俺、制服を着る。
朝起きたら男に戻っていた――なんてことは残念ながらなく、俺は昨晩の姉貴の宣言どおり服を買いに街へきていた。
平日ということもあり、街中の賑わいはいくらかおとなしい。混雑が嫌いな俺としては好ましい状況ではあるのだが……視線が気になって仕方ない。
男の視線に女はみんな気づいている、みたいな話は冗談だと思っていたが、あながち間違ってないんだな。
ほとんどすれ違うたび、不躾に値踏みするような視線をもらうので、俺は姉貴の背中にかくれることにした。
傍から見れば、しっかり者のお姉ちゃんに甘えるいじらしい妹というふうに誤解されてもおかしくない。……ん? 果たしてそれは誤解なのだろうか。いや、深く考えまい。
「あまりくっつかないでよ。歩きづらいわ」
「姉ちゃんが連れ出したんだから、こんくらいしてくれよ」
姉貴はサングラスをかけた顔でふり返り俺を一瞥すると、面倒くさそうにそれだけ告げた。
ちなみにパーカーにデニムといった何のひねりもない服装の俺に対し、姉貴はタイトなパンツにジャケットを合わせたマニッシュな服装で、これがいやに似合っている。
その隣を歩く俺としては、性別を抜きに自分の格好が芋臭く思えて、よりいっそう視線が気になるのだ。だから歩きづらくても許してほしい。
街中を歩くことしばらくすると、第一の目的地である制服の販売店にたどり着いた。
「ごめんください」
店内に入ると姉貴は早々、この店の主人であるお婆さんに声をかけた。年長者への愛想は基本いいので、すぐ仲睦まじく談笑をはじめる。ここの対応は姉貴にまかせよう。
……ひとつ言わせてもらえば、「かわいい子ね、あなたの妹?」というお婆さんの問いかけに「いいえ、弟です」と答えるのはやめてくれ。困惑してるじゃないか。
数分ほど経ち、姉貴とお婆さんに手招きされた。俺は手にとっていた上履きを戻して、少しだけ緊張しながら二人のもとへ歩み寄る。
「たぶん、このサイズがぴったりだって。あそこの更衣室で着替えてきなさい」
「近くでみると本当にかわいいわねぇ、お人形さんみたいだわ」
「……ありがとうございます」
このお婆さんは昔俺がここで制服を買ったときも「精悍だわ」とか言って褒めてくれたが、そのときと感情のこもり方が歴然の差だ。
……制服を着た男の俺が、どこかの組の御曹司にしかみえないのは百も承知なのでいまさら追及しまい。
姉貴から渡された制服をうけとると、俺は更衣室へ向かう。着替えるなら早くしないと、また姉貴が着替えさせてあげるとか言いかねないからな。
うちの学校の制服はオーソドックスなセーラー服だが、青を基調にスカートなどにチェック柄が入り、なかなか洒落ている。
男の時分も、かわいいと思って見ていたが――まさか自分で着ることになるなんてな。人生何があるかわからないもんだ。
制服は簡単なつくりになっていて、着るのに苦労する場面はなかったが、スカートを履くのには結構な勇気が必要だった。着て帰るわけでもなしと自分を納得させて事なきを得たが。
そうして着替え終えた俺は、胸に掌をあて軽く深呼吸をすると、更衣室のドアを開けて姉貴とお婆さんに初の制服姿を披露した。
「あらあら、よく似合うわねぇ。かわいいわぁ。大きさはどう? 大丈夫そうかしら」
「うん、似合うんじゃない。かわいいわよ」
俺の制服姿をみるや相好をくずし、快活にそう言ってくれるお婆さんに、待つ間に出されたらしい湯のみのお茶を啜りながらいう姉貴。
いや、俺は男だし、女ものの制服を着た姿を似合っていると言われて嬉しいわけはないのだが、姉貴の対応はいつもながら腹が立つな。おい、茶菓子食ってんじゃねえ。
向かいの姿見には、セーラー服を着た黒髪のポニーテールの少女が映っている。……自分じゃなければ見惚れるくらいには、似合ってると思うんだが。
「あの……サイズはちょうどいいと思います。あと上履きも欲しいんですけど」
「それはよかったわぁ。上履きね、ちょっと待っててちょうだいな」
ひらひらするスカートの端を押さえながらお婆さんにそう告げると、何足か上履きをもってきてくれた。こういうさり気ない優しさが骨身に沁みるね。
上履きも無事にジャストのサイズがみつかり、その二点の他、俺と姉貴はいくつかの筆記用具を購入して店をでた。会計は姉貴がしていたが、お婆さんは俺のセーラー服姿を気に入ったらしく、結構大きく値引きをしてくれたらしい。今後も学校で使うような雑貨はあの店で買うことにしようと、俺は心に決めた。