Summer-半夏生
半夏生
1.夏至から十一日目。太陽暦では七月二日ごろ。
2.
水辺に生え、半夏生のころだけ葉の下半分が白くなり、白い穂状の花が咲く、どくだみ科の多年生植物。
今日はいつになく暑い。
曇り空よ、太陽を隠すくらいならいっそ熱まで奪っておくれ。
一歩、足を進める度に汗が流れ出ていく。滲にじんだシャツが身体に張り付く。日本の夏は本当に暑い。いや暑いのはどの国も同じだ。しかし、この湿度にまとわり付かれると気分が滅入るの。
「何故、俺は歩いているんだろう」
聞きようによっては、何とも哲学的だろう。しかし、、、
今朝のニュースでも美人アナウンサーが言っていたではないか。車のサドルが盗まれるというイタズラが流行っていると。ずいぶんアホがいるものだと、笑って聞いていたがまさか、俺の自転車までもが被害に合うとは思わなかった。
座ることの出来ない自転車を押しながら、ただ、黙々と暑さと闘いながらの帰路である。
午前の一〇時とは言え、7月にも入れば太陽は登りきり頭のてっぺんから容赦なく直射日光を浴びさせてくる。
「あ゛ーあつい。」
もう暑い以外はは考えられない。そう思いながらたらたらと自転車を押しながら、人もまばらな商店街を歩き続ける。
だらだら歩いていると静かな商店街には似合わない怒鳴り声が聞こえてくる。
「お前のせいで俺の愛車に傷が付いたんだよ!分かってるのか?」
「エ!?で、でも、、、!」
白いワンピースに、後ろに黒の大きなリボンのついた麦わら帽子の女性。そのコントラストがよりいっそう夏らしさを演出しているようだ。その足下には数台の自転車が倒れている。きっと誤って自転車を倒し傷でもつけてしまったのだろう。
自転車による不運。何か運命を感じ、、、、、、
はぁ。男の怒鳴り声が暑さとイライラをを倍増させるだけみたいだ。
しょーがねーな。
「おい。ただでさえサドル抜かれて苛ついてるのに、余計にイライラさせることしてんじゃねーよ!」
「は?誰だ?何だ突然!?」
振り向くとそこには、淡い色のデニムに黒のTシャツを着た男性が立っていた。
「そんな安い車、ちょっと傷つけられたくらいでごちゃごちゃ言うなよ、お兄さん」
「は?うるせーな、関係ないだろI?」
突然の見ず知らずの男性乱入に声を荒げる。今にも掴み掛かりそうな勢いだ。
「それとも、お兄さんがこの傷なんとかしてくれるのか」
車のドアノブの辺りから縦に一筋の傷が入っている。よくよく見ると、深い部分では塗装が剥げて素地が若干錆びてしまっている。
「この女が自転車倒して傷付けたんだよ」
「わ、私は、」
「うるっせぇな、お前が俺の車に傷つけたんだろ!」
「だ、だから私じゃ」
「いちいち!!お前しかいないだろ!」
つい感情に体が支配されてしまったのだろう。男は、女性の肩を押す。実際は、そんなに力も入っていなかったかもしれない。しかし、突然の出来事に女性の体は対応できなかった。倒れた自転車のせいで足場が悪かったせいかもしれない。
声を上げる間もなく、肩を押された女性は、よろめき、そして地面に倒れる。
「おい、俺は今、機嫌が悪い。分かるか?」
ゆっくりと落ち着いた声がかえって凄みを感じる。
もともとヒートアップしていた男性の勢いにも負けず、冷ややかな殺気とも思えるような空気を纏まとっている。
一触触発とは、このような雰囲気を言うのだろうか。
いやいや、地面にしゃがんだままの状態で二人を観察している場合ではない。この原因の一端は私にもあるのだから。ワンテンポ遅れながらも、立ち上がる。右手にピンッとした違和感を感じるが、今は、自分自身のことにかまけてはいられない。この状況を早く納めなければ。えっと。。。うん、よし。
「あ、あの!?じ、自転車を倒してしまってご迷惑。。。ええーと、そう、誤解!誤解させてしまって申し訳ありません」
帽子の女性が立ち上がり2人に謝り出した。
白地に青い花柄のマキシ丈のワンピースに薄手のレモン色のカーディガンを羽織っている。清楚な雰囲気の装いとは相まって少し生意気そうな大きな目が際立つ。特別に美人でもないが何故か目が奪われた。
「本当に申し訳ありません!」
大声で何度も頭を下げる。きれいな90度の最敬礼で。
その振る舞いは毅然きぜんとしていて、とてもきれいだ。彼女にが、大和撫子ですと紹介されれば、なるほどと思ってしまうだろう。
しかし、先ほどから、男が騒いでいたせいもあり、通りかかる人々からは、やや奇異な注目を浴びていたようだ。そこに女性が何度も頭を下げる。
「も、もういいからやめろよ!」
気が付くと人気がない商店街に気配を感じる。店員も野次馬がてら外まで様子を見に来ている始末だ。
これだけ大声で頭を下げてれば、しかもうら若き女性がとくれば、事実なんて無視して男が悪者になるだろう。
「もういいから!」
自転車に躓つまづきながらも車に乗り込みその場を逃げようとする姿はずいぶんとマヌケだ。
その姿を見届け集まっていたオーディエンスも散ってゆく。しかし、誰一人として自転車を起こすのを手伝わないとは、世も末だねぇ。
必死に左手1本で自転車を起こす姿を、、、?左手1本??
「ちょっと、おい!」
「・・・」
「おい!ってば!!」
「わ、私ですか」
「他に誰がいるのかな?右手どうしたの?」
彼女の右手首は真っ赤に腫れているのだ。
「さっき、捻ひねったみたいです」
そう言って再び片手で自転車を直し始める。
はぁ。
「ちょっと待ってて」
「・・・エ?」
テキパキと残り数台の自転車を直す。
さすがに、怪我けがした女性にやらせるわけにはいかないでしょう。
「よしっ、じゃあ行くぞ」
「・・・??」
「暑いんだから早く行くぞ」
地面に落ちたままの彼女の荷物を拾い歩き始める。
「・・・え、えと、、、何処にですか」
「病院」
「だ、大丈夫です。病院なんて行かなくても」
「そんなに腫れてるのに、骨でも折れてたらどうするの?」
「折れてません!捻った、ただの捻挫です。そ、それじゃ」
全身を使って拒否された。しかし、立ち去ろうにも彼女のカバンは俺が持っている。
「カバンありがとうございます」
差し出された右手に彼女のカバンを渡そうとすると、
「い゛っったぃ」
「ほら、せめて湿布貼って冷やそう」
うっかり出してしまったのだろう。本気で痛がる姿を横目にそのドジっぷりに思わず笑ってしまった。さっきまでの凛とした姿とは大違いだ。
「すぐそこだから!」
笑いを堪たえつつも彼女のカバンを持ったまま、サドルのない自転車を押し始める。
「いくよ」
優しくもう一度声を掛ける。
右手を押さえ痛みに耐える彼女は、少し、恨めしそうな表情で見つめくる。
その顔が、どこか可愛らしく微笑ましい。
歩みを進めると、ゆっくりと距離を置いてついてきた。
「変な所連れ込まないから、安心して下さい」
「あ、当たり前です!湿布貼ってくれるだけですよね。そしたら、カバンも返してください」
どうやら、カバンを人質ならぬ物質に。余計な抵抗をしないでいるだけらしい。
よく考えると、怪しい人間だな、俺は。気にしないけどなぁ。
怪しいのは昔からだし。
「これも縁だよ。手当くらいさせて下さいよ」
怪しいお兄さんを演じつつ、一人にやにやとこのシチュエーションを楽しむ。




