八つ当たりも兼ねて、ふるぼっこ(敵を)
その日はあれから特に何かがあるわけではなく就寝した次の日。
再び隣の少し離れた町に向かう。その町は徒歩だと少し時間がかかるので、魔導式のバスにのることになった。
魔法石というエネルギーの塊、この場合は炎の魔力を秘めた石を使用してエンジンを動かし、車輪を駆動させて移動するのである。
この炎の魔石と空気の混合割合や、異常燃焼が起こらないようにする工夫など、現在盛んに研究されている分野である。
剣や魔法が混在しながらも、着実に新しく発達してきた魔法技術は進歩している。
ただ個人用の魔導式車となるとまだまだ庶民の手に届かないが。
そんなこんなでバスに揺られながら、座席を取る競争をしていたのだが、とりあえずは二人がけの席のにアリスは座った。
次いで、なぜかクリスがアリスの隣りに座った。
「どうしたの? 一番後ろで女の子達に囲まれていればいいじゃない」
「……ここがいいんだ」
クリスがふてくされたように呟く。
何でだろうとアリスは思うが、隣同士に座って好感度がちょっとでも上がっていたらいいなと思ってしまった。
思いながらちょっとだけアリスは自分からクリスの方に近づいて座る。
そんな大した事ではないはずなのに、意識すると緊張して頭が沸騰しそうになる。
大丈夫、相手は鈍感なクリスだから大丈夫と考えていると、そこでアリスの髪にクリスが触れる。
突然の仕草にアリスは上ずった声で、
「な、何するの」
「いや、付けてくれているんだなって。それ」
指さした先には、クリスが買ってくれた髪飾りだ。
折角買ってもらったので付けてみたのだが、似合っているんだかいないんだか分からない。
あまりこういったものは付けたことがなかったから、そもそも私本人が変わるわけでもないしと嘆息する。そんなアリスにクリスはどこか満足そうに、
「意外に似合っているじゃないか」
「そうかな? 何だか変な感じがする」
「そうか? まあ、今まで女という括りで考えていいのかわからない生物だったからな、アリスは」
「一言余計よ! まあ、その……ありがとう」
「え? なんだって?」
にまにま笑うクリスに、アリスは何となくむかっときた。
アリスが意識して恥ずかしくて素直になるのだって恥ずかしくてものすごく緊張するというのにこのクリスは、
「分かっていていっているでしょう、クリス」
「もちろん。痛い! 頭を叩くなよ」
「そんなに痛くないはずでしょう? 大げさなのよ」
「……可愛くないな。もう少しこう、恥じらいみたいなものとか、おずおずとはにかむように笑ってありがとうございますって言えよ。まあ、アリスにそれは期待していないけれどな?」
「何よ、わかったわよ、やってあげようじゃない」
意地を張ったアリスは、まずはぴんと背を伸ばして次に俯く。
そして上目遣いをしながらクリスを見て、
「その……髪飾り、ありがとうございます、クリス様」
どうだこの私の男を誘惑する女子力は! と思いつつアリスはクリスの様子を伺うと、クリスは微妙な表情でアリスを見ている。
なのでしばらくじっと見ていると、ふいっとクリスが顔を横に背けた。
「……どういう意味よ」
「いや、幼馴染の俺だからいいが、そんな顔、他の男に見せるなよ。目の毒だから」
「そんな変な顔をしていたってわけ?」
「……そんな所だ。止めておいた方がいい、絶対」
何故かクリスの耳が赤い気がするのだが、そんな恥ずかしくなるくらい周りが気になるような変顔だったのだろうか。
でも意図的にした顔がおかしいって事は、いっその事アヘ顔ダブルピースくらい挑戦的な物の方がいいのだろうか。
そうやって真剣に考えていると、何やら視線を感じた。
くるりと振り返るとそこには、変な顔をした、僧侶のリリアーヌ、戦士のカミーユ、弓使いのエレオノールがいた。
三人共半眼でアリスを見て頬をふくらませている。
「どうしたの? 三人揃って」
けれど三人とも何も言わずにアリスを見たままでそこでようやくエレオノールが口を開く。
「無自覚ですの?」
「? 何が?」
「クリス様、それは自覚があってやられているのですか?」
「な、何の事かな」
クリスが何故か焦っている。
それに三人は更に機嫌を損ねているようだった。
そこで、バスの前方で爆発が起きたのだった。
幸いにも、乗っていた乗客はアリス達だけだったのでよかったのだが、巻き込まれた不幸な運転手がビクビクしている。
そのバスが走っていたのは山合いの道で、どうやらこちら方面は人通りも少なく山に囲まれて更に状況が遠方からも分かりにくい。
待ち伏せするには都合がよく、しかも木々が生い茂るこの時期では更に隠れることだろう。
その目の前には黒いローブを着た男いた。
この前の男とは違うようだとアリスは思う。
そもそもローブを止めている宝石の色が今回は赤い色をしている。
ついでにその男には仲間らしきものがいるらしい。
彼の周りにも色は違うが何か布のようなものをまとった姿のような何かがいる。
けれどバスを降りて近づくとそれが違うことに気づく。
その布は紫色に見えたが、それは布ではなく液体のようなものがその本体に流れ落ちているだけで、その本体も石か何かで人の形が作られた人形のようだった。
ゴーレム。土で作られた人形であり、それらの中でも今目の前にあるのは戦闘に特化したもののようだった。
現に、その土人形の手は、片方は先端のとがった岩の形をしており、もう片方は巨大な金づちを模した形をした、ゆうに1トンは超えるであろうものと直結している。
どちらも一般の人間が攻撃されたならひとたまりもない。
さらに付け加えるならば布のような液体自体が、人に害を与えるものかもしれない。
警戒しないと、ついでにこっそり杖を出しながら昨晩足手まといにならないよう準備した幾つかの魔法も杖自身に埋め込んであるので速攻で魔法が使えるのだ。
今こそ雪辱を晴らすとき、そんな風に思っていた時間もアリスにもありました。
けれどアリスとそしてクリスが目の前の男から、会話を通じて何かを聞き出す前に、
「しっねぇえええええ」
「うおおおおおおお」
「きっえろおおおおおお」
僧侶のリリアーヌと、戦士のカミーユ、弓使いのエレオノールが雄叫びを上げながら攻撃を開始した。
「ま、待て、話を聞け!」
何故か焦る目の前の黒ローブの男だが、それに対して僧侶のリリアーヌが、、右足を一歩前へ出してスカートの裾を遊ばせるように中から短剣を取り出して、
「問答無用、死ね」
そう告げて何本もの短剣を土人形らしきものに突き立てていくと、その短剣を突き立てた場所に魔法陣が白い光で描かれて一瞬にして粉々に吹き飛ばされる。
そしてカミーユはその自慢の剣で男を接近戦で追い立てながら、それを守ろうと近づく土人形をエレオノールが弓で援護射撃して一撃で倒していく。
圧倒的な力で敵を踏み潰していくようなその光景だが、そこでクリスがポツリと一言。
「……俺の出番がない」
「……大丈夫、私の出番もないから」
まるで鬱屈した欲求を晴らすように、次々と敵を倒していく三人。
やがてその主犯格のような男がただ一人残されて、
「こ、この、かくなるうえは……ていっ」
何やら薬品のようなものを投げ、その一部がカミーユへとかかる。
それを見ながら、その黒ローブの男は勝利の笑みを浮かべ、
「それは毒だ。二十四時間以内に私が持っている解毒剤を……」
「光り輝く蒼き風は、緩やかに命をまとい育み癒やす“蒼き祈り”」
リリアーヌが呪文を唱えると同時に青色のに輝く風がカミーユの先ほど毒のかかった場所に触れる。
そしてすぐに消え失せてしまうが、
「これで解毒は完了よ。二十四時間以内なら寿命以外の死者も生き返らせられる天才僧侶な私がいるのに、そんな毒効くわけないじゃない」
「ありがとう、リリアーヌ」
「どういたしまして、カミーユ」
お礼を言ってからカミーユは目の前の黒ローブの男に攻撃を仕掛けて気絶させる。
すぐに持っていたロープでエレオノールが縛り上げていく。
そこでリリアーヌが背伸びをして、
「うん、少しは気が晴れたかも……所でアリス」
そこで何故か名指しされたアリスはリリアーヌの機嫌の悪そうな声に、また足手まといだと言われるのかと思った。
けれどその声と同時に三人が悔しそうな顔でアリスを見て、
「私達、負けませんから」
「そうよ、ちょっとばかり長く一緒にいるからっていい気にならないでよね」
「……そういうことだ」
涙目で宣言する彼女達に、アリスは何でそんな悔しそうなんだろうと訳がわからず、そうですかと頷いたのだった。