後悔はいつも後からだったりするが、大抵どうにかなるものである
徒歩でお昼前にはつけるだろうというその時間帯に街を出て、湖をアリス達は目指す。
「所で、その“コロコロ草”って、この地域の湖周辺にしか生えない貴重な物なんだって書いてあるんだけれど、勝手に採取していいの?」
アリスが何となく疑問を呟くとエレオノールが、
「この地域に特別に生えるものですが、特産品なので色々な場所に栽培されているんです。しかも、畑で手間を掛けて栽培したものの方が美味しいので、今は天然物なんて誰も見向きがしないんですわ」
「貴重なもの?」
「昔はある毒の解毒剤として使われてもいましたから。今は魔法技術の発達で必要なくなっているというのも有りますわね」
「因みに毒って?」
「幾つかありますが……その一つに特定の相手の言葉に従ってしまう、魔法と関係する毒ですわ。まあその魔法自体が失われてしまいましたし、よほど強い力を持っている方でないと使えませんし、そこの僧侶のリリアーヌもその魔法が使えるし」
「そうなんですか。でも人を操る魔法……確かに習ったり読んだ記憶はないかな」
アリスが呟いて色々思い出してみるが、思い当たる節はない。
けれど妙な胸騒ぎがして、
「それって、“コロコロ草”を食べさせれば解けるの?」
「魔法的なものだから触れるだけでそれはどうにかなるはず」
「そうなんだ。……その“コロコロ草”、自分用に回収してくるかな。この前やってきたあの“黄昏の、闇へと誘う愚者”の使っていたゴーレムを作る魔法が、古いものだったし」
別にアリスはそれだけの事実を言っていただけだ。
そもそもアリスの専門の魔法には、古代魔法学も含まれているので多少知っていただけなのだが……そこで、やけに三人の表情が険しいと気付く。
ついでに、僧侶のリリアーヌの表情がこわばっていて、
「……古代の魔法に詳しいのですか?」
「え? うん。だって専門はそちらだから……」
「他に家で代々伝えられている魔法等はありますか?」
一瞬アリスはぎくりとしてしまう。
確かに魔法使いの一家で実は魔王だった事もつい最近把握しているし、そして代々伝えられる魔法もあるのだが……それよりも、その古代の魔法と最新の魔法を組み合わせたもっと危険な魔法の方がよほど心配するべきものである。
というかそれに関してこの人達知らないんだとアリスが思っているとそこでクリスは、
「アリスは元々魔法使いの家系だから、そういった受け継がれたものもあるよな。でもそんなに危険なものはなかったはずだ。それに、確かにアリスは古代魔法が専門に入っていたが、研究としてで実戦用じゃないだろう」
クリスがアリスのフォローをすると、そこでリリアーヌが、
「……いえ、そうですわね。一般人がそんな強力な能力を持っているとは思えませんものね」
そう言いつつもチラリとアリスを見る。
そこでアリスは自分が一般人だと認識はしたのだが、あの魔法を使えるし使う程度の力はあるんだけれど、あの件は日の目を見ないし、アリス自身その他大勢の中に埋没する程度に優秀なので目立たないからしかたがないよなと思った。
それに幼馴染のクリスがかばってくれたのが嬉しく、機嫌が良くなる。
「ありがとうね、かばってくれて」
「別にそんなつもりじゃない。ただ本当の事を言っただけだ」
そう言ってそっぽを向いてしまうクリス。
ツンデレとアリスをいう割に自分だってそうなんじゃないと言い返そうと思って、けれど嬉しかったのでそれ以上アリスは何も言わなかったのだった。
徒歩にて土のむき出しの道を歩いて行く。
天気が良く季節も暑すぎず寒すぎない時期なので、観光も兼ねて運動するにはいいのかもしれない。
アリスはそう自分を誤魔化しながら、車がすぐ傍を通り過ぎて彼方に消えて見えなくなるのを見送った。
「……帰りだけでも、馬車か車に出来ないかしら」
愚痴るように呟いたアリスにエレオノールが、
「湖の側の停留所に、バスと馬車の出発時刻が書いてあるからそれを参考にすることね。車は自家用のものでないと使えないし」
「そうなんだ。じゃあ帰りはそうしようかな
「そうして頂戴。その間私達は三人でクリス様と楽しませてもらうから」
引き合いに出されたクリスの顔をアリスが見た。
どこか期待するようにアリスを見ているクリスに、このまま見捨てるのもどうなんだろうと思いながらエレオノールに、
「全員で戻る訳にはいかないの?」
「やっぱり貴方もクリス様を狙っていたわけ?」
「クリスが皆で帰りたいって私に目配せしていたから。幼馴染だからそういうのがわかるの」
実際にクリスは、そんな表情で状況もそんな感じであるので、だいたい分かるのだ。
それを聞いてエレオノールはむっとした顔をしていたが、仕方がないとアリスはあっさりと割りきった。
こうして何事も無く一行は湖へと辿り着いたのだった。
お昼になった頃についたので、湖のそばの店で昼食を取る。
そのお店の前には馬車や車、バスが停まる停留所も含まれてそこだけ綺麗に整備されていた。
ついでにバスがいつ来るのかを停留所に設置されていた時刻表を確認してからアリス達は店に入る。
出されたメニューはセットしかなく値段も少し高めだったが、とれたての魚を料理した食事が並び、どれも美味だった。
そして最後のデザートは3つの中から選べるらしい。
ここ周辺で取れるらしい、ミルブドウの果汁を加えたアイスクリーム、リルベリーのソースがかかったババロア、エキサローズの香りのするスフレケーキであるらしく、クリスが女の子っぽそうなデザート3つにちょっと悩んでいた。
結局クリスと戦士のカミーユがアイス、弓使いのエレオノールが私にこそこのケーキはふさわしいと言ってそれを選び、アリスと僧侶のリリアーヌがババロアを選んだ。
すぐに出てきたそのデザートだが、微かな香りづけに使われたそれに、アリスは魔法薬の研究で嗅いだことがありそうな匂いだなと思う。
ただそれほど害にはならず、確か組み合わせで色々変化するものだった。
それに匂いだけでは確定できないなと舌鼓を打つ。
味はいいし、他の三人も特に気にしていないようだった。
そして会計を済ませて、店を後にする。
次にガイドブックとにらめっこをしていたアリスにクリスが、
「それでその“コロコロ草”って何処に生えているんだ?」
「この位置だと湖の反対側みたい」
「ボートで行くのか?」
「他には、あそこに立て札のある細い道を歩いて行けばいいみたい。でもボート、今は休憩中みたい。ほら、看板が出ている」
アリスが指差す先には、只今の時間ボートには乗れませんと看板が掲げられている。
それにはいつこのボートの管理人が戻ってくるのかの時間すら書かれていなかった。
「……折角だから、それほど距離もないし歩いてみようか」
クリスの提案にその時皆が頷いたわけだが……後になって、この決断を後悔することとなった。