Summer-半夏生3
明けましておめでとうございます。
今年もいろいろ頑張ります。上達出来ますように!
冷蔵庫から、昨夜、焙煎したての豆で淹れたダッチコーヒーを取り出し、お気に入りのグラスに注ぐ。味を確かめるかのようにじっくりと味わう。
「So good.」
ひとり呟きながらニヤリと笑う。
低温で抽出することで雑味や苦みが少なく熱湯で抽出するよりもマイルドな味わいになる。夏の目覚めには最適だ。しかも、今回使った水は特別性だ。
カーテンを開け朝日を室内に取り込む。少し眩しいが身体を起こすには朝日を浴びるのが一番手っ取り早い。2500lux以上の光を浴びることで脳が覚醒し、体内時計リセットしてくれる。
キラリと、グラスを持ったままの腕が陽の光を反射して部屋の中をキラキラと照らす。
いや、腕が輝いているわけではない。左手につけている金の鎖に七色の宝石をあしらったアミュレットが、サンキャッチャーの如く光を反射している。アミュレットは、ヨーロッパで古くから伝わるお守りの一種で左手に纏うと厄を防いでくれると言われている。
類似のものとしてチャームは幸運を呼び寄せるもの、アミュレットは魔を退けるものである。
朝日に目を細めつつ、ぼんやりと今日の予定を思い起こす。今日は約1ヵ月振りに店を開ける。
そのせいで、この2日間はコーヒーの焙煎やら食品の買い出しで忙しく過ごした。久しぶりに作ったアップルパイもなかなか良い出来だ。バニラのアイスと生クリームにシナモンをたっぷりかけて。うん、最高だ。
いつからだろうかむしゃくしゃすると、昔からよくケーキやお菓子を作っていた。
”自分で何かを作る”というのが楽しくて気晴らしになっていたのかもしれない。そのせいか、今では特技と言える程に上達した。並みのケーキ屋さんより美味しく作れてしまう。と自負している。
ふと、白のワンピースがよく似合う一昨日出会った彼女を思い出す。少しからかうだけで、あたふたする感じは、ついついからかうのが楽しくなる。生粋のSとは思っていないが、本当はもっと弄って反応を楽しみたかった。
ま、久々のオープンだ。一期一会の素敵な出会いがあるかもしれない。一応気合いを入れておこう。
◇
「うわっ、良い香り」
ドアを開くと、そこは先日訪れた時とは違い馨しい香りが溢れていた。少しレトロなアンティーク調の家具達がコーヒーの香りを喜んでいるようだ。
「いらっしゃいませ。お好きな席にお座り下さい」
カウンターには、白いブラウスとカーキのロングスカートの上に黒のシンプルなエプロン姿の女性が立っている。綺麗に肩の上で揃えられた丸みのあるボブが可愛らしい。が、やる気の無さそうな無表情な顔が対照的だ。しかし、何よりも目立つのは、エプロンをしても隠しきれない豊満な胸。引き締まったウエストが更に強調させている。同じ性別でもつい見とれてしまう。
ひとまず、端の席に座り腰を落ち着かせる。今日も暑い。降りしきる日差しを浴びた後で2人とも汗だくになっている。
「ちょっと実奈、マスターは?独身じゃなかったの?超スタイル良いけど奥さん??」
「えっ?分かんないよ。だってこないだは居なかったもん」
小声でこそこそと話すが、店にお客は2人しかいない。カウンターの女性にも聞こえているかもしれない。
「と、取り敢えず、何か頼もう。すみません。あの、メニューとかってありますか」
「はい、お待ち下さい。」
メニューは空色の和紙で出来ており、ホットとアイスコーヒーの文字が並ぶ。ホットコーヒにはミディアムロースト・シティローストと焙煎度合いが注釈で付け加えられているが、正直違いは分からない。他には、ホットサンドと日替わりケーキの文字がコーヒー同様に、踊るように書かれたシンプルな物だ。
「よし、ホットサンド2つお願いします!」
メニューを見るなり即決し、注文をしたのはりっちゃんだ。長いウェーブがかかった髪を一つにまとめ、淡い緑のブラウスに黒のワンピース姿の彼女。ふわりと軽い優しい雰囲気で、黙っていれば可愛いお嬢さんだろう。しかし、その雰囲気とは相まって、物事にははっきり白黒つけ、やや毒舌すぎるきらいもある。
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
そう言ってカウンター横のドアに向かった。
「ケン!!戻ってきて!」
ケンと呼ばれる人間、こないだのマスターは奥に居るようだ。
「何?お客さん?」
先日同様、黒のTシャツを着た青年が現れる。やや、不機嫌そうな顔をしていたが、2人に気付き一瞬で笑顔になる。
「あ、実奈ちゃん。来てくれたんだ?手は治った?」
あっ、ちゃんと私のことも覚えていてくれた。仄かに頬を赤くさせるが、外で蓄えた熱量が多く大してその変化はない。
「しっかし、ちょっとよろけて尻餅突いただけでよくそんな重傷になれるね」
結局、手首の腫れは2日経った今でも治まらない。運動神経ってやつがないのだ。とっさの受け身も本能だけでは対処しきれない。
「もぅ、うるさいなぁ」
「そんなに悪かったの?もしかして、骨は?」
「そ、そこまで酷くない!です。す、少しは良くなってるんです」
マスターも心配してくれたのが恥ずかしく、拗ねたように口を尖らせてみるが、向かいに座る友人は、メニューを目を落としたままで私の顔を見る素振りすらない。
「すみません、アイスコーヒーを2つお願いします。二種類あるけど、んーおすすめの方で!」
りっちゃんはてきぱきとコーヒー注文しマスターを見つめている。
「私・・タイプかも」
ぽーっとしたままマスターを見つめ、既婚者だったらどうしようと真剣な顔で呟くのを見逃さない。はぁ。相変わらずミーハーだなぁな。
注文後数分でホットサンドとアイスコーヒーが運ばれる。
「わっ、すごい」
同時だった。具沢山のホットサンドが3種類と共にミニサラダが添えられている。だけなのだが、その盛り付け具合がとてもきれいだった。
「どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます。あ、あの・・・・」
「?サンドイッチだから、片手で食べれるよ」
「あ、ありがとうございます」
お礼をしようにも、やはり、緊張する。食べ終わってからにしよう!
ホットサンドはとても美味しかった。特にブリーチーズとアボガドの組合せが最高だ。
「ねぇ、あのさ」
普段からのりっちゃんにしては随分と歯切れが悪い。何事も、裏表なく、正々堂々とした物言いが彼女の長所だ。少し、毒舌な所はあるけれど。
「また、入ってたんだよね」
「また?これで4回目じゃない?」
「うん。白い紙に飴が1個と赤い十字が書いてる」
「なんか、気持ち悪いよ。やっぱり、警察に届けた方がいいをじゃない?」
「でも、別に他には何もないし。警察って被害がないと動かないんでしょ」
「言ってみないとわかんないじゃん。本当に飴と赤い十字以外は何も書いてないの」
「毎回一緒。あぁ、ただ、飴の味は違うときもあったよ」
先週頃から、りっちゃんのアパートのポストに謎の紙が入っているのだ。白いA4くらいの画用紙を折り畳み中に飴玉が一粒と、赤いクレヨンで十字架が書かれている。ストーカーか何かじゃないかと思っているのたが、生憎と言うのか他に被害はまったくないようなのだ。
「味なんて何でもいいよ。警察がダメなら、学校とかさ」
「うん。そうだね」
「ねぇ、本当に他に変なことない?」
「うーん。本当に他にはないんだよね」
「それは毎日じゃなくてランダムなの?」
「バラバラかな?最初はすぐだったかな、でも、前回からは・・・って、え?あれ?」
ごくごく自然に会話に入って来た為、気づかなかった。
「おもし・・気になる話してたから。ストーカーにしては、消極的って言うか目的がはっきりしないよね。実は、怨み事とかかってない?」
「それも、正直記憶にないんです。だから、ただのイタズラかなぁって」
「それにしても、飴玉いっこに、赤い十字架なんて気持ち悪いよ」
「赤十字かぁ、スイス人にお知り合いは?」
「スイス人!?いませんよ」
「留学生でもスイスは聞いたことないよね」
「ないね。ヨーロッパから来てる人って居ないんじゃない。病院にも知り合いなんていないしね」
「病院と赤十字はイコールじゃないよ」
赤十字マークは戦争・紛争地域で怪我人の他、医師を初めとした救護者やその施設を保護する為のもので病院の記号ではない。
「赤十字って病院のマークじゃないんだ」
「マスターさんって博識なんですね」
ちゃっかりと余所行きの顔で、マスターと会話するりっちゃんは、私からすると神のようだ。媚びを売るわけでも可愛い振るわけでもなく自然に笑顔を振り撒ける。TPOを弁えているのだろう。
「まぁ、いいよ。特に被害もないしさ」
「最近は、日本も物騒ですから、気を抜かないようにして下さい」
「そうそう、今朝もやってたよ。強盗が入った会社が実は贋札作っててそれがばれたとかって」
「あーーー、強盗に入られるは、贋札がばれるは散々ね」
「悪いことはするな!ってことでしょう」
「美奈にしては珍しいね。ちゃんとニュース見てるなんて」
このすぐに、人をバカにする友人だが、ストーカーはやっぱり心配だ。
「知り合いにセキュリティに詳しい奴がいるんだけどさ、相談してみる?」
現段階で被害が出ていないことから、警察に相談してもせいぜいが、見回り強化、周辺地域をパトカーで通るだくらいだろうと言う。警察は、国民の生活こそ守ってはいるが、各個人のボディーガードではないのだから、その対応は仕方ないのだろう。
しかし、即戦力としては働かないのなら、その間くらい、自衛としてセキュリティアップをするのは良いことかもしれない。
「セキュリティって、アル⚪ックみたいな人ですか?さすがに、そこまでは・・・」
「説明不足だね。いろいろあって詳しいだけで、プロじゃないから、まぁ、アドバイスを受けるくらいって感じなら、どう?」
「でも、迷惑じゃ?」
「可愛い女の子たちの頼みを迷惑だと思う男なんて、偽物だね」
「りっちゃん、こんなに言ってくれるんだし相談してみようよ」
物は試しと言うことで、マスターに知り合いの専門家とアポをとってもらうことになったのだが、知り合ったばかりの喫茶店のマスターの言葉を、いや、マスター自身を信用してしまうくらい、私も世間を知らなさすぎた。
今思い返しても、彼の接客業とはかけ離れた所で身に付けた他人に信用される技術は本物なのだろう。彼をいい人とインプットしてしまったのが、私の人生の最大の失敗だったのだろう。




