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IT'S SO EASY  作者:
7 - OUT TA GET ME .
42/44

湯けむりと、かげろう(下)

 

 しばらくして旅館の探索から戻ってきた士狼と遊馬は、やけに仲良くなっていた。


 年齢は遊馬のほうが一個上なので、友達というよりかは仲のいい部活の先輩と後輩、という感じであるが。つい小一時間前まではろくに会話すらしていなかったというのに。驚きである。

 二人は帰ってくるや、姉貴への報告もほどほどに窓際の椅子に腰かけ、備え付けの急須にポットでお湯をそそいでお茶を注ぎ、打ち解けた様子で談笑をはじめた。

 

「……で、が……それで――」

「……だな。あいつも、……」


 かろうじて聞き取れないくらいの声量で、しかし二人は仲睦まじそうに。

 俺以外の女の子――つまりは、姉貴や真琴、ケイトは全く気にしていないようで他所事をしているが、俺は気になって仕方がない。

 仲良さそうにしている二人を見ると、何かこう、胸がムズムズするというか。落ち着かないというか。……気に入らない、というか。


 嫉妬? いやいや、いくら今の姿が可憐な女の子といえど、心は立派な男の子の俺である。

 男が男に嫉妬はない。それはない。気持ち悪すぎる、ないない。ないったらない。


「ん、どうしたの千冬ちゃん?」

「――へあ!?」


 ふいに士狼に声をかけられた俺はつい素っ頓狂な声を発してしまい、即座に顔を伏せた。

 

「え、あ、いや……何でもないですよ……?」

「そっか。すごい視線を感じたからさ」


 胸の内で煩悶としている間に、知らずしらず士狼をガン見していたらしい。

 瞬間湯沸器か、と自分で自分にツッコミを入れたくなるほど急速に、顔が耳たぶまで紅潮していくのがわかる。

 心なしかイタズラっぽい口調の士狼に、俺はいつものごとく「そんなことはない」と反駁しようとして、 


「…………実は、その。二人が何を喋っているのかが、気になって」

 

 気づいたら、訊いていた。訊かずに済ませるというのは、どうも我慢ができなかったらしい。

 気を紛らわせるときの癖で、つい指が髪の先をくるくると弄びはじめてしまう。

 顔を伏せたまま上目づかいに士狼の表情を窺うと、あいつは驚いたのか何度か目をしばたき、返答に困ったふうに頬をかいた。そうして、いくばくかの間を置いて、


「それは千冬ちゃんには秘密」


 子供をあやすような口調で、なんてこともなくそう言った。



 ――――


 

 その後、俺たちは部屋で休息をとるのも程々にして、町へ出かけることにした。

 旅館の裏手から古い日本家屋が雑然と、ただどこか規則的な佇まいで並び建っている。

 旅館の若女将さん曰く、この町並みは明治時代からほとんど差異がないそうだ。


 プチタイムスリップ気分であるが、いかんせんこちらのメンツにそんな情緒をぶち壊しにする格好をした人物が若干二名居たせいで、絵面としては酷いものだった。



「あ! ニワトリだ! ちーちゃん、ケイトちゃん捕まえて!! ああ!! 逃げる、逃げ――逃すかぁーーー!!」

 

 町中に居るというだけで別に珍しくもなんともないごく普通のニワトリを、似非メイド服に身を包んだ真琴が追いかけ、その姿に町の住民が一様に目を丸くし、物珍しさから子供がさらに真琴の背中を追いかける一大事になったり、



「この佇まいにスーツは相応しくなかろう、というわけで男は袴。千冬ちゃんたちには着物を着てもらおう」


 タキシード姿の遊馬がふらっと急に居なくなったかと思えば、人数分の袴と着物を抱えて戻ってきたり(人数分のはずが着物は三つしかなく、袴が一つ余分に三つあって余計に顰蹙を買っていた)、



「ね、ね。そこの子、もしかして旅行できたの? よければ俺たちと一緒に見て回らな――」

「誰に許可を得て、私の妹に喋りかけてるのかしら?」

「え、あ? 彼女のお姉さん?」

「……すげえ美人だぞ」「いや……それよりめちゃめちゃ怒ってないか?」「何お前らびびって――」

「こそこそうるさいわね。男のくせに。アンタたち、気軽に私の妹に声かけてきたけれど、自分の格好を鏡で一度でも――」


 俺に声をかけてきた同年代くらいと思わしき青年グループを姉貴が締め上げ、その苛烈きわまりない説教に被害者の立場である俺まで胸が痛くなったりと。

 イベントに事欠かず、楽しいのだか面倒なのだか。とにかく旅の疲れもあり、俺たち一行は観光も程々にして日が暮れる前に旅館へ戻ることにした。



 ――――



 目を覚ますと、日がすっかり落ちていた。


 正面にある窓から外を覗くと町の明かりのほとんどが消えていて、日中の溢れるような活気から程遠い静寂が、ぴんと張り詰めていた。

 時計を見ずとも、今が深夜の時間帯であることを理解する。


 ……しかし、あれ。俺、こうして起きるまで何してたんだっけ。

 確か、部屋に戻って少ししたら夕飯になって、えらく豪勢な料理が運ばれてきて真琴が興奮して、姉貴と遊馬が競うように食べはじめて、俺はケイトや士狼と談笑しつつ料理を食べて、それから――


「……あー」


 そうだ、そうだった。料理が半分くらい無くなったところで、真琴が急に俺に無茶ぶりしてきたんだった。

 夏休み前に大富豪で勝ったときの権限を行使するー! とか何とか騒ぎはじめ、遊馬が買ってきた和服を着てみんなに一日ご奉仕してもらおうと言い出し、それに遊馬がいや別の格好でと反論し、事態が掴めない士狼とケイトが混乱し、姉貴がキレて――


 それから、ああでもないこうでもないと討論している内に、一人また一人と寝落ちしていったのだった。

 

「……めちゃめちゃ不安だ。明日、無事でいられるのか俺……」


 姉貴も居るわけだし、大丈夫だと思うが。

 心なしか重い頭を押さえながら、部屋の様子を窺う。部屋の奥で一人だけ布団を敷いて、規則正しい寝息を立てる姉貴。それ以外のメンバーは、毛布だけ掛けられて畳の上で雑魚寝の様相を呈していた。

 あ、違う。よく見ると遊馬だけ毛布かけられてない。


 ひとまず俺は、奇跡的な寝相の悪さで遊馬の腹を足蹴にしつつ士狼の髪を鷲掴みにしてぐっすり眠る真琴と、隅の方でひな鳥のように丸まって眠るケイトの横を通り、自分の荷物をとると、気分転換も兼ねて浴場へ向かうことにした。



 想像していたとおり、浴場に人の姿はなかった。

 脱衣所の時計を見てわかったが、今は深夜の二時。草木も眠る丑三つ時、というやつである。

 人が居ないのは有難い限りで、俺は天然温泉かけ流しと銘打たれた屋外の湯船に浸かり、存分にリラックスしていた。

 

「はあ~~……」


 乳白色のお湯に顎先まで身体を沈めると、自然と息がもれる。頬を撫ぜる夜風が気持ちいい。

 一日の疲れや、いろいろな懊悩がお湯の中に溶けていくような感覚。

 ……戻ったら、よく眠れそうだ。


 皓々とそそぐ月明かりの下、未踏の処女雪のような白い肌がほのかに紅潮していく。

 この女の子の身体にも、ずいぶんと慣れてしまった。以前みたく、心と身体の乖離も少なくなっている気がする。……それが、果たしていいのかはわからない。

 男の俺が消えてしまうのではないか。忘れ去られてしまうのではないか。そういう類の不安はずっと拭えないが、俺は俺であるだけだ。悩んだところで何も解決しない。ここ数ヶ月で、俺はある種の開き直りのような境地に至っていた。いっそ、やけくそと言い換えてもいいかもしれない。

 いくら思索しようと、俺個人にどうする術もないのだから。


「……あがるか」


 十分に身体が温まったところで、俺は部屋に戻ることにした。湯船の縁に置いていたタオルを素早く身体に巻いて(この身体は起伏にとぼしいので、タオルを巻く手間は男の時分と変わらない。閑話休題)、屋内の浴場へ繋がるドアを開けようと手を伸ばす、直前。



「――――――なっ」


「えっ…………千冬ちゃん?」



 ひとりでにドアが開き、そこに裸の士狼が立っていた。


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