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IT'S SO EASY  作者:
1 - SWEET LITTLE SISTER .
6/44

俺、躊躇する。

 夕方になり、じい様の家から帰宅した俺はひどく疲れていた。

 リビングにつくや否や、脱力してソファーに寝転んだ俺を姉貴が咎めないのも、同じくらい疲れているからだろう。


 ……本当に疲れた。慣れない女の身体で歩くことや、身体にぴたっと張りつく下着の感覚が、これほどまで負担になるなんてな。

 ただ、一番の原因は――



「あそこまで注目されるとは思わなかった……あの様子だと、行きもあんな感じだったのか……」


 周囲の――とくに男からの不躾な視線。これが一番、俺の神経をすり減らしたように思う。

 俺ら姉弟が並んで歩くと、どうにも注目を集める。姉貴は黙ってさえいれば言わずもがなの美貌だし、俺のいまの容姿も、その、可愛いし。

 だから否応なく注目されるわけで、こういう場合、姉貴は人を寄せつけないオーラを発するが俺はそんな特殊な能力を備えていない。


 結果、姉に注がれない分の視線も隣の俺に殺到し、四方八方から好奇の目にさらされた俺は途中、不覚にも泣きそうになった。



「はあ、ほんと疲れた……もうだめ。俺ここで寝るわ、姉ちゃん……おやすみ」


「寝てもかまわないけど、イタズラするわよ」


 あ、冗談です。

 姉貴の言葉につい先ほどまでの眠気はどこへやら。俺はソファーの上で居直り、今後姉貴の前で無防備に眠らないことを誓う。


 しかしこうしてリラックスしてくると、肩にかかる髪が鬱陶しく思えて仕方ないな。こんなに髪を伸ばしたこともなかったから、尚更そう思ってしまう。

 脱力してソファーの背もたれに身体を預けながら、手で髪を一束にまとめてみる。うん、ポニーテールにすればいくらか快適になるかもしれない。


「姉ちゃん、今日のご飯なに?」


「決めてない」


 休む間もなくキッチンに立ち、晩飯の支度をはじめた姉貴に声をかけるが、いかにも面倒くさそうに答えられた。

 すでにまな板を叩く包丁の音が聞こえているというのに、「決めてない」はあまりにいい加減じゃないか。もちろん追求なんて俺には無理だけど。


 そういえば、姉貴の髪は長い。腰に届くほどだから相当だ。なのに、いつもさらさらしている。

 手入れとか大変じゃないのか。風呂の時間が長いのはそのせいなのか。……風呂、どうしような。一日くらい入らなくてもいいよな?



「シン、今のうちにシャワーだけでも浴びてきなさいよ」


 俺の懊悩をお見通しとでもいうように、姉貴が淡白にそう告げた。その口調から、俺が意見を差し挟める余地がないことを理解する。

 姉貴は暗に「邪魔だからシャワーでも浴びて、しばらく私の視界から消えなさい」と仰っているのだ。おお、我ながら素晴らしい考察である。


 いつもならその言葉にしたがい、そそくさと入浴準備をはじめるところだが、俺はいま女になっている。さて、どうしようね。

 入浴方法はひとまずおいて、着替えや下着などをどうするべきか考える。まあ、家の中だし男ものでも構わない……よな?


 深く考えると泥沼に入りそうなので早々に決着をつけ、俺は名残惜しくもソファーから立ち上がると、自室へ向かうのだった。




 かくして男ものの下着とジャージを持って脱衣所に入り、十分ほど経って現在。いまだに俺は服を着たままでいる。



「大丈夫、自分の身体なんだから……なにもやましいことはないんだから……」


 鏡には、Tシャツの裾を持って赤面しながら何事かを呟く少女――俺の姿が映っている。

 耳まで赤くして着衣を脱がんとする様は蠱惑的で、いやはや男の俺がいたら卒倒する破壊力である。なんてふうに寸評しても、事態はよくなりはしない。

 端的に言おう。入浴の難易度は予想以上に高かった。いざ服を脱ごうとすると、びびりな俺はどうしても躊躇してしまう。


 朝、姉貴に着替えさせられたときは身を守るのに必死で、自分の身体がどうなったのか見る余裕はなかったし、一度だけトイレにいったときもなるべく下を見ないで、無心で用をすました。そのとき、俺の人生を昨日まで共に歩んでいた男の象徴が、跡形もなく消えているのを確認した。


 ――変化してしまった自分の身体を、直視しようとするのは困難で、くわえていうと恥ずかしかった。

 でも、延々とこんなことを続けているわけにもいかない。こうしている間も刻一刻、晩飯の用意はすすんでいる。姉貴はご飯の時間が遅れることを非常に嫌っているのだ。



「はずかしくない、はずかしくない……ええいっ!」


 自己暗示むなしくも羞恥心はそのままであるが、俺はいきおいよく上着を脱いだ。ちなみに目はつむっている。臆病者と謗ってくれてかまわない。

 その勢いで下に履いたデニムも脱ぐ。女ものはボタンのかけが反対で、少し手間取ったが――ふふふ、どうだ、ここまでひとりで脱げたぞ! まだ、最難関が残ってるけど。


 俺は深呼吸をひとつすると、今度はパンツに手をかけた。うっ、なんでこうやたらに肌触りがいいんだ。生々しくて緊張するだろうが。



「すー……はー……すー……」


 深呼吸をし、ゆっくりパンツを下げる。ずっと肌に張りついていたから、脱ぐとまた妙な感覚だ。次第に前かがみになりながら、最後は足先からその小さな布切れを外した。

 よし、仕上げに上だ。俺がいま身につけてしまっているブラは背面でホックで留めるタイプだ。姉貴が着替えのとき教えてくれやがったので間違いない。これは視界を確保しないと外すのは難しいかもしれない。


 仕方なし、俺はうっすら目を開けると、鏡に映るあられもない姿になった少女の背中を見た。……どうして俺は一抹の罪悪感みたいなものを感じているんだろうね。



「……ん……なかなかうまくいかない……あ、よし、とれたとれた」


 俺はしばらく苦戦していたが、無事にホックを外すことに成功した。再び目をつむると肩紐を外して――よし、ようやく準備完了だ。脱いだ衣服をまとめてカゴに突っ込み、俺は視界のない中、手探りで浴室のドアを開けた。

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