つまり、主人公とは鈍感なものである(これ、豆知識な)
食事が終わり、食後の軽い散歩も兼ねて少し散歩をする事となった。
ついでにアリスは髪飾りでも買いたかったのだと思い出す。
そして、その定食屋のすぐ側アクセサリーのお店があったので覗きに行こうとすると、
「アリスが自分を着飾ることに目覚めている……天変地異の前触れか」
「悪かったわね、放っておいてよ。じゃあどれにするかな」
そう言ってアリスは、選び出すがそこで、
「その黒いリボンのやつは?」
「花がらの方が可愛いんじゃない?」
「でも、単色のほうがアリスの髪には似合うと思う」
やけに色々と口出ししてくるクリス。
だが悪い気もしないアリスは、だったらそのクリスの薦めている黒くて端が金色に輝いて、薄い黒いレースと硝子に彩られたそれでも良いかなと思い始める。
なのでそれを買おうとすると、
「俺が買うよ」
「なんで? 自分のものは自分で買うわよ」
「まあ、珍しく男らしい幼馴染が女の子らしくしているからな」
「何よそれ、あ!」
そんなことを言いつつも買ってきてしまうクリス。
もう少し言いようがあるでしょとアリスは思うが、そこでクリスがアリスの髪に買ってきたばかりのリボンを付ける。
髪に触れられて一瞬どきりとしてしまうアリスだが、更にクリスは、
「似あってるな」
などと言ってきてアリスは顔を赤くした。
そんな恋人同士みたいな台詞というか、普段言わないようなそんな言葉と仕草も含めて何だかこう……アリスはすごく恥ずかしい。
理由は分からないが恥ずかしい。
そんなアリスにクリスは意地悪そうに笑い、
「わー赤くなったなぁ」
「うるさい! ……でも、ありがとう」
小さくお礼を言うとクリスも、照れたらしく少しだけ頬を赤らめる。その時だった。
朝とはいえ、人通りの多い町中である。
そこで、突然アリスは何者かに腕を掴まれた。
「アリス!」
焦ったようなクリスの声が聞こえるが、突然見ず知らずの人間に腕を掴まれてしまった場合……アリスは振り返りざまに相手の顔を確認。
見知らぬローブを着た男でその眼光には嫌なものを感じる。
それだけで十分だった。
「いきなり初対面の婦女子になんてことしてくれんのよおおおお」
「うわぁああああ」
間の抜けた声を上げるその黒ローブの相手に、アリスはおもいっきり蹴りを加えた。
けれどその蹴りを受け止めるような魔力を感じる。
防御用の魔法のようだが、理論上は力を与え続ければ壊すことが可能である。
だがはっきり言おう、面倒くさい。
そう思ってアリスは防御を解除する呪文を即座に唱えて、その防御結界をぶち壊す。
「な!」
「驚いている場合じゃないのよね!」
そこでアリスは蹴りを男に入れる。
けれどその男はそのアリスの足をそらすように軽く手を添えて受け流し、それに気づいたアリスが逃れようとする前に男が足をつかむ。
掴まれた部分にぴりっとした妙な感触を覚える。
何か魔法を使われたのか、しかも皮膚に直接触れずに? とアリスは驚く。
しかも布越しに影響を与えているから相当強いものなのか……そう考えているうちにアリスの体から力が抜けそうになる。
そこで、男の動きが止まった。
見るとクリスが険しい顔をして、その男に剣を突きつけている。
「アリスを放せ」
今まで見たことのない幼馴染の表情にアリスは驚く。
真剣に睨みつけてきを威圧する表情に、状況が状況なのだが一瞬アリスはどきりとしてしまう。
だが剣を突きつけられているにも関わらずその男は余裕が有るようだ。
何かを隠しているそう思うには十分だったがそこで、
「クリス様、気をつけて!」
「気をつけてと言う前にあの男を仕留めるのが先ですわ」
「やけにやる気だね、エレオノール」
「別に……そういうわけではありませんわ」
カミーユが茶化すのに少し頬に朱をのせたエレオノールが弓をひく。
細められたその瞳は人通りの多い……けれど現在はまるで状況を見守るように人が周りを取り囲んでいる中、その背後が壁である位置からエレオノールが男に弓を引く。
弦を弾く瞬間エレオノールのの黒髪が魔力をまとい青く輝きながら揺れる。
弓の矢そのものに、魔力を込めている。
その矢が飛ばさえるもそれは男の黒いローブの布を貫通するにしか過ぎなかったが、そこでカミーユが一気に剣を振り下ろす。
真っ二つに胴体をしようとするその容赦無い剣戟に、そこで男はようやくアリスの足から手を放し、剣を構えるクリスとも離れるようにその場を離れようとする。
ぼとりと地面に落とされるが、体がしびれたようにアリスは動けない。
そして男はチラリとアリスを一瞥してから舌打ちをする。
「また邪魔をするのか」
「そうですわ、“黄昏の、闇へと誘う愚者”が表に出てくる時代はありません」
それに再び舌打ちをして男は中に飛ぶ。
そのまま屋根に飛び移り風の様に走り去る。
風の魔法を使い移動速度を上げているのだろうとアリスは見ながら、誰一人追いかけないようにしているのに気づきアリスは訝しむ。
彼女達の魔法であれば追いついて捉えられるはずだと思うのだが、そこで近づいてきた僧侶のリリアーヌが、
「これは貸しです。というかそのクリス様の選んでくれた髪飾りを寄越せ」
「嫌よ。ふふ、羨ましい? ……いいでしょう、これ」
足手まといと言われたのを根に持っていたので、自慢気にアリスが言ってみると、リリアーヌが半眼になりながらも治療を開始してくれる。
身体のしびれが一気になくなり、それに気づいてリリアーヌは治癒能力に長けているのかとアリスは気づいた。
そんなアリスにクリスが近づいてきて、
「大丈夫か?」
「うん、リリアーヌに治療してくれて貰ったから。でも何で私が狙われたのかしら」
どう考えてもアリスが攫われかけていた。
魔王だとバレたのかという気がしないでもないが、魔王をさらってどうするというのか。
そもそも、何だか妙な名前でアイツの事を彼女達は呼んでいたような……そこで。
「治療したらお腹がすいたわ。変な奴らがクリス様達を追いかけていたせいで私達朝ごはんまだなんですよ?」
「……その後で聞きたいことがある」
珍しく真剣にクリスがリリアーヌに聞くと、
「分かっていますわ。大好きなクリス様には隠し事は出来ませんもの」
そう微笑み僧侶のリリアーヌ。
けれどその紫色の瞳は、本当の話をするつもりはないというかのように揺れているのだった。