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9/21

私に秘密にされている事項について、一言

 一応、宿に戻って身支度を整えるために戻ってきた。


「ちょっと私、お手洗いにいってくる」


 同室のエレオノールに予め告げて、こっそりとお手洗いに向かう。

 時間が時間な所為か、人一人いない。

 なのでアリスは個室を一つ選び、小さな袋から鏡を取り出した。


「えーと、なんだっけ、“静寂の湖は揺れ、今はなき彼方の思いを映す”」

「こんにちは。連絡お待ちしておりました」


 現れたのは大人しそうな雰囲気のウィントさんだ。

 相変わらず大人びて上品な優しそうな人だ。

ただアリスはたまたま時間が空いたので連絡したのだが、ウィントさんはすぐに反応した。

ずっと待機しているのが不思議に思えたので聞いてみると、


「さっきまでは、アリス魔王様に懐いていた幼女、ミコちゃんとエコちゃんに見ていてもらったのですが、お昼寝の時間になってしまいまして」

「そうなんですか。あ、それよりも聞きたい事があります」


 初対面なのになぜか懐いていたあの二人の少女を思い出して、アリスは自分に母性的な何かがあるのかな? あったらいいよな? そういう所ってクリスは好きかなと頭の中で考えるが、それよりも重要なことがあったので頭の端にとどめる。

 今すぐに大事なのは、もしかしたならアリスを狙ってきたのかもしれない謎の存在だ。


 なのですぐに切り出して彼女に襲ってきた男の話と、僧侶のリリアーヌ達が呟いていた名前を言うと、


「“黄昏の、闇へと誘う愚者”が現れたと。意外に早いですね」

「そうなんですか。それで彼らは何者ですか?」

「世界の破滅を望むものです」

「それは知っているわ。もう少し教えて。私自身を狙ってきたようにしか思えないから」


 クリスが勇者なので仲の良さそうなアリスを人質に、という話にはなっている。

 だが勇者の仲間として選ばれたらしい、僧侶のリリアーヌ、弓使いのエレオノール、戦士のカミーユというあの三人の様子からは違うようなのだ。

 それにあの黒ローブの男は、真っ先に私を狙ってきていた、そうアリスは気づいていた。

 けれど目の前のウィントも困ったように首を傾げて、


「まだお話しないほうがいいかと。知ってしまうと余計な危険が増すかもしれません」

「知ることが問題なの?」

「ええ、知ってしまう事でそういった使い方ができると理解してしまう、それ自体が非常に危険なのです」


 ウィントは相変わらず穏やかに微笑んでいてそこからは、アリスは何も読み取れない。

 あの四人の中では頭脳派の位置づけにあるのかもしれない。

 そんな彼女がそう判断したというなら、アリス自身が彼女に食い下がらずに従った方がいいのだろうか。


 そもそも今の話から、本当なのか建前なのかは分からないが、どうやらウィントが今は話すつもりが無いようだというのは確実そうだ。

 聞き出す方法の模索……と思うものの、まだまだ裏がありそうで、しかもウィントと出会ったのはつい先日のことなのだ。

 彼女の性格が分からない以上、無理ねと考えてアリスは、


「……わかりました」

「アリス魔王様に不利になるようなことを我々はしない……出来ませんので、安心してください」

「それは今の話せない話と関係があるの?」

「敏い魔王様は好感が持てますが、まだお話しできない段階です。それでは、また何かありましたら連絡してください」


 にこやかに手を振るウィント。

 さっと話題を変えて、褒めた挙句に通信を切って話を切り上げたウィント。

 世辞を言われて気分の悪くなる人はあまりいないと思うが、こんなばればれ話の変え方はひどいんじゃなかろうかと思うアリス。けれどそれは逆に、


「それだけ信頼されているのか、それとも立場的にウィントさんの方が有利なのか」


 現状ではアリスは何も知らないので後者となるだろうけれど、よくわからない信頼のような何かをアリスは感じるのである。

 アリスが魔王だから彼女たちはそうなのかもしれないのか、それともアリスの願望なのか。

 不安が大きいからこそ願ってしまうのかもしれないとアリスは重いただの鏡に戻った通信機を見つめる。


 変な顔だ。

 こんな顔はクリスに見せられないわねと心の中で嘆息する。

 そしてここにずっといても仕方がないと、鏡による通信を渋々諦めて外にでると……そこには僧侶のリリアーヌがいたのだった。






 個室のトイレを出ると僧侶のリリアーヌがいた。

 これは偶然と見るべきか待ち伏せされたと見るべきかと、アリスは額にアリスは冷や汗が浮かぶ。

 今の話を聞かれて魔王だ看破された挙句、お前魔王だったんだな、見損なったぞとクリスに罵られるのか。


 そこまで考えてみて、アリスは現実味が無いというか、違和感しか感じない。

 けれど嫌われたりする可能性がある以上、一応、敵である魔王なアリスは告げる訳にはいかないだろうと考え、ついでに先に相手に話しかけたほうが、話の流れを作りやすいかも? と気づいたのだが。


「それでは、失礼します」


 とは考えるものの、逃げるが勝ちと、にこりと微笑み一言告げてその場をアリスは後にしようとした。

 けれどすぐにリリアーヌはにたりと意味深に笑い、


「魔族とのお話はいかがでしたか?」


 とっさに振り返ったアリスは自分がどんな表情をしているのか分からなかった。

 きっと驚いたような顔をしていたと思う。

 けれどすぐに先ほどの会話は誰かと話していたのは分かるけれど、魔族かどうかはわからないと気付く。なので、


「何の事だか分からないのですが。それに魔族とお話してどうするんですか?」

「事態は流動的に変化するので、私も色々と注意して置かなければならないのですわ」

「今は魔族との関係は人間とも良好でしょう?」

「現在はね。けれど何が引き金になるかわからない。その小さな歪が、“彼ら”の付け入る隙になる」

「“彼ら”って、“黄昏の、闇へと誘う愚者”?」


 そこでリリアーヌは少し黙ってから、まるでこちらの情報を一切出さないというかのように仮面のようなほほ笑みを浮かべて、


「どこまで、“黄昏の、闇へと誘う愚者”についてご存知ですの?」


 先ほど彼女達から聞いた以外には何も知らないアリス。

 けれどもしもここで上手く聞き出してしまえば、自分の知らない間に事が進んでいるこの嫌な感じが無くなるかもしれない。

 ごくりとつばを飲み込み、アリスは、


「幾らかは聞いているわ」

「“嘘”ですわね」


 リリアーヌがあっさりと否定した。

 笑みを浮かべて、彼女の紫の瞳が揺れる。


「だって私、貴方がその個室に入った時からずっとここにいて聞いていましたもの」

「……小声で話したのに」

「ここ随分と静かですから全部聞こえていましたわ」


 そう言っているリリアーヌを見ているとその余裕な様子も含めてなんというか、アリスが思うに、


「どこまで予測していたの?」

「基本的には予定通り。“彼ら”の接触もまた誤差の範囲かしら。私達にとってはね。今の所、誤算は一つしか無いわ」

「誤算?」


 全部彼女達の予定通りらしいのだが、その誤算にアリスは気になってしまう。

 そこでリリアーヌはふっと自嘲じみた笑みを浮かべた。


「クリス様が本当に好きになっちゃった」

「……は?」


 思わず間の抜けた声が出てしまったアリス。

 だが目の前で紫色の瞳を潤ませて頬を染めてリリアーヌが、


「この美少女で、この清楚さと腹黒さで男共を翻弄し続けたこの私が、そう、この私が……アオバ神の祝福だか何だかのせいで頭を撫でられただけでぽって。いい、頭を撫でられただけで、好きってなったのよ! これはない」


 どうやらリリアーヌ自身これはおかしいという自覚症状があるらしい。

 頭を撫ぜられてぽっ、はないとリリアーヌは思っているようだ。

 これならハ―レムな祝福さえどうにか出来れば、アリスの独壇場に出来るか、そうある種の安堵を覚えていると、


「でも最近クリス様の優しさとか、私に今まで近づいてきた男達と違うような素朴な扱いが素敵だなって思い始めたの」

「えっ」


 頬を染めて恥ずかしそうに両手で顔を覆うリリアーヌ。

 何ですかこの、恋する乙女のような様子はと思いながらアリスの中で不安が膨れ上がる。

 クリスの良さは幼馴染である私だけが知っていればいい、とまでは言わないが、そんな数日前に会った女に負けないというある種の楽観や余裕があったわけだが。


 その余裕部分がなくなるのは時間の問題ではないのか?

 そんな焦燥感あふれるアリスの前で更にリリアーヌが、


「それによくよく見れば顔立ちも整っているし、剣士として優秀だし今は勇者だし。恋人にするには相手として不足はないんじゃないかって」

「え、えっと、祝福……」

「今だって離れているのに頭にクリス様の面影を浮かべるだけでドキドキして」


 これは危険だわとアリスは気づいた。

 このままでは本当にライバルが増えてしまう、これはそんな本当の恋だ。

 女の勘でアリスはそれを察知して、どうしようどうしようと心の中で繰り返した。

 そこでリリアーヌは両手を覆っていた顔の隙間から挑むようにアリスを見て、


「クリス様は絶対に渡しませんから」


 そう宣言して、リリアーヌはミニスカートを翻して立ち去ってしまう。

 居なくなった彼女を見送りながらアリスは、こうなったら最終手段、〝告白〟をするしかないのではないのかと真剣に考え始める。

 そもそも告白しようと思っていたわけで、それがどうして出来なくなったかといえば、そうだ。


 クリスは今女の子に惚れられるのは祝福の影響だと思っているからだったのだ。

 けれどそういえば理由があって、アリスには効かないかもとクリスは言っていなかっただろうか。


「その理由って、幼馴染で恋愛対象じゃないから、か?」


 口に出してみてアリスは焦った。

 確かに男勝りな部分はあるが女の子らしい可愛い物だって好きだし、奇麗なアクセサリーにも興味がある。

 十分女の子らしいと思うのだ。そう、過去は過去として今現在を見るべきなのである!


 けれど昔から色々とクリスの男友達と一緒になって遊んでいた自分をアリスは思い出す。

 人形とおままごとをするような女の子の方がクリスはいいんだろうかと、さらに不安要素が増えた。

 増えたので、これ以上考えると精神衛生上良くないと思考停止して、代わりにアリスはリリアーヌについて気づいた。


「何だかまたはぐらかされた気がする。結局、“黄昏の、闇へと誘う愚者”について聞けなかった」


 アリスはそう思いながらももう答えてもらえなそうだと思って、結局不安が増えただけだと悲しくなりながら、とぼとぼと部屋へと戻ったのだった。


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