ちょっと不運なある日の出来事
私、アリス・クレハメソッドは魔王であるらしい。
本日、ようやく十六歳になったばかりで誕生日ケーキを自作して節約しようと材料をそろえるような慎ましい私が魔王とは、どんな冗談なのか。
ついでに、そんな偉そうな立場だったらもっと人生イージーモードでいられたのではないかという疑問がふつふつと湧いてくるが、それは事実であるらしい。
そんな私は金色の髪に赤い瞳の美少女魔法使いである。
私自身が、意外なその属性を知ったのはつい数時間前の事だった。
ただ話を聞く限り、残虐非道で人の生き血をすするようなおぞましくも恐ろしい物語に出てくるものではないようだ。
それに関しては良かったと安堵している。
そして私自身、初めはそんなものになりたくないとは思ったのだが、この世界の女神クレハ様に唆され、私は引き受け……正確には受け入れてしまったのだ。
女神様も魔族の上層部の女の人達も手伝ってくれるそうなので、その点は良かったと思う。
そんな諸々の経緯から、一時間もしない内に必要な物だけを旅行鞄に無理やり押し込んで旅支度を整えた私は、見慣れた町並みを駆けていた。
赤い屋根が続いていく都市の郊外は、十五年ほどい前に都市計画のもとに建てられたもので、その時期に建てられた高層の建物はどれも似た作りになっている。
おかげでこの街に来た初めての人は代わり映えのしない町並みに道に迷うとしばしば聞く。だが一度町外れに向かえば、高さの低い建物へと変化しやがては畑が視界いっぱいに広がる。
その分季節もあるのだろうが太陽の日差しを強く感じる。
気持ちのいい季節で良かったと私は思った。
やがて、大きな木が一本見えてくる。その境には街と外の境界を示す簡素な柵が連ねられており、この前その補修の手伝いを私は課外授業でやらされたばかりだったと思い出しながら走る。
その町外れの大きな樹の下で、何幼馴染のクリスが勇者として待っているらしい。
すでに三人ほど仲間が集まっていると私は事前に説明を受けている。
何て事だとクリスを勇者に選びやがったアオバ神を呪いそうになりながらも、私は駆けて行く。
そもそもが、いい加減大人しく素直に告白をしようといった矢先にこんな事になったのだ。
正直、間が悪いとしか言いようがない。
しかも勇者になってしまったクリスには妙な加護が授けられたらしい。
更に余計なことをしやがってと私は心の中で毒づく。
なので私は早くに手を打たないといけないのだ。
そう思いながら私は走って行くと、そこで町外れの大きな樹の下でクリスの背が見えた。
「クリス! 数日ぶりね!」
名前を呼ぶとクリスが振り向く。
けれど彼は私を見て、げっそりとしたような顔をした。
「……何だ、魔法使いの仲間ってアリスなのか」
「アリスなのかって何よ。一応私の魔法の腕は知っているでしょう?」
そう言って私は杖を振り回す。
ピンクと青と緑の魔晶に彩られた可愛らしい杖だが、殴るのにも使える実用的な耐久性を誇る優れものなのだ。
それを振り回す私にクリスはまたため息をついて、
「それは知っているさ。アリスが魔法の力が強い事くらい、問題なのはアリスが女の子なことだ」
「何よそれ、女の子は連れていけないってこと?」
「いや……一つ聞いておくが、今現在、アリスは俺に告白しようとかそんな風に思っていないよな?」
何故バレたと一瞬凍りつく私。だがすぐに平静を装って私は、
「まさか! 幼馴染をそんな風に見えるわけないじゃない、自意識過剰なんじゃない?」
「いや、でもなんか知らないが『はーれむを作る』加護を与えられて、頭をなでたりニコッとしただけで女の子が自分から好きですって擦り寄ってくるんだ」
「……いやいや、そんな事あるわけ無いじゃん」
今までずっと、見た目もそこそこいいのだが何分地味で真面目な性格だったために、クリスには浮いた話は全然なかったのを私は知っている。
だから今の話を聞いても……否、事前の話を聞いていてもそれが現実味を感じられなかったのだ。
けれどそれに真剣な表情になったクリスが、
「残念ながら本当なんだ。今は三人ともいないが……」
そう呟くと同時に三人の女が樹の幹から突然姿を表し、クリスに駆け寄り抱きついた。
「クリス様、私達の準備は整いましたわ」
「リリアーヌ、何で、抱きついているんだよ。じゃあ私も」
「ふん、これだから子供は嫌ね。クリス様、あちらでゆっくりと二人っきりで……」
牽制し合うように挨拶代わりのように笑いながら毒を吐き合う彼女達。
それでも彼女達の間にあるものは揺るがないように見える程度に、周りの空気は軽い。
その三人の内の一人は、白いローブをかぶりながらもミニスカートにニーソをはき絶対領域を強調している僧侶らしきショートカットの水色の髪に紫の瞳の貧乳少女。
二人目は、全体に露出度の高いスポーツか何かをしていそうな筋肉質の、背に大剣を背負う、茶色い髪を三つ編みにした緑色の爆乳の女性。
三人目は、上品な出で立ちで最新の流行をあしらいつつも魔力による防御魔法が高度に重ねられた服を身にまとう、木の強そうな黒髪ポニーテールで赤い瞳の少女。
個性豊かな三人の美しい女性にまとわりつかれて、けれどクリスは顔を青くして、
「離れてくれ。アリスもいるし……」
その言葉にくるりと彼女達はクリスに抱きつきながら私を見る。
表情は先程のものと違い、無表情で顔から足の先まで値踏みをするように見定めるような視線を私は感じた。
隠し事、つまり魔王であったりという最大の爆弾を抱えている私にとっては居心地のいい視線ではなかったので、
「あ、私、買ってくるものがあるから少し待っていてね。あと、私はそこの三人みたいな事にはならないからね!」
告げて私はかけ出す。実際に必要な物があるので丁度いいのだ。
なので逃げたわけではない。
そんな駆けて行くアリスを見送りながらクリスは、これまでで一番の深い溜息をついて、口説いてくる彼女達三人を尻目に、
「どうしてこう上手くいかないんだろうな」
嘆くようにクリスは空を仰いだのだった。