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GOLD  作者: Lily
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Summer-半夏生 2

 何故か彼に付いてきてしまった。見ず知らずの男性に着いていくなんてありえない。けれど、困っていたところを助けてくれた。この人だけ自転車を起こすのを手伝ってくれて。しかも、あんな優しい笑顔で、行くぞ!なんて言われたら!!!

 ついつい、彼の後ろ姿を見つめにやけてしまう。

 涼しげでどこか中性的な甘い顔立ち。黒のTシャツからは何気に鍛えているのが分かる。年齢は2,3歳上だろうか。大学構内で見たことはないが、在校生の人数を思えばそれも当たり前かもしれない。  

 そういえば、さっきまでは、テンパってしまっていてまともな会話どころかお礼すらしていない。

 きっと、第一印象は最悪だ。

 それにしても、自転車のサドルはどうしたのかしら?


「すぐそこの喫茶店きっさてんまで、痛いの我慢してね」

「喫茶店なんて、ありました?」

「気分でしか開けてないからね」

 から笑いしながら彼は応える。 

 大学に通い始め一年以上この辺りを通っているが、喫茶店の記憶はまったくない。  

 ーー最近、オープンでもしたのかな?

 しかし、帽子の唾が直射日光こそ退けてくれてはいるが初夏の陽射しはなかなか堪える。すぐそこ、と言うのはありがたい。


「はい、到着」

 立ち止まったそこは、白壁しらかべつたうレトロな雰囲気のある建物。時間をかけゆっくりと建物を覆った蔦は長い歴史を知っているのであろう。その緑は、初夏の日差しを受け青々と輝き白壁とのコントラストを強調している。

 この建物の記憶は確かにある。ノスタルジックな佇まいが印象的で物語に出て来そうだなと気になっていた。しかし、喫茶店だと言う記憶はまったくない。

つい、記憶との相違にぼぅっと眺めていると

「そんなに珍しいかな」

「ここ、喫茶店だったんですね」

「常連以外は来ないからね。看板もないし。今、開けるから少し待ってて」

 彼はサドルのない自転車をひいては裏の方へと回って行ってしまった。


「お待たせ。どうぞいらっしゃいませ」

 店内に入ると、そこはまるで灼熱地獄のようだ。エアコンのスイッチをいれたばかりのようで換気の為、ドアを開け放しておく。

「時期に涼しくなるから、適当に座って待ってて」

 そう、言い残しバタバタと裏の方へと消えていく。

「適当にって言われてもなぁ、、、」

 言われた通り適当に構えてられるほどの度胸はない。比較的、神経は図太いと言われるが、人並みには繊細なつもりだ。

 店内は、5席程のカウンターと大小合わせて4つのテーブルがある。窓側には半個室のようなスペースになっているようで、黒の革張りのソファーはずっしりと構え、風格が漂っている。カウンタースツールは木製で黒と茶が交互に並べられ暖かさを残しつつもどこかスタイリッシュな感じがする。クッション部もフワフワで思わず手を触れてみたくなる。

 少しレトロなアンティーク調で抑えられ、雰囲気が良い。ちょっと隠れ家のようなお店を発見してしまった。


「何か面白いものはありましたか」

 振り返ると、救急箱を持った彼が居た。先ほどといい、この男性は音も気配もなく近寄るのが得意なのだろうか。

「び、びっくりしました。いつから居たんですか」

「今戻ったところ。さぁ、座って下さい。」

 その笑みは、不思議と人を安心させる。

 ひとまず、カウンターに座り湿布を貼ってもらう。軽い捻挫ねんざだろう。赤く腫れて手首を動かしただけで関節周辺の神経が悲鳴を上げる。手際良く包帯を巻く彼の指はすらりと長く一見女性と見間違う程だ。

 包帯なんて大袈裟おおげさだと断ったが、少し大袈裟にしていた方が、自分も周りも気を使うから治りが早いとか。

「あの、改めていろいろありがとうございました。でも、あの、、、」

「気にしないで。こう言うの慣れてるから」

「あ、慣れて?」

「怪我とかは意外とね。ほら、なんだっけ?男のクンショーってやつだね」

「そんなに、怪我ばかりしてるんですか」

 まあね。とにこにこと笑って、自分の怪我を心配しろと流されてしまった。

「あ、あの、、、い、一応なんですけど、、、」

「ん?」 

「えっと、、、」

 どうしても歯切れが悪くなってしまう。大したことではないのだが、気持ちが納得していない。

 幼い頃からそうだったように思える。自分の主張が通るか否かより、気持ちが納得出来るかどうかの方が重要だったと思う。

「あーーーー、、、”ミナちゃんが自転車を倒して、車に傷を付けたわけじゃない”ことなら分かってるよ」

 !!!???

「誰だって分かるよ」

 出会ってから未だ1時間も経っていないのに何度驚かされたのだろう。

「だって、自転車が倒れて車に傷が付いたなら、当然、自転車が、車にぶつからないといけないだろ」

 当たり前のように答えるその顔は得意げどころか、説明することすらバカバカしいと言うような半笑いだ。

 驚きのあまり、彼をじっと見たまま、言葉がを繋げなかった。

 照れを隠すように、指で頭をかきながら説明を続ける。

「傷は確かに小さかったけど、車の塗装まで剥がしてた。それなりの衝撃がないとそこまでの傷はつかないだろ?自転車がぶつかって地面に転がったなら、ひっかき傷みたいなのもあるはず。でも、それはなかった。あとは、、、傷の高さかな?」

 車の一番近くに倒れていた自転車は、折り畳みタイプの自転車だったから、そこまで届かないしね。

「すごい。ですね」

「すごくないよ。きっと、偶然見つけたところに運悪くミナちゃんがいたんだね」

「・・・あのお店を出たら、自転車が数台将棋倒しになってて、そしたら、あの人が突然。。。」

 なんだか、思い出したら少し腹が立ってきた。

「まぁ、嫌なことは気にしない気にしない。お陰で、ミナちゃんと知り合いになれたしさ」

「あれ、名前、そういえばどうして?」

 当たり前のように名前を呼ばれていたが自己紹介なんてしていない。

「ん?あー。。。ごめん。バックに付いてたストラップ、MINAってあったから」

 盗み見た訳でもないが、女性の荷物だからか少々ばつが悪そうな顔をする。

 確かに、友達とお揃いで作ったストラップを付けているが、バックを拾った一瞬で見ていたのは驚きだった。

「やっぱり、なんかすごいです」

「このすごさを発揮するのは、可愛い女の子にに関してはだけだけどね。」

 お世辞と分かっていても、つい反応して顔を赤らめてしまう。彼は、その様子を見てニコニコと笑っているようだ。 

 少しは、私も言い返してやりたい。

「じ、じゃあ、あの人のせい(・・)で、私はこの素敵な雰囲気のお店を知れたんですね。」

 嬉しいよ。と少し照れながらも花が咲いたようなその笑顔は本当に嬉しそうでついこっちまで、笑顔になる。

 そこへ、突然、見知らぬ声が突然混ざる。

「よう、ジュニア!」

 入り口に、杖をついた一人の男性が立っている。アイボリーの麻のジャケットを羽織り、揃いの帽子を粋に被っている。紐ネクタイを粋に絞める姿はとても上品でおしゃれなおじいさんだ。

「いつ戻ったのか知らないが、ドアを開けっ放しにしてるのは感心しないな。泥棒に入られるぞ」

「もぅ入ってるよ」

 先程の笑顔と打って変わり、面倒そうな表情だ。

「暑くて換気してたんだよ。悪い閉めてくれ。ついでに、店はまだ開けてないから出て行ってくれ」

「あ、閉めるの手伝います」

 慌てて立ち上がるが、彼に制されてしまい大人しくしていることにする。

「おいジュニア、暑い!アイスコーヒー1つ」

 男性は、彼の言葉をさらりとかわし、さりげなく隣に座り注文をする。

「いや、やっぱり2つだな。お嬢さんの分。ってジュニア、聞いてるか」

「うるせーなじいさん。いい加減ジュニアはやめてくれ。っつーか、帰れ」

「お客様に失礼な奴だねぇ。こんなんなのに、コーヒーだけは美味いからたちが悪い」

「だけってなんだよ!」

 文句を言いながらも、年季の入ったポットにお湯を沸かし始める。

「ところでお嬢さんは、こいつの新しい彼女ですかい?」

「ち、違います!さっき、助けてもらって。手当てもしてもらって」

「ひ、人助け!?お前がか!!?」

 椅子から立ち上がりずいぶんなオーバーリアクションを取る。

「いつから、心入れ替えたんだ。いやぁ、こいつはこの店来た時から、口は悪いは態度は悪いはでねぇ。よく成長したもんだねぇ」

Zip(うる) your(せー!) mouth だまれ!!」

「日本語じゃないとわかんねーな。そうだジュニア、灰皿も1つ」

「置いてねーよ。煙草たばこなんて喜んで吸ってるのはJap(日本人)Chinky(中国人)くらいだ」

 男は、ずいぶんな偏見だとぼやいている。

「親父っさんの頃は、客には自由に吸わせてくれたのにねぇ。ところで、こちらのお嬢さんは、本当はどこで捕まえてきた?」

「本当に、この方に助けてもらったんです」

 ほらね、と、どこか自慢げに包帯を巻いた手を振る。

「包帯なんて巻いて、何やらかしたんだ?」

 実は、と自転車を倒してしまい知らない男に因縁をふっかけられたこと。そして、偶然通りかかったこの喫茶店のマスターに助けてもらったことを話す。この常連らしき男性は、大袈裟すぎるリアクションをしつつも気さくな絵笑顔を一切崩さずに合いの手を打ってくる。聞き上手と言うのか、つい、もっと!と話したくなってしまう。

「しかしなぁ、颯爽さっさうと現れたのは良しとしよう。けど、自転車のサドルを引っこ抜かれたまま啖呵たんか切ってもマヌケだよなぁ!」

「こんなに、説明してそこですか!」

 手を叩いて大笑いしあう。

「おいケン!お前、カッコわりぃな」

 目の前で指を指し笑うが、この先程までジュニアと呼ばれていた喫茶店のマスターらしき男性の名はケンと言うらしい。

 ケン、ケンイチ、ケンジロウ、ケンタ、ケンジ...ケンがつく名前はいろいろとあるが。

「良いこと思いついた!お前のチャリンコのサドルさ、このブロッコリーでも差しておけよ。」

「は?」

 どこからともかく出したブロッコリーをカウンターの上にどん!と置く。

「マジで意味が分かんねぇ」

「どこから出てきたんですか」

「この茎か?芯みたいなとことサドルの穴、調度いいサイズだろ」

 二人のツッコミを無視して更に他のサドル替わり?を取り出しカウンターに並べる。人参に金鎚、麺棒、懐中電灯、大人のおもちゃなんてものも出てきて、つい顔を背ける。

「好きなもん差しとけよ」

「ふざけんな。つーか邪魔だから片付けろ。コーヒーが置けねーだろ。はい、実奈ちゃん。」

 コロリと態度を変え笑顔でアイスコーヒーを出してくれる。オレにも寄越せと取出した道具類をどかし始める。

 エアコンが効き始め室内は冷えてきたが身体はまだ熱を帯び水分を欲していた。

 最初の一口はブラックで。結局ミルクも砂糖も入れるのだが少し大人・・な気分を味わいたくていつも格好つけてしまう。

「ぁ 美味しぃ」

「本当?よかった。これ、前に挽いたやつだから、ちょっと心配だったんだ」

 スッキリとたフルーティーな味わいで嫌な苦みを感じない。コーヒーは好きでよく飲むが、普段はミルクと砂糖を入れなきゃ飲めないのだがここのアイスコーヒーはとても飲みやすい。

「明後日ならちゃんと店開けるから、ケーキも合るよ」

「前に挽いた豆って、そういやお前いつ戻った?」

 ごてごてと出したアイテムを片付けつつ常連のおじさんが尋ねる。

「ん、一昨日。つーか、おっさんこそ、まだこんな北国に居たのか」

 これからの時期は、南の暑さは老体に堪えるからと笑って応える。

「旅行か何かしていたんですか」

「あ、まぁ、出稼ぎかなぁ」

 何かまずい事でも聞いてしまったのか、一瞬、顔をしかめる。

「出稼ぎみたいなもんさ。金の成る木をみつけて小銭を稼ぐんだよ。そのせいで、最近美味いコーヒーが飲めなくてね。だから、今日久々に店に来れたのは、お嬢さんのおかげだ」

「偶然入り込んで来たんだ、それ飲んでさっさと帰れおっさん」

 怖い怖いと、呟きながら時計を見て慌ててコーヒーを一気に飲み干し、バックを背負う。

「俺もヒマじゃねぇからな。じゃ、一仕事しに行ってくるぜ」

「ただの盗っ人だろ。」

「ははっ。この時間帯は狙い目なんだよ。じゃ、お嬢さんまたね」


 嵐のように去っていった気がする。本当に泥棒に入っているのだろうか。「まさか」とは思うが「もしかして」とも思ってしまう。

「嵐みてーな奴だな。いきなり来て、騒いで帰りやがって」

「…えっ!?」

「ま、うちの常連ってあんなのばっかじゃないんだけどなぁ」

 まさか、同じ事を思っていたとは。少し親近感を抱く。改めてこの喫茶店のマスターにしては若い男性を見てみる。黒髪に、どこか中性的で端正な顔立ち。やや鋭い目線をしている所が男らしさを上げている。身長は平均的くらいだろか。先程、隣を歩いて少し見上げる感じがまたよかった。

「何?そんなに俺のコト見つめちゃって」

「え?。。。あ、すみません」

「謝るってことは、見つめてくれてたのは本当なんだね」

「えっっっと、、、」

 事実、見つめていたので上手い返しが見つからない。言葉に詰まりつつも必死で言い訳をするのだが、その様子を見て笑いを堪え小さく笑い出す。

「どうせなら、もっと大きな声出して笑って下さいっ」

 少しムッとしてしまう。だって、出会って間もないのにこそこそ笑うなんて。

「ごめん。反応が知り合いに似ててさ。ところで、ゆっくりしてても俺は構わないけど、時間は大丈夫?って、手当てするってここまで連れてきてから言うのも何だけどさ」

 気が付くともうすぐ12時になろうとしている。いつの間にこんなに時間が。。。!!?

「3コマ目の講義の宿題見せてもらう約束してたんだった!!」

 急いでバックを漁りスマホを取り出すと、案の定、

「やばっ、ラインも電話も来てたのに気づかなかった」

 電車に乗る際に、マナーにしていたせいだ。

「あ、あの、私そろそろ。えっと、これ、手当までしていただいて、それに男の人の因縁?からも。ありがとうございました。それに、コーヒーもとっても美味しかったです。お代は・・・?」

 ガサゴソとバックから財布を取り出すが、お金は必要ないと断られた。

「要らないよ。今日は営業日じゃないからね。時間とらせちゃったお詫びってことで」

「いえ、そんな!私の方こそ良くして頂いて」

「それより、早く行かなくて大丈夫?お友達から連絡もの来てるみたいだよ」

 スマホのライトが点滅し友達からのコール画面が映し出されている。

「早く取らなきゃ切れちゃうよ」

 電話を取るか逡巡しゅんじゅんしたが彼に即され、頭を下げて電話を受ける。すると即座に友達の怒鳴り声がスピーカーから響き渡る。

「ちょっと今何処にいるの??いい加減どれだけ待たせるのよ!!!」響く声にマスターはクスクスと笑いながら、早く行けよと手を振っている。再び頭を下げて小走りに駆け店を出る。きっとそんな様子もひとり店に残り笑っているのだろう。

 そんなことを思いつつ、店を出て大学へと急ぐ。

 太陽が眩しい。容赦なく陽の光が襲い来る。クールダウンしたばかりの身体はすぐさま沸騰し始める。

 さぁ、急ごう。

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