシと掻いて、リングから飛び降りてくる。その所作はあまりに軽く羽が生えていると思ったら、背中には本当に羽の生えた少女のキャラクターが踊っていて、思わず注視してしまう。
「突然来てしまって悪かったわね」
「い、いえ、ぜんぜん‥‥」
下を向いたまま赤くなって小さくなっているのを無視して、美咲さんは淡々と話し始める。
「紹介するわ、彼は秋庭くん。ここのインストラクターをしているの。そして、セキュリティ関係のプロ」
僅かに強調させたプロと言う単語に反応し、下を向いていた顔がぴくりと動きこちらを睨む視線を見てしまった。
「秋庭くん、彼女たちは美奈ちゃんと理緒ちゃん。ストーカー被害にあってるらしいの」
私たちはそれぞれに、軽く自己紹介と挨拶を済ませるが、彼は下を向いたまま微動だにしない。その姿勢が私たちの話を全力で拒否しているようで、たったの2、3言の会話だけなのに時間が止まったかのように長く感じられる。
やっとの思いで済ませた一方的な会話のアンサーは沈黙しか返してはもらえない。
「ってことだから、秋庭くん、彼女達の力になってあげて」
何が、「って事」なのかは分からないが、秋庭さんは地面をじっとみつめたまま、ぽつり、と。
「ーーーストーカーって?」
「正確には、未だストーカーと断定は出来てないの。不審物が自宅に届けられる程度・・」
「ほ、本当にストーカーなら、自宅が割れてるのなら・・・・で、でも、俺は、その・・・・関係、ない」
普通に考えれば、突然職場まで押し掛けて、初対面の人間をストーカー被害から救え。そんなミッションは受理しないだろう。防犯のプロ聞かされてはいたが、プロではないのだ。そもそも、黙って美咲さんに連れられてこのフィットネスクラブまで来たのも間違いだったかもしれない。
「警護を頼んでいるわけじゃないわ。まずは、正体を突き止めたいって所よ」
「け、警察に行」
「あなたが警察を信用しているのなら、そう、彼女たちにアドバイスしてあげて」
その一言で、再び時が止まってしまったかのように微動だにせず、何とも気まずい空気が流れた。
「あ、あの、さすがに、申し訳ないと言うか、か、か、帰り‥‥」
沈黙に耐えきれずりっちゃんが帰宅を申し入れようとした所に、救世主が現れた。
「みーさーきさん!!折角来てくれたのに、なになに?秋庭とばっかり話しちゃって!見学に来てくれたの?」
白い歯に白いTシャツが似合う、秋庭さんにノックアウトさせられていたのはまるで嘘であったかのような男性が笑顔で近づき、美咲さんの肩に手を置く。
「今日は、秋庭くんを彼女達に紹介したくて来たの。お邪魔してごめんなさいね」
「こんなオタクばっかり構わないで、今夜お食事でもいかがですか」
爽やかに白い歯をキラリとさせて、チャラチャラと誘いだす。「また今度ね」と、誘いを断り無言のまま秋庭さんの動向を伺っている。
「ーーーも、もう、か、帰ってくれ。今日のレッスンがは、始まる、時間です」
ボサボサの髪を髪ゴムで結わえ直してリング横でウォーミングアップしている女性の集団がいる方へと歩いていく。ボクシングという項目ではあるが、ここはフィットネスクラブ。健康や美に関心がある女性が多いのだろう。しかも、平日の昼間と言うこともあり今時分は、40台前後だろうと思われる婦人が多い。そして、意外にも人気のある講師なのか、「秋庭くーん」と黄色い声や女性問題と勘違いしたのかニヤニヤしながら、奥様方は笑っている。
「秋庭くん?」
美咲さんの静かな問いかけに、
「ぁす‥‥明後日、大学の食堂前に2時に行く」