実のところ、悪役は茶番のわき役だった
エレオノールがやってきたその場には、テーブルとそれに優雅に座るウィントと、すごろくのようなゲームが置かれている。
丁寧にもその紙製のゲームの上にはエレオノールとウィントらしい三頭身の人形と、つやつやとした緑色のめのうで作られたサイコロが二つ置かれている。
そこでエレオノールにウィントは微笑み声をかけた。
「あら、いらしたのですか」
「これはどういう事ですか? 私と戦うつもりはないと?」
「間違ってはいませんが少しお話をしたいかなと。シアおば様はお元気か、などですわね」
「……やっぱり貴方はあのウィントなのね」
脱力したように呟くエレオノールに、ウィントは、
「いえいえ、とても複雑な事情がありまして。そちらはゲームをしながらでよろしいですか?」
「ええ。それでルールは?」
「我々の戦いはこのサイコロを転がして、何マス進むか、先にゴールした方が勝ちです」
「わかりましたわ」
促されるままにエレオノールが椅子に座る。それからウィントが、
「それでいかがですか? あのアリスという魔王様は」
「……いいお友達になれそうかしら」
友達などという甘ったるい関係の存在は、エレオノールにはあまりにも少ないとウィンとはしっている。
それでも友達にしていいと思わせられたのは……アレの影響だけではないといいのだけれどとウィントは心のなかで思う。
恋敵ではあるが、魔族の王であり、可愛らしくも美しい年下の少女を庇護下に置くのは、それはそれで楽しいとも思える。
けれどそういったことは口には出さずウィントは、
「そうですか。では続けて本題です。“黄昏の、闇へと誘う愚者”達ですが、彼らの動きは巧みでけれどこれからも接触してくるかと」
ウィントがそう呟きながら、サイコロを転がす。
そしてコマを進めていきそれにエレオノールもならう。
「勇者と魔王が殺し合いが出来ないように仕組まれていたなんてね」
「はい、感情ではなく憎かろうともそれを抑えられるだけの理性を求める……良心や個人の感情といったもの、所謂“愛”によって阻まれ、それらが微妙な均衡の上で成り立っている。恐ろしい話。それもたった二人の存在によってのみ成され、彼等を殺すことすらも出来ない……難しい。しかもどちらも魅力的とくれば、更に始末がおえない」
「けれどそのおかげで決定的な衝突は避けられていますわ」
「魅力的だから守ろうと? それともどちらも殺せないから?」
「両方の理由ですね。そして憎悪を産ませないための、ほどほどに自由にさせておく措置も素晴らしい……。どこかに閉じ込めて監視しておくのが、あれほど危険な存在ならば正解なのかもしれませんが、こんな風に普通に暮らしていける今が、気に入っています。我々も平和ボケをしているのかもしれません」
「それはどちらが? 魔族? 人間?」
「両方が。どちらもあの二人を野放しにしている。けれど何かあった時のために私達がそばにいる……他にも備えてはいるので、問題はないでしょう。そのために我々は後ろでつながって協力していますし。婚姻までむすでいますから」
「そうね。まあ、おば様の場合は政略結婚とは名ばかりの大恋愛結婚だったから」
「聞いています。今でも私の前でイチャイチャと……でも、魔族と交流があまりなくて、私の場合、昔会ったきりなのにこんなふうになっていたなんて思いませんでしたわ」
嘆息するエレオノールにウィントが笑う。
「もしかして驚かせたかな?」
「もちろん。まさか確かに可愛い従兄弟であったけれど、女装しているだなんて思わなかった」
「ふふ、好きな子が女の子が好きなのでこんな格好をしていたんだ」
そう嗤うのを聞きながらサイコロを振ったエレオノールだが嫌な予感がよぎる。
「その貴方が好きな人を聞いてもよろしいかしら。何だか嫌な予感がする」
「まさか、さすがに彼女は仕事には忠実……だと思うけれど、何だか不安になってきたな」
そうウィントが呟いたのだった。
大きな広間は、壁には壮麗な彫刻がなされた場所だった。
その入口から一番奥に、これまた細かな装飾のある大きな椅子が置かれている。
魔王だか何だか王様が座る椅子なのだろうが、職人のこだわりを感じる逸品である。
「へー、すごいね~」
アリスは玉座に近づいて、その装飾を細かく観察していく。
それぞれの模様が一見ただの装飾に見えるのだが、それらが複雑に絡み合うことで魔力を増幅させたり色々と効果が見込める。
素晴らしい、実に素晴らしい。
こんな逸品に出会えるなんてと、魔法使いの性でウズウズしだすアリス。
そこでアリスは何者かに腕を掴まれた。
「え?」
彼女はソリッドだったのだがそのままアリスは玉座に座らせられて、覆いかぶさるようにしてくる。
「えっと、ソリッドさん?」
「……初めて見た時から魔王様のことが好きでした」
「あの、私は女……」
「私は男よりも女が好きなんです」
アリスは冗談かと思ったのだが、目の前のソリッドの表情は真剣だ。
そしてそのままアリスにキスをしようとしてくる。
どんな展開だ、そもそも私のことを嫌っていたんじゃないのか! とアリスは思いはしたのだがそれよりも頬を染めて近づいてくるソリッドをどうするべきかがわからない。
アリスはあまりの事で動けなくなっているとそこで入口の扉が開かれた。
「アリス、無事か!」
「クリス!」
絶対絶命な感じの所でクリスがやってきて、ソリッドが舌打ちする。
そしてクリスがソリッドを睨みつけて、
「やっぱりアリス狙いか。アリスの方をチラチラ見ているし、俺のハーレム能力に引っかからないからおかしいと思ったんだ」
そんな様子などアリスは全然気づいていなかった。
でも助かった、女の人に襲われるところだったと、初体験の恐怖とともに、クリスへの好感度が上がったアリスだが、事態は更に混迷を極めていた。
クリスに向かってソリッドが笑う。
「……良いだろう、お前とはそのうち決着を付けなければならないようだからな」
二人は、お互いにらみ合い対決し始める。
状況がなにかおかしいとアリスは思うのだが、口出しできる雰囲気はない。
そして二人は戦い始める。
ソリッドの使う土魔法……巨大な岩やら何やらを、殺さない程度に威力は抑えられているようだ。
しかしそれを全てクリスは切り伏せた挙句、魔法で消滅させている。
「中々やるな、これでどうだ!」
「甘い!」
二人の戦いはお互いの力を認め合うように更に加速していく。だがそこで、
「やはり油断したな。ここでお前達を……」
「「うるさい」」
その一言で何処からともなく現れた黒ローブの男が倒される。
噛ませ犬にしては酷すぎる展開だが、そこでウィントとエレオノールもやってきて、
「ソリッドちゃん、今回は勇者と魔王が死なないように戦うのが仕事でしょう?」
少し本気を出してやるとソリッドが叫んだところだったので、ソリッドが呻いてからウィントに、
「だって、こいつが、こいつが……」
「魔王様に一目惚れしたのは分かるけれど、それぐらいにして。成長目的で戦いなさい」
注意をするウィントに、ソリッドがむくれてそっぽを向いた。
そこで、倒されたまま立ち上がれない状態の黒ローブの男が、
「この……無視しおって」
悔しそうに呻く黒ローブの男。
それを、哀れなものを見る眼差しでウィントが、
「貴方方、分かっていないようですが我々のお目こぼしがあって、貴方方の組織は存続しているのですよ? でなければ貴方方のような弱小の武装組織、もうとっくになくなっていますよ?」
さらっとウィントが怖いことを言って黙らす。
そういえば捕えられた黒ローブの彼等がどうなったのかはアリス達……少なくともアリスは知らない。
その黒ローブは大人しくなって、それからウィントに話し合いの余地があるのかを聞いており、その話は後でということになる。
結局のところ彼らすらもこの茶番の脇役のようだった。
そしてウィントが声をかけてようやく、悔しそうなソリッドとクリスは離れて、アリスがどことなくクリスが大丈夫だったと安堵していると、
「それではアリス魔王様。勇者クリスと直接素手とかで戦ってみてください。十分後には止めますので」
そうウィントに告げられたのだった。
数メートル離れた場所でお互い向かい合うアリスとクリス。
クリスは剣を持っておらず、アリスは魔法を使うための杖は持っていない。
「アリス魔王様、戦ってください」
ウィントがいつまでたっても見つめ合ったままなアリス達に声をかけた。
アリスはこれからどうすればいいのか、まずはパンチでもしてみるかなと歩いてクリスに近づいていく。
クリスが一歩後づさる。
「……なんで後ろに下がるのよ」
「いや、何となく」
「もういいわ! 右ストレート!」
とりあえずパンチを繰り出してみるが、それは簡単にクリスに受け止められた。
しかもそれを手で受け止めてクリスは笑う。
「なんだ、弱いな」
「しょうがないでしょ! 私は魔法使いだもの、体を鍛えているわけじゃないし」
「だよなー、昔は互角の力だったのにこんなに弱くなったか」
「うぐっ、か弱い女の子なんだからしかたがないでしょう!」
「すまないが、今なにか聞き間違えたような気がするのでもう一度言ってくれないか」
「か弱くて繊細な美少女になにしてくれているのよ!」
「……自分で美少女って言うなよ」
そこを突っ込まれるとたしかに恥ずかしい気もするがここで引いてはいけないような気がしてアリスは、
「別に本当の事だからいいでしょう!」
「……まあ、確かに最近は綺麗になって気たかなって思いはするが」
「本当! そんなこと一言も言わなかったじゃない!」
「……言えないだろう、そんなの」
「なんでよ! いいわ、こうなったら左ストレート!」
もう片方の手でパンチを繰り出すが、それも受け止められる。
しかもがっちりクリスに捕らえられて微動だにできない。
「性格が悪いわね、クリス」
「だって、大人しく殴られるのも嫌だからな」
「そうでしょうけどいい加減放しなさいよ、そもそもなんでそんなに手が大きいのよ!」
「身長も違うし仕方がないんじゃないか?」
「う……もういいから放しなさいよ!」
「えー、どうしようかなー」
にやにや笑っているクリスがあまりにも余裕がありすぎる。
そもそもこれじゃあどうやって戦えるのかすらわからない。
なのでアリスは引いて駄目なら押してみることにした。
「この……えいっ!」
「え? ま、待て、うわぁあああああ」
そのまま押し倒すようにアリスは手を掴まれたままクリスに覆いかぶさる。
掴まれたては途中で離されたのでいいのだが、倒れこんだ時にクリスを下敷きにした。
なのでそれほどアリスには衝撃がなかった。
とはいえ下敷きになっているクリスが気にはなる。
「大丈夫?」
「……」
呻くような声がアリスの胸のあたりから聞こえた。
どうやら胸の下敷きになっていたらしいので、窒息したら不味いかなと慌ててアリスは体を起こした。
クリスの顔は真っ赤だった。
「おまっ、う、な、何するんだ!」
「そんなに苦しかった?」
「……もういい」
クリスが赤い顔から涙目に変化した。
しかもぶつぶつと、俺って男として見られていないんだろうかと悲しげに呟いているが、男心がよく分からないアリスは首を傾げるだけだった。
そこで、ウィントがここで終了にしましょうか、気の毒そうにクリスを見ながら告げたのだった。
そして戦いが終了したアリスとクリス。
「じゃあ検査しますね。ミコちゃんとエコちゃん、おねがいしてもいい?」
「「はーい」」
何故か子供二人に頼むウィントにアリスは首を傾げて、
「ウィントさんがやらないんですか?」
「ええ、私は男ですのでさすがに女性に触れるのはちょっと」
上品に微笑むウィントは何処からどう見ても女性にしか見えなかった。
驚愕の事実に目を丸くするアリスだが、検査後に判明したことといえば。
「負荷は少ししか減りませんね、この方法だと。というわけで初めの街からやり直していただけますか? 今度は別ルートで挑戦してみます」
微笑むウィントにアリスはえっと小さく呟く。
そんなバカなということを言いながらそういうことになってしまうアリスだが、クリスはクリスでもっと不安そうな表情をしている。
まだこのハーレム能力と、さようなら出来ないのが辛いらしい。
そこでアリスは、クリスが以前言っていた約束を思い出して、
「ねえ、魔王を倒したら伝えたいことがあるんでしょう? 私に」
「……全てが初めからになったから、もう一度戦わないと駄目なんだ。その後でないと言えない……多分」
「? そうなんだ」
そしてそんなアリスを悔しそうに見つめる、カミーユ、エレオノール、リリアーヌの三人。
一方アリスはアリスでまた告白の機会が遠のいていくと心の中で嘆く。
そんなこんなで、アリスとその三人の関係はそこそこ良好ではあったのだが、後にアリスは知ることとなる。
「……私の方にクレハ神がくれた祝福って、“女同士の関係が良好になる”祝福らしい。しかも自分が男にモテモテにならないから逆ハーレム能力渡さなかったって、クリス、酷いと思わない?」
「……俺は今この時ほど、クレハ神に感謝したい気持ちになったことはない」
クリスは真剣に呟き、それがその時もまたアリスには分からない。
結局アリスも告白できないままなのだが、以前よりはクリスに素直になれている気がするアリス。
けれどそれも他の三人の機嫌を損ねるような内容であったらしい。
こうして告白すらも出来ない二人と三人のお話はまだ少し続くようだ。
私達の戦いはこれからだ!
「おしまい」