悪い予感の的中率は、120%☆
予定ではすでに“コロコロ草”を手に入れて戻っているはずだった。
だが取りに行く途中、ちょうど見つけたあたりで、
「何か起こりそうな予感がするから、“コロコロ草”を個人的に持っていこうと思うの」
「昔からアリスは勘が鋭いからな。一応、俺達の分もで回収しておくか。湖の水際に生えているから、アリス達はそこで待っていてくれ」
そう言ってクリスがその“コロコロ草”を採りに行った所で、奴らが現れたのだ。
そう、“黄昏の、闇へと誘う愚者”に襲われて、操られたリリアーヌにアリスは囚われて、洞窟のような場所に連れて来られたのだ。
こんな場所があるなんて、湖に着いた時には見えなかった。
だからクリス達の助けを待つよりかは、何かをしかけられる前にこの場から自力で逃げ出した方がよさそうである。
あとはリリアーヌがどの程度体力を残しているか。
リリアーヌは意外に力あるらしく、アリスを持ち上げてここまで走ってきたのだから、ずいぶんと疲れただろうなと思うのである。
そこですぐ側の僧侶のリリアーヌが疲れたようにアリスに一言。
「重い」
「な、なによ、悪かったわね。私の方が身長が高いからしかたがないでしょう!」
「胸のあたりの肉が特に邪魔だったわ」
そう言って僧侶のリリアーヌはアリスの胸元を見つめる。
たしかにアリス自身普通よりはちょっと大きいレベルで胸が大きく、反対にリリアーヌは貧乳と言っていいほどだ。
だが、アリスにだって言いたいことはある。
「カミーユさんはどうなのよ。どう考えても私より大きいじゃない! 服からはみ出るくらいじゃない!」
「カミーユはいいのよ! 問題なのは貴方なんかに負けたってことよ!」
「エレオノールだって私んと同じくらいじゃない!」
「乳袋偏差値最下位の私の気持ちなんて、貴方にはわからないわ!」
「そんなことを言ったって私が知るわけなうでしょ! 胸なんて大きくたって重いだけなんだからね! 机の上に乗せて、はあぁ、楽でいいわ~ッて思うくらいなんだからね!」
「胸のない私に対するあてつけ? そうなんでしょう!」
そんな女同士の戦いを繰り広げていたアリスとリリアーヌだが、そこで少し離れた場所から男の声がする。
「こら、静かにしろ!」
「うるさいわよ勝手に連れてきたくせに、ばーか」
「……」
「……やーい、クズ野郎」
小さな声で、リリアーヌが言い返す。
だが彼らからの返事は特にない。
どうやらこの悪口は聞こえていないようだった。
それを見ながら、リリアーヌはほくそ笑む。
「この程度の声は聞こえないみたいね」
「……その割には随分と大きな私情が挟まっていたような気がしなくはない気がしないでもない気が」
「なんとでも言いなさい。とりあえずは、まさか人を操る魔法薬がデザートに盛ってあったなんてね。本当に何処にでも入り込むのね、あいつら」
「でもその魔法の解除には“コロコロ草”が必要なのよね?」
「ええ、解除魔法の使える私が、解除できないよう制約条件を与えられているからしかたがないわ」
「所でリリアーヌは攻撃魔法は使えるのかしら。確か神殿の僧侶って、魔法に一部制限があったような……」
「それは昔の話だわ。神殿の教義が絶対であった頃、魔法は禁じられていたから。正確には攻撃魔法だけれど、途中、教義の範囲で魔法を考えようと話になって、結局は教義と魔法は別物として攻撃魔法も我々は使えるようになったのです」
「それでリリアーヌは使えるの?」
「……攻撃魔法が苦手なんです! これでいいですか!」
「そっか。……多分、“コロコロ草”はクリスが持ってきてくれるから、後は……彼らの目的はわからないけれどここはそう離れていないようだし、逃げ出しましょう」
それを聞いたリリアーヌが目を瞬かせて、
「どうやって逃げたのか分からないようにといった支配はありませんでしたか?」
「全然ないな。言われたけれど道順全部覚えているし」
「……力が強すぎて無効化か。それとも〝世界〟に一滴の毒薬を垂らして数千人が死ぬようなものでも、薄められて影響がなくなってしまうようなものなのか」
アリスには聞き取れない声でリリアーヌが深刻そうに呟く。
それから思案するようにリリアーヌが黙ってアリスを見た。
見てから自分達の様相に目を移す。
ロープで縛られているリリアーヌとアリスだが、ふとリリアーヌが、
「このロープは切れるかしら?」
「ナイフは持っているわ。杖の整備用に、ちょっとした道具は持ち歩いているから」
「……今回だけは貴方を見なおしたわ」
「褒め言葉として受け取っておくわ。じゃあ切っちゃおうか」
「そうね、こちらから逃げたほうがいいかもしれないですね。私の居場所ならカミーユとエレオノールがわかるから」
「そうなんだ。でも何で?」
それにまたリリアーヌはアリスを見てから嘆息した。
「本当に何も分かっていないのですね。ついでに聞いていないと」
「だから何の話?」
「そろそろ説明してもいいのかもしれませんね。許可をとってからですが」
何やらそうリリアーヌが頷いている。
アリスには分からなかったが、アリスに今できることはロープを切ることだったので、それを終わらせたのだった。
ゴソゴソと身体を捩って、アリスは服を移動される。
そのポケットに、十徳ナイフのような物がはいっているからだ。
「ちょっと、早くしなさいよ」
「今やっているんだから待ってよ。そんな少しの時間も待てないの? 子供じゃあるまいし」
「それは私の胸のこと? 貧乳って言いたいの? 喧嘩を売っているの? 売っているなら買うわよ?」
「……私には興味ないからしかたがないわね」
「つまり相手にする価値すら無いってことかしら?」
「何でそんなに胸に固執するのかしら」
「クリス様が胸は大きいほうがいいって言っていたからよ!」
それを聞いたアリスは半眼になりながら、
「あいつ、そんな事を自分で言ったの? 何を言っているんだか」
「違うわ、私達の魅力で聞き出したのよ。他にもどんな女性が好きなのかって」
「どんな女性が好みって、クリスが言っていたの?」
「何で私がわざわざ貴方に教えないといけないのよ」
「えー、いいじゃん、どうせ歳上好きなんでしょう?」
そこでリリアーヌが変な顔をして、
「同い年がいいそうです」
「同い年? 昔は年上がいい、年上のお姉さんに可愛がられて弄ばれたいっていっていたけれど」
「嗜好が変わったと。でもその前なら、年上……私にも機会は有るか」
真剣に考えこむリリアーヌには悪いが、今すぐ逃げ出したいアリスはそこで縄を切るのに成功する。
「よし、これでいいわ。ロープ見せて」
リリアーヌが縄をアリスが切りやすい位置に持ってきて、その縄をアリスはナイフで切って、縄を解く。
それから立ち上がり、こっそりと音を立てないように歩いて行く。
その先には談笑している黒いローブを着た奴らがいたが、こっそりとその脇を通って逃げていく。
特に茂みがすぐ側にあったのでなるべく音を立てないようにその茂みに入り込む。
少し離れた場所だったので、風の音と聞き間違えたのかもしれない。
けれど二人して進んだ所でそれ以上動けなくなる。
「結界か。全く面倒なものを」
リリアーヌが舌打ちする。なので、
「リリアーヌはこの結界が解けないの?」
「ええ優れている私でもこれ程の結界は、手を付けられません」
「そうなんだ。私は解けるから、問題ないわね」
そう言うとリリアーヌが冷た目で、
「……何故私に聞いたの?」
「どっちがやるのかなと思ったから。でも結界をとくと気づかれるだろうね、彼らに」
それは先ほど談笑していた男達のことを示す。
リリアーヌが少し躊躇するように口に手を当てるが、
「でも、急いで走ればクリス達と合流できるかも。道は覚えているしね」
「……なるほど」
「上手く二人で逃げられるように、私も頑張らないと」
アリスがリリアーヌへというと、リリアーヌは嘆息した。
「……あれだけ意地悪く言ったのに平気なの?」
「言い返したからそれで終わりなの」
「……面白い方ですね」
「よく言われるわ」
そう答えて、アリスは結界を解除する呪文を唱える。けれど、
「そこで何をしている!」
どうして気づかれたのか、それはアリスには分からない。
足音に彼等が敏感なのかといったことも考えられるが見つかった今ではそれを考えるよりも……アリスは小さく呪文を唱える。
ぱちんと乾いた音を立てて、結界が崩れ去るのが分かる。
このまま逃げればいいのだが、そこでアリスはリリアーヌに後ろから羽交い締めにされる。
「……すみ……ま、せ……」
どうやら操られているようではある。
目の前の黒ローブの男はにやにやと笑っていて、アリスは蹴りを入れたくなる。
けれど魔法の杖がない今、その威力は一割以下になってしまう。
それでも痛い思いの一つや二つはさせられるかと思ってアリスは蹴りあげるが、そこで気づけば目の前に黒ローブの男が迫っている。
そしてその手がアリスの頭に伸ばされる。目の前の視界に広がるその手に、今更ながらアリスは恐怖を覚える。
風をきるように矢がアリスのすぐ横を走り、背後で爆発した。
同時に、アリスに手を出そうとした男が振り返り、その相手と戦闘を開始する。
いたのはクリスだ。
いつだって笑ったり意地悪だったりしていたけれど、でも、今はとても怒っているようだった。
その表情に安堵とともに一瞬だけアリスは胸の高鳴りを感じた。
そしてクリスの剣さばきに加え、魔法も、敵を倒す“戦闘”そのものに慣れている気がする。
思えば、こういった戦っているクリスを見たことはアリスはあまりないと思いだした。
そしてクリスがアリスに手を出そうとした黒ローブを倒して、少し離れた場所でカミーユとエレオノールが、もう一人を倒していた。
クリスもそこでもう一人の黒ローブの男を倒した。
そこでほっと一息ついてからアリスの方を見て、次に険しい表情でリリアーヌを見てから、クリスは“コロコロ草”を取り出してリリアーヌに軽く触れさせる。
アリスは拘束が緩むのを感じて、そして今更ながら先ほどのことを思い出し心細くなり……そのままクリスに抱きついた。
「え、あ、アリス?」
「……助けてくれてありがとう」
自力で逃げ出そうとしたが失敗して、クリスが助けてくれて。
やっぱり好きだなと思いながら、アリスはクリスに抱きつく腕に力を入れる。
そこでクリスがアリスの頭を撫ぜる。
その心地よさに、こんなに気持ちいいんだから、みんな好きになるよなとアリスは思った。
きっとハーレム能力なだけじゃなくて、クリスの人柄に無意識に惹かれていたのかなとアリスは思いつつ、これ以上ライバルが増えてたまるかと思い直した。そこで、
「……仲がよろしいのはいいのですが、この黒ローブ達の件がありますのでそろそろよろしいでしょうか」
ムスッとしたようにリリアーヌが告げて、アリストクリスは慌てて離れたのだった。