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IT'S SO EASY  作者:
1 - SWEET LITTLE SISTER .
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ひとまず安心

 俺と姉貴は居間にとおされ、やたら年季の入ったテーブルについた。

 じい様の屋敷に訪れると大抵ここが俺たちの定位置になるので、もはや勝手知ったるものだ。


 気だるげに頬杖をつきながら、俺はガラス戸に映る今の自分の姿を見つめる。ミディアムヘアの、少し目付きの悪い少女。気だるげな素振りさえ魅力的に思えるのは、やはり容姿が可憐であるからか。うん、何度みても男の俺とかけ離れた面立ちだ。

 そんなことをどこか他人事に考えていると、じい様が湯のみを三つ、盆にのせて持ってきた。



「さ、二人とも飲みなさい。変なものは入れてないから安心していいぞ」


「いただきます」


「本当かよ……」


 じい様の前置きには意味があって、かつて俺は湯のみに多量の唐辛子をしこまれた過去がある。

 さすがに飲む寸前に気付いたが、爾来、俺はじい様の出すものを基本的に信用していない。じい様も、ばあ様に怒られるんだからやめればいいのに。


 ……そういえば、ばあ様の姿が見えないな。あの人は唯一、この屋敷において良心といえる存在だ。



「そういえばお祖母様は?」


「あいつは友人と旅行に出かけとる……おいぼれ、死にかけた爺独りを残してな……ごほ、ごほ……」


「それでお祖父様、本題なのですが」


 俺より先に姉貴がばあ様の所在について尋ね、俺は発言の機会を失う。しかし毎回思うが、もう少しじい様の冗談を聞いてやれよ。

 姉貴に袖にされたじい様は、こちらにすがるような視線を向けた。やめろやめろ、俺を巻き込むんじゃない。俺も怪我をするだろうが。



「お祖父様にはとりあえず、学校への便宜を図っていただきたいのです。いろいろと考えましたが、今までどおり学校へ通うことがまず先決だと思うので」


「む……まずは病院にかかるのかと思っとったが……」


「私は信頼できるお医者さまを知りませんから。自分の弟をやみくもに預けたくもありませんし。お父様と連絡がつけばいいのですが、しばらくはそれも叶いません」


「なのでひとまずは、普段どおり学校へ通うことを優先するべきだと考えました。どうかお祖父様のお力――学園理事長の権限を行使し、規約に倫理をねじ曲げ、非合法的にシンを別生徒として通学させることはできないでしょうか」

 

 一言二言、余分な言葉があった気もするが姉貴の言い分はもっともに思えた。当事者である俺もなるほどと得心する。女になった男なんて未知そのものであり、へたに医者にかかったが最後そのまま捕まり、解剖される――なんてことも、もしかしたらありえるかもしれない。

 なら信頼のおける医者を見つけるまで、とりあえず日常生活をおくるのは至極当然の帰結といえる。さすが姉貴だ。


 さらりと触れたが、対面に座るじい様――二階堂 剛蔵は俺たち姉弟の通う学園の理事長である。そのわりにいつも屋敷にいる気がするが、有する権力は絶大らしい。

 じい様は姉貴の言説を反芻するようにして唸っていたが、しばらくすると頷いて謹厳に「わかった」と告げた。昔気質で律儀なじい様だ、交わした約束は絶対に守ってくれる。


 拍子抜けするほど呆気ない問答だったが、これで当面の間、日常生活において心配はしなくてもいい……のか? 問題は山積みだけど、学校には通えるようだし。



「しかし、心がこんな姿になるとは……孫娘がふえるのもいいが、あの生意気ズラが見れんくなるのは寂しいの」


「元に戻れないって決まったわけでもねえし、心配すんなよ。あと生意気ズラは余計だ」


 ぽつりとそんなことを零したじい様に、俺は適当に答えながらも内心嬉しかった。これで男より女になってよかった、なんて言われたら存在を否定された気がして立ち直れなかったかもしれない。


 いかに可憐な少女の容姿になろうとも、俺――二階堂 心の個我は「男」だ。


 男の俺を否定されたら、たとえいま女の身体でも、俺自身を否定されたのと同義なんだ。

 じい様の言葉からふと自分の内心を顧みて、俺はそこまで思い至った。そういえば姉貴も、男の俺を否定するようなことを口にしていないよな。

 


「姉ちゃん、ありがとな」


 俺はしばらくぶりに姉貴の目をみて感謝の意を伝える。頬に熱を感じるのは、ガラス戸から差し込む陽光で温まったからで、それだけだ。

 そんな俺を前に姉貴は珍しく言いよどんだ。ちら、と一度だけ目をそらすとため息をついて。


「何よ、顔赤くしちゃって。……別にいいわよ、あんたは私の弟なんだから」


 いつもと同じ姉貴の刺々しい台詞も、心なしか優しく聞こえた。どうせそんなのは一時の勘違いだろうけど、いまの俺はそれでも構わなかった。

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