あー、そういえばそのような話がありましたね
折角なので魔族と通信してみることにした。
またもやお花を摘みに行ってみたアリスだが、
「こんにちは。幾つかお聞きしたいことがあるのですが」
「それは今日捕まえたあの“黄昏の、闇へと誘う愚者”についてですか」
鏡越しにウィントさんがあらあらといった風に頬に手を当てて聞いてくる。
「そうです。彼らは……」
「少し現れる人数と頻度が多いですね。なので、こちらも状況を注視して幾つかの案を出させて頂いてます」
「と言うよりは、私にスパイみたいなことやらせる気ならもう少し情報をくれないとわからないわ!」
「あー、そういえばそのような話がありましたね」
「……どういう意味よ、それ」
「いえ、一応勇者とは仲良くしていただいたほうがいいので、衝撃が少ないように一緒に旅をして貰う予定だったんです」
「……意味がわからないわ」
「他の方と仲良くなられても色々と男女のことですので面倒なんですよ」
「更に訳がわからないわ」
「まだご説明できる状況ではありませんので、申し訳ありません。ただ、我々は魔王様であるアリス様の味方ですので、アリスさまが思っている以上に大事に思っている、その点だけは信頼していただければと思います」
「その割には、関係も希薄だし……わかったわよ。でもそのうち話してね」
「ええ、近いうちにお話できるかと思います」
そう言ってウィントさんは通信を切ってしまったのだが、近い内にお話できるってなにかが起こるのかなとアリスは嫌な予感がしたのだった。
部屋に戻ってきたアリス。
そこへげっそりとした顔で、僧侶のリリアーヌと弓使いのエレオノールが戻ってきた。
二人共違う場所へ行ってきたのに、同じようなやつれた顔で帰ってきている。
女の子ばかりの四人部屋には、魔力を使ってお湯を沸かすポットが用意されている。
一般人でも使えるように、魔力で充電すれば良いだけの物だ。
それに魔力を与えて、アリスはお湯をわかす。
丁度お茶でも飲もうかなと思ったところだったので、ついでにカミーユにいるか聞くと、飲むというので二人分のカップを用意した。
ただ何となく多めにしておいたいいような気がして四人分にしたのだが、調度良かったらしい。
戻ってきた彼女たちを入れれば全部で四人。
お茶用のポッドに茶葉を人数分すくって入れて、お湯を入れて蒸らす。
それからカップに茶こしでこしていく。
出来上がったお茶を渡すと、僧侶のリリアーヌと弓使いのエレオノールが
「ありがとう」
「ありがとうございます」
大人しくお礼を言って、受け取った。
ちなみにカミーユは本とにらめっこをしながらありがとと短く答えていた。
なのでアリスも、側の椅子に座り自分の分のお茶に口をつける。
ぬるめのお湯だが、これくらいが香りがいいのよねと機嫌良さ気にアリスはお茶を飲んでいると、そこでエレオノールがリリアーヌに、
「それでそちらはどうでしたか?」
「話は全部通っているからその案も考えてくれって聞いてきましたわ」
「……無いわ。どう考えてもそれって無いわ」
「初めから私達やクリス様も含めて、とても強いですからね。アリスがちょっとというくらいで」
さり気なく恨めしそうアリスを見やがったので、アリスは無視した。
だいたいアリスはドラゴンだって倒せるだけの力があるというのに。
しかし何がないんだろうと、アリスが様子を窺っていると気づかれたらしくそれ以上会話はなくなる。
それでもじっと二人をアリスが見ていると、彼女達はため息を二人でついて、
「まずは魔物がいる森の中にある湖か“コロコロ草”を取ってくる、それが依頼です」
そう、何処からか請け負ってきた仕事をリリアーヌは他の人達に告げたのだった。
レストエア湖。
湖の街の水瓶とも呼ばれる湖で、透明度の高い水がたたえられ、色とりどりの魚が泳ぐ場所である。
ただ難点は、町から少し離れている点だった。
それは徒歩でという意味で、車といった高級品や馬車を使えばそれほど時間はかからない。
更に付け加えるならば、離れているからといって人が全く来ないわけではなく、その湖を楽しむ客は町の外からもやって来る。
そのため、湖の周辺には宿や店が数件立ち並んでいる。
もちろん売っている品物が競争の激しい町中とは違うために、既成品は定価よりも少し高めにお値段が設定されている。
その一方で、湖で取れる魚などや、森に生えている香草や果実、きのこなどを作った料理が目玉となり人気を博しているらしい。
以上がその湖周辺の観光スポット情報だった。
因みにこの雑誌はエレオノールがくれたものだ。
なんでも、折角だから観光スポットによって勇者様達が立ち寄りました的な宣伝をやりたいらしい。
エレオノールは頭痛がしたように説明する。
「……今までの観光スポットは、たまたまそこで戦闘せずにいられなかったからそうなっただけばのに、何で観光スポットに箔付けするために行かなきゃいけないのよ……。まあこの観光ガイドもくれたし、その後ろの方に割引券付いているからいいけれど。でもこれは何か違う気がするわ」
弓使いエレオノールが町の偉い人に挨拶した際に、そう言われたらしい。
一応貴族のお嬢様なので挨拶に行ったエレオノールは疲れきっていた。
そして何故か観光ガイドを真っ先にアリスにくれたのだ。
「? いいの」
「ええ、この町に関して一番知らなそうで、そして興味がありそうなのは貴方みたいだし。それに、友達だし」
「友達……」
「な、何よ」
「ん? 嬉しいと思っただけ」
そうアリスが答えると弓使いエレオノールが顔を赤くする。
こんなふうに可愛かったり素直だったら私とクリスの関係も違ったのかなと、アリスはふと思う。
だがその様子を見ていたらしい僧侶のリリアーヌが、
「エレオノール、まさか女の子の方が好きな……」
「そんなわけないでしょう! 冗談はやめてくださいませ!」
「うちの神官達が好みそうなネタですね」
「ネタってなんですか、ネタって」
「百合は美しいものなので、いいそうです」
僧侶のリリアーヌが遠い目をして言う。
一方アリスは、ユリの花はたしかに綺麗だけれどその文脈だとよくわからないなと思っていた。中途半端にアリスは世の中にすれていなかった。
そして僧侶のリリアーヌはそれ以上何も言わずにアリスの淹れたお茶をすする。
そこで部屋のドアが叩かれた。
「皆いるか? 話を聞きたいんだが」
クリスが来た。そのクリスの存在に目の色を変えた三人が抱きつく。
本気の恋じゃなくてやはりハーレム能力の影響が強いようにみえるよなと思って、アリスは少しだけ安堵する。
ついでに、じゃあクリスの分もお茶を入れるかとアリスがお湯を沸かそうとして、一応聞いておく。
「クリスもお茶いる?」
「ああ、砂糖を入れてくれ」
「2こだよね。相変わらず甘党だね」
「……1つでいい」
「何で不機嫌になってるのよ」
クリスは昔から甘いモノが好きで、紅茶にも角砂糖を二個入れるのだ。
だがそれを子供っぽいと言われたと思ったのか意地を張っていて、しかたがないなと思いつつカップに砂糖を2個入れておく。
そして少量なのですぐにお湯がわいたので紅茶を入れて、クリスにアリスは渡したわけだが……弓使いのエレオノール、僧侶のリリアーヌ、戦士のカミーユが恨めしそうにアリスを見ていた。
「……何か」
けれどそれには答えずにいて、すぐにクリスの方に向かい、クリスの目が死んだ魚の目のように濁っている。
そして彼女達から離れてもらって、クリスは依頼について聞いたのだった。