有り得ないバッドエンド
ムセているアスクさんの背を叩きます。
アスクさんが涙目で、こちらを見上げます。
うっ、これが世に言う上目遣いですか?破壊力半端ないです。
「大丈夫ですか?アスクさん」
「ゲホッあ、ゲホッあき?」
「はい?」
「な、殴りたい?ケホッ俺を?」
「お店にいらっしゃるまで、そう思ってました」
「俺?カタリナでなく、俺?」
「はい!」
「な、何故」
綺麗な顔が絶望なると、胸が締め付けられる程の痛みが……。
しかし、理由が…あまりにも阿呆な理由なので、ちょっと。何故ポロッと言ってしまったのでしょうか。
「えっと……」
「俺は、アキに嫌われた?俺が嫌?」
「そうではなくて…」
「じゃあ何故!!」
「むっ!カタリナさんの乳に触ってたでしょ!」
「……………は?え?」
「覚えてないとは言わせません。しっかり見たんですから!自分の上から退かすのに、何故乳を触る必要があるんですか?!」
あ、やだな。駄目だ。余裕が無くなる。
恋人でもないのにこんな責めるような権利、私には無いのに。逆上しては話も出来ない。
落ち着け、私。
深呼吸して、アスクさんを見ます。
ですが、その顔!
はぁ?何にやついてるのですか?
抑えた気持ちが再燃します。
むか、腹立つ。本当にお見舞いしますよ?!
「何ですかその顔。乳の感触を思い出しましたか?殴っても良いですか?」
「思い出さない。うん、殴って良いよ」
「む、余裕綽々ですか。乳の感触思い出して、にやついてる変態には触りたくありません!」
「な、違っ、変態?!」
「それに、よく考えたら、私は、別に、アスクさんの恋人でも何でもない、です、から?
責める権利も…無いです。どうぞ、カタリナさんの乳を思い出して、にやついて下さ」
アスクさんが、いきなり抱き締めてきます。
一瞬固まる私でしたが、大暴れしてやります。
抱え直され、腕と一緒に抱き締められ持ち上げられて、アスクさんの肩が目の前に来ます。
「は、な、して!触んないで!」
「アキ、落ち着け」
「離して!カタリナさんに触った手で触れないで!アスクさんなんか大嫌い!」
「…だめ。許さない」
怒髪天を衝く思いとは、こういう感じなのでしょうか。
こんな阿呆な事で!完全に、逆上します。
このエルフに離して欲しくて、カタリナさんを触った手で触られたくなくて。
感情のコントロールが出来ない。
気付いたら、泣きながらアスクさんの肩に噛みついてました。
「ふっぅうー」
「いっ。アキ?落ち着いて」
「やら、あなひへ!」
「やだ。小動物みたいで可愛い。離さない」
アスクさんが、肩に噛みついてる私に頬ずりしてきます。
もう、腹立って腹立って!
「やーっ!」
「だめ。本当可愛い。俺の。噛みついてて?」
「ひゃわうないへ!」
「やだ。触りたい。可愛い可愛い!本当にどうしてくれよう」
「はーっ?へうはい!」
「ん、変態。アキ限定」
「うほふき!」
「嘘じゃない。もう、可愛過ぎてやばい。ちっちゃい生き物が一所懸命威嚇してきて、あぁ…本当閉じ込めたい。一生」
「ひっ、ひやー!ひゃめへ!」
恐ろしい事を耳元で言われ、ついでに頭にキスはするわ、耳舐めるわで。ゾクゾクしてくる。
止めて欲しくて、より力を入れて噛みつく。
「うーーっ!」
「そのまま噛みついてて。離れたら何するか分からない」
「ひーっ!!やーっ!!」
「本当に、可愛い。可愛い、好き。好き過ぎてやばい。離れるなんて考えられない、このまま無理矢理にでも俺のものにしてしまう?」
してしまうですって?!それ聞いて、是と答える人がいると思っているのか!
「すき、好き。大好き。愛してる。俺のものになって?このまま、ずっと、お願いだから」
「う?」
「長よりも、こうじよりも、好きになって?俺を一番にして?」
「ちょ?」
アスクさんがおかしくなりました!
歯を離して、話しかけます。
「アスクさん落ち着こう。何だかおかしいです」
「ずっと前からおかしくなってる。アキ」
「お、落ち着いて?よく考えましょう?私達、何か変ですよ?頬ずりしてる場合じゃなっわっ!」
抱えられていたのに、ふわっと浮いたと思ったら、ストンと座っています。
……座っています?え?あれ?…テーブル…
状況を理解する前に、私の両脇にアスクさんが手を突きます。
顔が目の前に来て…見なければ良かった…。
深い深い森の色、綺麗な綺麗な翠の目。
一番最初に見た時は、感情など無い瞳に見えたのに、今は、恐ろしい程激情で溢れてる。
引き込まれるように、言葉も忘れて見続ける。
スーと、顔がボヤけてきて、唇に触れるか触れないかまで近付くと、
「変?ずっと変だ。とっくに頭がおかしくなってる。アキのせい」
「…ぇ?」
「ずっとずっと欲しくて、我慢した。いつ堕ちてくれるかと。でもいつも一線を引いて直ぐ逃げる。気が狂いそうだ」
「…」
「店を【私の店】と言われた時死にそうになった。
【私達の店】なのに…。あの気狂いは煩いし、アキは長に惚れるって言うし。何?俺に長を殺させたいの?」
ボヤけて見えない顔が、無表情なのが分かります。淡々と話す声が、怖くて震える。
「気狂いを何度殺そうかと思ったか。存在する価値も無い塵の胸などどうでも良い。ただの肉の塊だから」
そ、それはどうかと…?
アスクさんの暗いエルフの本質の様なものに触れ、震えが止まらない。
そういえば、長もアスクさんも、私を拐った国の城を消したと言った。もう、拐われない事だけを喜んでいた。エルフにとって、森に害成すものは、一族に
手を出すものは、存在すら価値が無いと言っているようなもの。
一番最初、矢で射たれたけど、治る傷だし、ごめんの言葉で終わるかと思ったのに、左腕一本切り落とす程の重罪だった。あれは、森の中だったから。森が私を気に入った故の重罪。
だから、私は生きてここにいられる。
思い当たる色々な事を考えて固まっていると、アスクさんの顔がずれていき、耳元に唇を押し付けられる。
「怖い?アキはとても平和な所から来たから、エルフが何かなんて知って欲しくなかった。
本当は、我々は、一族と森以外、どうでも良い」
ゾクゥ。
わざと一句一句放つ言葉が脳に直接響き、寒気と共に背を駆ける。震えが止まらない。
「俺は、アキ以外どうでも良い。
アキはもう俺のものだし、一族のものだから、大丈夫。反論ある奴は、もう居ないだろう?だから、安心して」
決して安心できない言葉が聞こえる。
も・う・い・な・い。
そういえば、私がここに住むのに反対した人だっていた。人で言うところの壮年のエルフ達。
閉鎖的なエルフの村。余所者を嫌う人だっている。時間をかけて和解しようとしたけれど、彼らは会ってくれなかった。
会わないのではなく、会えない?
もう、いない?
……――身体の震えが止まらない。
いつ?いつからそうだった?
何処からそうだった?
ワタシは何を見逃してきた?
「クッ、震えてる。はぁ、可愛い。
もう俺の。これは、俺のもの。
逃がさないから。諦めてもう、捕まって?」
「落ち着いて、下さい。聞いて下さい。私、アスクさんが……」
今や、心は好意より恐怖しか占めていないけど、これを言ったら暴走は止まるのでは?
浅はかな考えで、好きと伝えようとするが、言葉が出ない。パクパク口だけが動くが声が出ない。
好きだと思っていた意思が、畏怖に塗り潰され出てこない。
無表情。冷たい冷たい目の奥に、泥々したものを感じる。
いきなりニィィと口元だけ笑みを浮かべ、
「【すき】だろう?」
ビクッ!
あぁ、選択を間違えた。
いや、選択なんて無かったのかも。
頷く事も出来ず、アスクさんを見続ける。
「そうだ。アキの懸念を取り去ろう」
「……ぇ?」
何か唱える。
家の外、店の方から叫び声が聞こえる。
「な、にを?」
「とりあえず、生きてればいいからな」
ハッ!カタリナさん!
アスクさんを押し退け、テーブルから降りようとするが、ビクともしない。
「連れていってあげるから」
逃がさないとでも言うように、ガッチリ抱え込まれ隣の店へ入り、その光景を目にする。
吐いた。
汚れた口元を手で拭き、私の服だけ浄化をかけながら、アスクさんが口を開く。
「あんな風になれば、胸も何もだろう?得意の媚を売ることも、股を開くことも出来ない。……それ以前に閉じられないし、人とは分からなくなったな。
巨大な芋む…、あぁ、アキはあの虫が苦手だったか。大丈夫だ。きちんと処置すれば生きられる。欠損は戻らないが。
さて、家に帰ろう」
こうじさんは?こうじさんがいた筈!
どこにも、優しげな緑の発光体が見当たらない。
何かを探している私に気付き、アスクさんが言う。
「こうじは、森に呼ばれて行った。進化してしまったから排除対象になったんだ。こうじは、成長すれば驚異となる。アキの守ろうとするために暴走するかもしれないと言ったから、森はこうじを消すだろう。
大丈夫。今度は意思を持たないよう管理して、アキの故郷の料理は作ってあげるから」
先ほど見た凄惨な光景に、アスクさんの言葉が追い討ちをかけてくる。
どう、して?な、んでなんでなんで……――。
「アキが縋るものは、俺だけで良い。アキのために何かするのも俺だけだ。やっと手に入れた。初めから、こうしてれば良かった」
私を突き堕とす。貴方の言葉。
「アキ、愛してる」