私の役目……それは、勇者へのサービス(意味深)
クリス達に連れられてその場を後にしたアリス達だが。
「やっぱりアリスはもう帰れ」
クリスが告げたのは、アリス達が食事をとった店の前だった。
その真剣な表情にアリスは気圧されながら、
「で、でも私だって多少は役に立ったでしょう? リリアーヌ」
「ええ、役に立っていましたね」
けれどそんなリリアーヌやアリスの言葉を聞いていても、クリスは目を細めて、
「アリスは一般人なんだ。こんなことに関係ない、唯の魔法がちょっと使えるだけの女の子なんだ」
「え、えっとでも役には立ったし」
「それでも攫われたんだ。俺のせいで。俺が油断したせいで、アリスに危険が及んだんだ」
思いつめたように呟くクリス。
アリスはそれに、もしかしたら私が魔王だから攫われたのかもなどと言えなかった。
そんなアリスとクリスの様子を見ていたリリアーヌがふと呟く。
「アリスは必要です、クリス様。こちらもそういった予定で調整が進んでいるのです」
「調整? やっぱり別の目的があったのか」
「ええ、愛しいクリス様に黙っているのは気が引けますが、彼らの動きも少し気になるますしそれに」
そこでチラリとアリスをリリアーヌは見て、
「そこのアリスという娘もそこそこ信用できそうですので、そろそろ上にお伺いを立てようと思います。それから、アリスのことも含めて、色々お話できるかもしれません。ある案もでておりますから」
アリスもと含ませたりしている辺りでアリスは何となく嫌な予感を覚える。
そしてリリアーヌ達は町へと戻った時、何者かに連絡をしていて許可をもらったらしかったのだった。
バスが丁度来たのでバスに乗り込むアリス達なので、思いの他早く街に戻れた。
そしてリリアーヌはどこかに連絡に行こうとするが、それにエレオノールが、
「私も許可を取ってきたほうがいいかしら」
「いえ、私の方から上に伝えればそのままそちらにも伝わるかと。二度手間になるのは避けたほうがいいかも」
「そうね……。でもゴネるようだったならこちらからも話を上げますから」
「助かります」
といった会話がなされていてアリスも何がなんだか分からなかった。
そしてカミーユといえば、
「あー、これでクビだったらその前に色々注文しないと! ……クリス様とのお別れは寂しいですがまたお会いできる日を楽しみにしております」
「あ、ああ……」
クリスは手を握られて、タジタジしていた。
ただ今までの会話を聞いているとどうもこのパーティが解散されて勇者と魔王としての対立は避けられるように思う。
そうだったらいいなとアリスが考えながら、アリス達は宿へと戻ったのだった。
戻るとやはり今回も一人部屋と四人部屋が空いていたのだが、
「今後の話をするから、こちらの部屋で俺もまたせてもらう」
「そうなんだ、じゃあお茶はとりあえず四人分でいいわね」
エレオノールは先程からぼんやりとなにか考えこむように外を見ているのをアリスは確認した。
そして、アリスが気楽に言うと何故かクリスに睨まれた。
何よその態度はと思っていると、
「アリスは帰れ。リリアーヌがなんと言おうと、どのような思惑があろうと帰れ」
「いや、でも、ね……」
アリスにもアリスの事情があるのだ。
わけも分からず魔王になった挙句このパーティにはいっているのである。
そんな事情でアリスは自分で判断できる立場にない。
ただクリスが心配なので付いて行きたい気持ちもある。
アリスがいなくなっただけで彼らの襲撃は止むのだろうか? といった疑問もあるが、足手まといな状況に見えるだろうが、こう見えてもアリスだって危険な魔法が使えるのである。
状況と場所を選ぶが、もしもそんな機会が訪れたとしたなら必ず役に立てる自信はある。
そこでブブブと音を立てて何かが振動するのが聞こえた。
鞄を開いて中を探るとそこには、連絡用の鏡がある。
その鏡が小刻みに震えていて、何かの連絡を待っているように見えた。なのでアリスは、
「ちょっと用があるから」
「おい、アリス、何だそれは。魔族っぽい気配を感じるぞ」
「魔族が作った魔法の道具だからね。じゃあちょっと用があるからこれで!」
そうアリスが告げて、引き止められる前に逃げようと外に出ようとした所で、アリスはリリアーヌと遭遇する。彼女はアリスをじっと見て、
「許可がこちらは出ました。そちらは?」
もしかしたなら魔族との連絡のことを言っているのかとアリスは思う。
思えば、リリアーヌからは当初からはバレていた気がする。
そしてそのアリスの手には連絡用の鏡が震える。なので、
「いま来たばかりだからわからないわ。ちょっと話してくる」
「ええ、お願いします」
リリアーヌが事務的に答えるので廊下に出て少し離れた所でアリスは連絡を取ると、
「こんばんは、お話はこちらにも来ました」
「ウィントさん、あの、許可っとか何とかって」
「いえ、現在進行形で魔族と人間は協力関係にある、そんな話です」
「は? じゃあ今のこの戦いみたいのは……」
「茶番です」
茶番と言い切ったその穏やかな笑みに、目を瞬かせるアリス。
魔王だってバレてもそんなに被害ないんじゃないのかとアリスが気づいたのはいいとして、
「だったらなんでこんな場所に放り込んだの?」
「いえ、勇者にまかり間違っても“破滅の剣”を使わさせないためです。また他にも色々あるのですが……そうですね、こちらも細かな話を補足できますので、このまま皆様の処に持って行ってもらえませんか?」
「……魔王だって隠す意味は?」
「現在の状況では特に問題なさそうですね」
ウィントが言って、今までの不安な数日間は何だったのだろうとアリスが脱力したのだった。
そんなこんなで鏡を持って彼女達の前に現れたアリス。
「えーと、魔族の貴族のウィントさんです」
「こんにちは、ウィントです」
鏡の中で微笑むたおやかな美女。
それはいいのだがそこでクリスは苛立ったようにアリスに、
「これはどういうことなんだ? アリス」
「えっとー、私も数日前に聞いたんだけれど、私、“魔王”なんだって」
クリスは黙ってから、すぐにじろりとアリスを睨みつける。
「言っていい冗談と悪い冗談があるぞ」
「私も冗談だと思いたいんだけれどそうだったらしい。代々、魔王の家系だったんだって」
「でも魔族らしい魔力の気配はしない」
それに答えたのは、鏡の中のウィントだった。
「それは我らが魔王様ですから。魔力量も半端ないし人間に近い姿しているしという方々なので、人の中で生きていく分には全く困りませんし、せいぜい倒せるのは力と技量を持った勇者ぐらいのものすごく強い存在なはずなんですよ」
「……アリスはそんな強くない」
「人として生きていくためにご両親に力を封じられていますからね」
「え? そうだったの? 私は知らないんだけれどそんな話」
「巨大な力をつ爆弾のような魔王がその辺をウロウロしているなんて怖いじゃないですか」
爆弾呼ばわりされたアリスはむっとしたように頬をふくらませる。
そんなアリスに、ごめんなさいねとウィントが告げてから、
「そして現在魔族と人間は仲がよく、また魔王であるアリスもこの勇者たちの集団で上手く馴染めているようですので、こちらも大丈夫だと判断しました。なので、どうしましょうか。そちらで説明して頂いて、こちらで補足ということでよろしいでしょうか?」
リリアーヌに声をかけるウィント。
それにリリアーヌが頷く。
「それでお願いします。では、今回の魔王退治は今までのものと違い、はっきりいって茶番です」
茶番だと言い切られてクリスが苦い顔をしているがそれにリリアーヌが続ける。
「むしろその方が、クリス様はもちろんの事、人間側にも、魔族側にも都合がいいのです。初めから……その剣で勇者が魔王を殺す時点で、この世界は終わります」
「終わる?」
「文字通り、消滅します」
リリアーヌが無表情に淡々と告げ、
「そもそも勇者と魔王はこの世界の根幹をなすものなのです。その世界そのものであるのが魔王、故に巨大な力を魔王は持つのです。そして勇者はその世界を壊せる唯一の存在。魔王の暴走を止められるというのは世界そのものを壊すことにつながる、ということです」
「待て、それじゃあ殺せないじゃいか」
「ええ、ですから昔から魔王と勇者は肉弾戦で戦い、お互いの考えを力と力でぶつけあい、結局妥協点を見出し友情を深めてどうにか存続してきたのです」
知らない話に、クリスは真っ青になる。
たしかにそんな裏事情があればその剣は使えない。だが勇者としてその剣を与えられたクリスにとっては、
「だったらどうしてこんな剣が存在している」
「この世界を存続させるのも滅ぼすのも自由。そしてどんな過程を経たとしても魔王が滅びればこの世界は終わるよう、あのアオバ神とクレハ神が作りました」
「なんてものを作ってくれたんだ」
嘆くクリスに更にリリアーヌは、
「ようは魔王がこの世界であると同時に装置、そして勇者が鍵となっているのです。鍵の理由は、勇者しかその剣は扱えないから。そして、“黄昏の、闇へと誘う愚者”とは、この世界の前に滅んだ世界の住人です」
「この世界の前って……何で生きているんだ?」
「イチかバチかで世界を飛んだようです。そして成功した。なのでこの世界そのものである魔王を連れ去り、古の世界をよみがえらせる計画なのでしょう。そのためにもこの世界が邪魔なので消滅させたい……といった辺りの情報しか今さら彼等を締めあげても出てきません」
「それで、まずは邪魔なこの世界を滅ぼすためにアリスが狙われたわけか。じゃあ、今更家に返しても……」」
「いえ、クリス様とアリスの家は元々陰ながら護衛の対象でしたのでそちらのほうが安全ですが、こうやって隙を作って彼等をあぶり出すのも今回の目的です」
知らない話にアリスとクリスは顔を見合わせた。更にリリアーヌは続ける。
「ついでに平和な時期に、勇者と魔王が戦うことでどうしてその世界に掛かる負荷が減るのか、どういう過程によるのかを検証しようという話にもなっています」
「負荷?」
「ええ、勇者と魔王との戦いで魔王に蓄積されたその負荷が解消されるのも勇者の魔王討伐の目的でもあります。魔王に蓄積された負荷が溜まりすぎてもその装置が起動してしまうと」
「それを作った神々……クレハ女神やアオバ神に、解消方法や細かい話を聞いては無理なのかな?」
アリスの問にリリアーヌは首を振り、
「神々もそこまで細かい条件は設定していないらしく、それはこちらで検証しないとわからないとのことです。ですので、この平和な時期にそれらの検証をひと通りやってしまおうかと。とりあえず、一通りお話しましたが他に何か聞きたいことはありますか」
そこでアリスはウィントに問いかける。
「ウィントが私を大事に思っているというのは、私=魔王=世界だからですか?」
「確かに魔王様が存在しいなければこの世界の私達は存在できませんが、それでも我々魔族は人間と違い、優れた力を持つ王を持つのをずっと望んでいるのです。ただ、その魔王自身が平穏を望んでいるから今の時代が平和なのだと、人間はもう忘れてしまっていますがね」
楽しそうに笑うウィントに、初めて魔族らしい凶暴さが見え隠れする。
この人はやっぱり怖い人なのだと思うが、不思議と嫌悪感をアリスは感じなかった。
そんなアリスにさらにウィントは、
「それに世界である魔王様には毒物などが一切効かないのですよ。だって世界を侵せる毒は、唯一、その勇者の持つ剣程度なのですから。それに世界そのものであるから変化を無意識に感じ取り何が起こるかを無意識のうちに予測できたりしませんか?」
「確かに、勘が当たるのはよくあるけれど、それが理由?」
「ええ。ですから本来我々は、人間ごときに負けるはずがないのですよ? だからいつでも人間を滅ぼしたくなったらおっしゃってください。……冗談ですよ」
ウィントが言うと冗談に聞こえないと思ったアリス。
ただ今なら聞けるのだからと思って、アリスは一番重要な話を聞くことにする。
「ウィントにも聞きたいんだけれど、私ってなんの役割があるの? ここに来る意味はあったのかな」
それにリリアーヌとウィントが黙りそして、
「囮と……クリス様へのサービスですわ」
「え?」
「サービスです」
それ以上は、彼女達は何も言わなかったのだった。