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GOLD  作者: Lily
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Summer-半夏至 4

 今は、りっちゃんとの別れ帰り道。ではない。駅近くまで行ったのにも関わらず、一人とぼとぼとお店まで戻ってきたのだ。戻ってきたのに、なかなか、このドアが開けられない。暑い。わざわざ戻ってきたのと緊張も相まって汗が滝のように流れてくる。

 一昨日の怪我の手当てのお礼と思って買ったクッキーの詰め合わせを、実はまだ渡せていない。一人で来るのは緊張するため、りっちゃんを引っ張ってきたのだが。

タイミングがどうしてもつかめなかった。

 それと戻ってきたのにはもうひとつ理由がある。相変わらずの抜けっプリで自分でも`残念`意外に言葉が出ない。夏の日差しに、勇として戦ってくれていたお気に入りの麦わら帽子を忘れてきてしまったのだ。


 よしっ、と、勇気を出し静かに、お店のドアを開ける。

 どうしたの?と不思議そうな目で見られるのではと少しドキドキ。何か、言い訳でもしないと、

「あ、あの~もしかして、黒いリボンの帽子ありま・・・・」

「ふざけるな!?だからお前とは組みたくないって言ったんだ!!」

つい数分前までは居なかった知らない男性の怒鳴り声。

「現場の情報はお前しかわからないんだよ。なんでカメラまで切ったんだ」

「知らない」

「は?他に誰が居るんだよ?」

「知らない」

 今にも殴りそうな勢いでいる男性は、肩にかかったボサボサの髪を乱して頭を抱えている。

「か、金だって・・!」

「取り分は渡しただろ?」

「あーーー、ほ、本当はお前、最初から気づいてたんじゃないのかお前なら気づいてても・・・?俺ををはめたのか」

「は?何を・・・」

「お、俺の計画は完璧だった」

「何を言ってるのか解らない」

 熱を帯びた声に応えるマスターの声は酷く冷たく聞こえる。

「あのタイミングで警察サツがくるなんて」  

I’ve(いい) had(加減に) enough(しろ)!!」

 しんと静まった店内で、状況を察知出来ずどうしていいのか分からず立ち尽くしていると彼と、目が合ってしまった。そうか、すぐに扉を閉めれば良かった。

「実奈ちゃん?どうしたの?」

 静寂を打ち破りマスターが私に問うが、言葉を続けることが出来ない。

「美奈ちゃん?」

 その仕草は手を払い男を追い払おうしていたのだが、私への口調は優しかった。優しすぎた。

 目が合った瞬間に、ピンと張り詰めていた店内が柔らかく私を迎えてくれた。店の空気とともに変化したその表情は、先日と今日だけでも何度か見た、涼しげで不思議と安心してしまう笑顔。

「おい!」

 マスターは、話は終わりと目線を反らすが、構わず何か呟くように話している。

「ーーーあいつら、ここまで来てるぞ」

「ーーお客様だ。アキバは早く帰れ」

「俺はあきわ(・・・)だ」

 しばし、睨みあいが続いたのだが、あきわと名乗るオタク風の男性は、ふいと向きを返し、また来ると呟いて店を出て行った。

 焦げ茶のフレームのメガネだけでは青みがかったくまを隠せてはいない。が、意外にもクリッとした目が可愛らしい。青いチェックのシャツによれよれのストレートのデニム。インナーにはピンクの髪の女の子がプリントされたタンクトップを着用しザ、オタクと言わんばかりの服装をしていた。

 しかし、ドアの前に立ち尽くしていた私には、意外にも丁寧にドアを通して欲しいと頼み、静かに去っていったのだ。

 非常に悪いタイミングに戻ってしまったようだ。

「ごめんね。変な奴にからまれちゃった。で?どうしたの?俺に会いに戻ってきたの?」

 その言葉は少し冗談めいていて、その口調は私を気遣ってくれているようだ。

「あ、はい」

「本当!嬉しいね」

「あの、すみません。なんか、邪魔してしまったみたいで。今日、ホントはこないだのお礼をしたかったんです。帽子も取りにきましたけど・・・・」

 ありがとうとクッキーの箱を押しつけて逃げるように店を出てしまった。もう、外の暑さは感じられない。

 マスターの顔が、見たこともないあの表情。言い争いとか、気まずい雰囲気なんてものとは比べられない。‘殺気’に満ちていた。空気が重く時間すら固まっていたかのようだ。


 けれど、それよりも、あの重く苦しい雰囲気が、一瞬にして消えた。

 魔法かと思ってしまった。

 何故だろう。

 怖かった。

 呪文こそなかったけれど、空気が消えたきっかけは、マスターだ。彼と目があって、その顔が笑顔になった瞬間に、店に魔法が掛かったのかと心の底から驚いた。

 

          ◇


 珍しく純粋なお客に逃げられてしまった。なんと、華の女子大生に。

 それもこれも、あのアキバ野郎のせいだろう。余計な因縁ふっかけやがって。通信が切れたのは俺のせいだと?しかも金が足りないって、金の正体に気付いたのは俺だ。感謝はされても、文句を言われる筋合いはない。あの暗闇の中気づけたなんて、俺の見る目があってこそだろう。

 それよりも、気になるのはアキバの言葉だ。「あいつら、もう入ってる」ありえないスピードだ。たしかに日本の警察は世界屈指の優秀さだろう。しかし、事件の発覚から2,3日で、俺やアキバに辿り着くはずがない。

 気になるのはもう一つ。アイツが金の事を口に出した事なんて今までで一度もない。金に執着なんてしていないくせに。あいつの金の使い道なんて2次元のキャラクターグッズばかりのはずだ。まったく理解は出来ないが、金よりも何よりも大切なモノらしい。

 ーーーやっぱりおかしい。

 いつもと何か様子の違うアキバ。よく思い返すと、あいつが怒ること自体珍しい。まぁ、あれは怒るとはちょっと違うかもしれないが・・・・


「何か企んでるわね」

 考えついた言葉が、背後から女性の声になって聞こえてきた。

「やっぱり、美咲さんもそう思う?」

 店内には俺を除けば彼女しかいない。最近は、もう驚かなくなったが、彼女は他人の考えていることが分かるかのように、人の感情や気持ちを口にする。最初の頃は、気づかないうちに声に出てしまっているのかと慌てたのだが。

秋庭あきわくんがお金の事を持ち出すなんて初めてだわ。しかも、拳まで振り上げてあなたにケンカを売る真似なんかしたんでしょう」

 こんな風に、無表情のまま自分の腕を振り上げて襲い掛かろうとする様子は、不思議と怖いものがある。が、はいはいと優しく、静かになだめその腕を下ろさせる。

「勝手に話を作らないでね。でも、美奈ちゃんが来なかったらあり得たのかぁ・・・・。うーん、そこまでする度胸はないだろうな。まぁ、本当に殴ってきた方が楽しめたけど」

「待って、また、お店を壊す気だったの」

大袈裟おおげさだなぁ」

 えーと、あれ?そんな目で見ないで下さい。静かに蔑んだ瞳は堪えるんですよ。

「み、美咲さん?」

 えっと、あの時はいくつかコーヒーカップと椅子が壊れたんだったかな。あ、窓ガラスも割れたっけ。

 うーーーん・・・・・・

「あのぉ・・・」

「このコーヒーカップ、相方がいなくなって寂しそうだわ」

「ーーーあ、あの時は、すみませんでした」

「そんな事より、美奈ちゃんって?」

 頭を下げるのをしっかりと見届けてからひとの言葉をスルーする。もう、この人のマイペースさにも慣れたよ。  

 ーーーはぁ。

「今日、お客さんで来た子」

「どっち?」

 どっち?と2択しかない程に、本日のお客の入りは悪かった。

 適当に彼女の特徴を告げるが、案の定、美咲さんは面白くなかったのかカウンターに頬杖をついたまま微動だにしない。

「興味がないのに何故聞いたの?」

「興味があるから聞いたのよ」

 人形のように思考にふける彼女の言葉を静かに待つ。

 カーテンの隙間から入ってくる光線。まもなく18時にもなるのに、店の外は朱く染まり未だ町は活動を止めず黒い影がいそいそと停止のときを待っている。

「秋庭くん、何がしたいのかしら」

 背中に赤を受け止めながらポツリと言葉をこぼす。

「趣味と拘りのモノ以外は、積極的に行動するところ見たことないわ」

「趣味と拘り以外ねぇ。・・・そっか。だからか・・・うん。分かった、気がする」

「そう」

「それだけ?」

 少し窮屈そうに足を組み直し、そっけなく返事をする。

「私が気にするのは不足分だけ」

「えー、アイツの企みには乗りたくないなぁ」

「私、秋庭くんの考えなんて解らないし、あなたの気持ちも興味ないわ」

「えーー、俺、帰ってきたばっかりなんだけど」

「それが?」

 はぁ。態度も言葉も素直ではない。そして、自分の意志だけは変えてはくれない。

「分かったよ。少し探る」

 室内に伸びる影も随分と背を伸ばしている。

 陰影が色濃く美咲さんの表情は見えないが、微かに口角を上げやっと少し納得してくれたようだ。


          ◇


 贋札のせいで当初想定した額とは違うものの、当面の生活費と言うには十分すぎる額は手に入れた。しかし、厄介なのは金のインゴットに替えられていること。正規購入されているインゴットはLBMA認定ロゴと地金ナンバーが刻印されている。その為に、すぐに換金するのは足がつく。きんの相場は1gで約4,500円。あの場にあった金のインゴットは10kgにも及んだのだ。


「贋札、インゴット、アキバ」

 手に入れたインゴットをカウンターに並べぶつぶつと呟きながらコーヒー片手に一人考えてみる。

 ーー今回の仕事は、特別難しいものではなかったはずだ。一般的なブラック企業だった。いや、それは多少言い過ぎかもしれない。ただ、会社社長が会社の利益(・・・・・)を最優先しすぎた為に私腹を肥やして急成長した企業だ。

 何の変鉄もないペットボトルの水にオリジナルのラベル張り付けるだけ。この程度であれば流石に騙される側の人間も少なかったのだろうが、この会社の優秀な点は介護サービスの一貫として、水の販売を行い一般人の介入を極力押さえたことだ。

「でも、どうしてわざわざインゴットに換えたんだ?」

 裕福な家庭の財産や運用的なものならともかく、企業の隠し財産では運用は難しい。

「金が足りない。上辺だけ・・・」

 インゴットを一つ手に取ってみる。一つ500gとは言えそのサイズは10cm×5cmにも満たない小さな塊だ。その色も刻まれている刻印にもおかしな所は無いように思うが。

「・・・もしかして、」


          ◇


「アイツに関わるとろくなことがない」

 今回だって、手頃な悪徳企業情報の横流しと侵入へのサポートが仕事だった。防犯カメラと電子ロックのシステムへの侵入。ごく一般的なセキュリティーで苦労などなかった。はずだ。

 けれど、あの社長室の違和感。あの部屋にはナニカがいた。そのナニカがケンとの通信を遮り警察介入を早めた。勿論、アイツがカメラと無線をOFFにしただとなど思っていない。

 情報操作で遅れを取っただけでも苛立ちが隠せないのに、追い討ちがこの金のインゴットだ。今回は7:3の分け前だ。渡された金のインゴットは3kg。ここで金を出し惜しむような小さい奴ではない。

 特に疑っていたわけではない。

 人生で重要なのは金じゃない。


 けれど、このインゴットは簡単に作ろうにも素人には不可能だ。そもそも、これだけの量だけと言うことはありえない。もっと大量生産をしているはずだ。しかし、購入した記録も作った履歴もない。理由が分からないが、思い通りに事が進まないことは嫌いだ。


 終わった仕事への深入りはしないことにしている。例え損をしても、このパソコンとピンクの髪が可愛いマジカルユリン☆がいてくれればそれでいい。だから、取り敢えず今は、これ以上アイツに関わらないこと。俺に掛かった火の粉もアイツに振ったつもりだ。普段と違う挙動をすることで、たぶん、気になって再度調べ直すだろう。

 目的は金じゃない。だから、いつも金額に文句を言ったことはない。興味のないものは、積まれてもやらない。生きる為に必要な分などは簡単に手に入れられる。

「ああ、ユイたんは、いつ見ても可愛いな~」

 マジカルユリン☆の画像見ながらも、パソコンの画面の端では先日の社長室での妨害プログラムを追求しようと架空のプログラムを創作している。

 深追いはしないが、やられたままは気持ちが悪い。



「ユリンたん、こいつだけだからね。こいつ正体だけだから。少し待ってて」

 

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