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IT'S SO EASY  作者:
1 - SWEET LITTLE SISTER .
7/44

俺、無心の意味を考える。

 浴室へ入った俺は目を閉じたまま、手探りでシャワーの蛇口をひねった。



「――うわ、つめたっ!」



 ――そして、出はじめの冷水をもろに全身にかぶった。思わぬ不意打ちに目を開くと、浴室に設けられた大きな姿見が視界に入ってしまう。

 鏡に映った少女は生まれたままの姿で、冷水の寒さに細い身体を抱きながら、同じくこちらを見ていた。その顔がみるみる真っ赤に染まっていくのがわかる。


 ああ、み、見てしまった……いずれ直視しなければいけないものではあるけど、こんな不意打ち気味に……。

 うなだれると今度は直接、ささやかなふくらみを見てしまい俺はもう観念することにした。これは俺の身体なんだ。恥ずかしがることはないし、ましてや罪悪感に駆られる謂れもない!

 半ばやけになると、俺は風呂のイスに腰かける。すぐにシャワーは温水に切り替わって、もうもうと湯気が立ち、姿鏡をくもらせていた。



「……髪が長いと違和感あるなあ」


 男のときより幾分か丁寧に髪を洗うと、今度は身体だ。しかし肩ほどの長さでも、髪を洗うのは結構な手間だった。世の女性の苦労が、少しだけわかった気がするね。

 


「無心になれ、俺。無心だ、無心」


 女の身体が繊細なのはいくら俺でも理解してるし、男のように乱暴にタオルで肌をこするのがよくないのもわかる。となると――素手か? 手を使うべきなのか?

 胸の中で無心と唱え続けることがすでに無心でない矛盾に直面しつつ、俺はボディーソープを手にとると、軽く泡だてる。


 まずは腕を洗う。――ぐっ、柔らかい。それに力をこめたら折れてしまいそうだ。華奢な印象はもっていたが、意識して触れると脆い壊れ物のようだ。

 続いて胴体だが……ここは省略しよう。ただ、小さくてもあるものはあったし、あるべきものはなくなっていた。掌には、マシュマロのような感触がまだ残っている。しばらく忘れられそうにない。

 両脚を洗い、シャワーで身体をすみずみまで流しておしまい。はあ……身体を洗っただけなのに満身創痍だ。


「飯食って、今日は早く寝よう……疲れた……」


 シャワーを止め浴室から出て、バスタオルをとる。ため息交じりに髪を大雑把に拭いていると――急に脱衣所のドアが開いた。




「シン、あんた着替え――」


「――な、な、な、なな……」




 そこに姉貴が、おそらく俺の女ものの下着や寝間着を持って立っていた。お前はエロゲの主人公か。なぜこのタイミングでここにきた。

 頭の中は冷静にツッコミを入れる俺だが、実のところパニックだ。小さく悲鳴をあげ、身体を守るようにタオルを抱く――あれ? 俺こんなキャラだっけ。

 姉貴も俺のそんな反応に珍しく焦ったらしい。常日頃、俺と対するときの鉄面皮が剥がれていることからも明らかで、

 

「ご、ごめん。てっきりもう着替え終わったころかと思って……泣かないで、よ……?」


「……泣いてないし……」


 謝る姉貴を、俺は心なしかぼやけた目で睨めつける。関係ないが、姉貴が謝る姿を俺は数年ぶりにみた。最後に謝られたのは、ぱしりに使われた俺が帰りにトラックに轢かれたときだったと記憶している。

 てか記憶が正しければ、そのときよりも真面目に謝罪されてるぞ。おかしくね? 今更だけど俺の姉貴おかしくね?


 弱々しく反駁する俺を見て、姉貴はもう一度「ごめん」と謝ると手にもった下着と寝間着を渡してきた。いや、別に怒ってるわけではないんだけど。むしろ姉貴に怒ることがあるとすれば、今までの数々の理不尽な制裁や、朝の辱めについて追及するね。



「謝らなくていいよ……ただ今度はノックしろよな。ほら、着替えるから姉ちゃんは出てけ」


「ん、じゃあ謝らない。でもあんた、一人で着替えるつもり? 髪の拭き方もなってないし、正直信用できないんだけど」


 殊勝なところを見せたと思いきやこれだ。実に俺の姉貴は可愛くない。なんでもいいから早く出てってくれないかな。俺まだ裸のままなんだけど。

 そんな意志をこめて姉貴を再び睨むが、仕方ないとばかりに肩をすくめられた。本当に腹立つなこいつ。少しずつ近寄ってくるし。



「バスタオル貸しなさい。拭いてあげるから」


「や――やだよ! 何で姉貴にそんなことされないといけねえんだ、いいよ自分で拭くからさ! でてけよ!」


「貸しなさい」


「やだ! 出てけ!」


「貸せ」



 ついに命令口調になった姉貴は、言うより早く俺からバスタオルを奪っていた。以前なら何も告げず奪っていただろうから、姉貴が多少なり寛大になったのは間違いないが、結果が一緒なら同じことだ。横目に鏡を見ると、猛禽に捕食される間際の小動物のような顔をした俺と目が合った。合掌。

 

 かくして俺は姉貴により全身をくまなく丹念に拭かれ、髪を丁寧にドライヤーで乾かされた上、下着の着用の仕方までレクチャーされてしまった。

 ……まあ、姉貴が俺のことを慮てくれてるのはわかってるさ。でも何となく楽しそうに見えたのは、俺の気のせいだろうか。

 

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