ハードルは飛び越えるのではなく、ぶち壊すもの
嘆くクリスを宥めて、アリスは部屋に戻ってきた。
そこにはエレオノールがおり、耳と尻尾は隠れていた。
と、そこでエレオノールは戻ってきたアリスをじっと見て、
「クリス様と一体どんな話をしていましたの?」
問かけられてアリスは困った。
クリスを好きな彼女に対して、クリスがハーレム能力や女の子が集まるのを嫌がっていると告げるのは、残酷なことのようにも思える。
なのでアリスはどうしようかと考えてから、
「幼馴染として、勇者としての不安のようなものについて聞いてあげただけよ?」
「クリス様にそんな不安が?」
驚いたようなエレオノール。
嘘はいっていないし、信じてもらえたのでアリスはごねられなくて良かったと安堵する。
ハーレム能力も勇者に付随する力なのだから、間違ってはいない。
碌でもない力をクリスに与えやがったアオバ神を恨みそうになりながらもアリスは、そののおかげで幼馴染みという役割での信頼がクリスから得れているかと思うと、悪いばっかりではないようにも思えた。
けれどすぐにそれは気のせいだなとアリスは納得した。
これは明らかに恋愛対象の位置じゃない。
相談役という、恋人とは少し遠い位置だ。
そこで、エレオノールがアリスに近づいてきて、
「クリス様はどのような不安があるのですか? 私がそれを取り除いて差し上げられればよろしいのに」
「……所でエレオノールは、どこかの貴族? 何だかお嬢様っぽい話し方をしているのだけれど」
深く突っ込まれるのが嫌で、アリスは強引に話題を逸らした。
そのあからさまな移し方は気づけば彼女は激怒するような気もしたのだが、そのアリスの予想は外れた。
「お嬢様っぽい……ですって? 正真正銘のお嬢様ですわ! 私はミア男爵家の一人娘ですもの!」
「えーと、貴族制度は一応もう無くなったはず……」
「ふん。それでも誇りというものが私には残っているのですわ! それに、魔法鉱石の会社リーバースの大株主ですわ」
「そうなんだ。そんなお嬢様が何でこんな……」
「クリス様に一目惚れしたのも有りますが、我家は代々勇者の従者をしている一族ですの。そして今代は、私が一番強かったのでこちらに」
腰に手を当てて告げるエレオノール。
けれどそれを聞きながらアリスは思う。
確かに強いと言っても、そんなお嬢様を勇者との旅といった危険なものに一人だすだろうか?。
「……ないわね」
「お嬢様らしくないと言いたいのですの?」
「そっちじゃなくて、お嬢様なのに付き人も一人もいないのかなって」
「自分のことは自分でできるよう教育されています。誰かの手を煩わさなくとも私は一人で生きていけます」
言い切るエレオノールに、気の強いお嬢様だと思いながらも、それに奢っていないという点で好感が持てるなと思う。
そこで笑っているアリスにエレオノールは眉を寄せて、
「何がおかしいのですの?」
「ん? なんだか、偉そうなだけのお嬢様じゃないんだなと思って」
「当たり前ですわ! 実力を伴ってこその、私です!」
「そういう所は、結構好きかも」
エレオノールが黙った。よく見ると顔を赤くしていて、小さく震えている。と、
「貴方、そんな事を言っていて恥ずかしくありませんの?」
「……恥ずかしいかも」
アリスはそう答えて肩をすくめる。
それにエレオノールは戸惑ったようで、そのまま布団に潜り込んでしまった。
「もう寝ますわ!」
「そう? お休み」
確かにもう夜遅いしねとアリスも思い、そのまま毛布にくるまったのだった。
枕が変わると眠れない、というが、疲れていたのかアリスはぐっすり眠って、しかも目覚めも最高に良かった。
気持ちのいい朝だと思って背伸びをして隣のベッドを見ると、エレオノールが眠っている。
それを起こさないようにアリスは身支度を整え、髪をとかす。
サラサラの金髪は朝の光の中で艶めいて輝いている。
そして完全に身支度を整えてから、今時間は何時くらい頭と懐中時計を探しに鞄を漁っていると……通信用の鏡に気づいた。
そういえば魔族の人達と情報交換をしておかないといけなかったよなと思うも、すぐ側にはエレオノールがいる。
これじゃあ連絡はできないわね、とアリスはひとり頷いて鏡から懐中時計に目を移す。
次いで時間を確認して、
「エレオノール、そろそろ起きないと、皆が来るよ」
「ふにゃ……クリス様ぁ……はっ!」
そこでエレオノールがベッドから飛び起きた。
そしてフルフルと首を左右に振って、
「……今の寝言は秘密にしていただけます?」
「いいよー、さてと。私は顔でも洗いに行ってくるかな」
アリスはそう呟いて、タオルと歯ブラシ、歯磨き粉を持って洗面所へと向かったのだった。
顔を洗って歯を磨いて。
もう少しおしゃれはした方がいいものだろうかとアリスは鏡の前で唸る。
「あの三人、エレオノールも含めて戦闘服な割におしゃれなのよね」
だが、男勝りな性格でずっと来たアリスはどうおしゃれをしたらいいのかわからない。
一応ここも街なので後で髪飾りの一つでも買うかと一人頷くアリス。
頷いてからポツリと独り言。
「やっぱり、クリスも女の子っぽい子がいいのかな。そういえば、好きな人がいるって言っていたっけ」
幼馴染で来たが、アリスにはそんな相手は思い当たらない。
会えば喧嘩したり冗談言い合ったりと、まるで男友達のような関係だったのだ。
今思えば、“女”としてすら見られていなかったとしか考えられない。
本当は恋心を自覚したのはもっと前なのだが、結局言えずじまいでいて、その結果がこれだ。
「でも、誰なんだろう、クリスの好きな人。やっぱり花屋のお姉さんだったのかな」
確かにクリスは年上の人に可愛がられるのが好きだったようだし、小説でも姉萌えキャラがどうのと言っていたような気がする。
そして自分は花について分からないからとアリスに聞いてきて、アリスは自分が好きな花しか知らないわよと答えたものだが、
「それでいいからぜひ教えてくれ!」
やけにしつこく聞いてきて、その花を買って、要らないからとアリスにくれたのだ。
確かに花屋のお姉さんは、大人の魅力がある胸の大きい素敵な女性だった。
どちらかというと大きめであるアリスよりももっと大きい。
ああいう優しそうで包容力があり色気もある女の人が好きなのかと思って、アリスはがっかりした。
頼もしさも含めて、その花屋のお姉さんに似ているのは戦士のカミーユの気がする。
彼女が一番のライバルかもしれないと考えつつ、けれどここで諦めてはたまるかと心の中で叫び、次に今は好きなんて言えない状況だとアリスは気づいた。
だが、幼馴染という最も近い位置はアリスの物だ。
「大丈夫、ハードルはぶち壊すものだもの!」
自分に言い聞かせて、アリスは部屋へと戻ったのだった。