本当のこと
大きな屋敷の門前に、俺と姉貴は立っていた。
この無駄に立派で大きな屋敷こそ、かのじい様の邸宅である。出発前に姉貴から辱めをうけた俺は、半ば引きずられるようにここまでつれてこられたので、いまだじい様に何をどう話すべきかいっさい考えていない。
いきなり「あんたの孫は女になりました」とか伝えたら、あのじい様のことだ。驚いた拍子にポックリ逝きかねない。
本当に何をもっても大仰で大げさを好むじい様で、あの珍妙な性格をうけ継いだ人間が我が家にいなくて幸いだったと思うくらいだ。
……というか、あのじい様からうちの偏屈な親父が生まれたことも驚きだな。不思議なもんだ、人間って。
「あんた、またくだらないこと考えてるでしょ」
「姉ちゃんには関係ねえだろ……」
――姉貴は思考を読みとる特殊な能力でも備えているのか?
内心ぎくりとしつつ、俺は感情を抑えた声でぶっきらぼうに言った。まだ俺は怒ってるんだ。あの屈辱の数分間は夢に見ること必至である。
しばらくすると、厳しいつくりの門がゆっくりと自動的に開きはじめた。
「ほら、行くわよ。……もう、いつまで拗ねてるの。仕方ないじゃない」
あの行為のどこに仕方ない部分があったのか、マンツーマンでご教授願いたいね、俺は。
開ききった門をくぐり、手入れのゆき届いた日本庭園につづく石畳の道を、俺と姉貴は無言で歩きだす。
いかに広い屋敷といえど、門から玄関までの距離は知れたものだ。すぐ玄関までつき、姉貴が軽く扉を叩いた。
「どうぞ」
すぐさま聞こえる嗄れた低い声。許可をもらい、引き扉を開けると眼前にじい様が仁王立ちしていた。
……何で扉から数センチのところに立ってるんだ。驚いて飛びのきかけたぞ。
見た目だけは厳格な長老といって差し支えないから、なおタチが悪い。じい様は眉間にしわを寄せていたのも寸秒、すぐに相好をくずした。
ちなみにどうして扉の前で立っていたのかや、眉間にシワを寄せた強面だったのかは容易に推測できる。
どうせまた、男の俺を悪質な悪戯でもって迎えるつもりだったのだろう。
「よくきたな、千颯に……そのお友達かな。ささ、あがりなさい。遠慮はいらんぞ」
「お久しぶりです、お祖父様」
「……おう。じい様、久しぶり」
流麗に一礼した姉貴に、いたたまれなく頬をかきながら挨拶した俺。
人好きのする笑顔をうかべたじい様は、俺の言葉に不可解な様子で首をかしげた。これこそ仕方ないことだ。初対面の少女にいきなり「じい様」などと馴れ馴れしく呼ばれ、それで何の疑念も呈さない爺さんはボケてるとしか思えない。そうならなくて幸いである。
「はて……? 親戚の子だったかの……澄香さんに似とるような気もしないでもないが」
「その子は私の弟のシンです」
「そうか、心か。……うん?」
じい様のいう「澄香さん」とは俺らの母親で、息子の立場でいうのも恥ずかしいが美人でお淑やかな人だ。
じい様はどうやら俺を母方の親戚と思ったようだが、その推測はすぐさま姉貴が乱暴に切って捨てた。あのさ、もう少し雰囲気のある伝え方をしてくれてもよかったんじゃない?
姉貴の言葉をうけて、じい様の瞳が訝しげに細められる。こういう仕草は奇しくも姉貴にそっくりだ。
「千颯……からかうのは、それこそ心だけにしておくれ。最近の若い子の冗談は、じいには難しい」
「冗談ではありません。信じがたいですが、このシンに似ても似つかない可愛らしい女の子はシン自身です。
今日はそのことで話があってきました。学校のこともありますし、お祖父様の助力をいただきたいのです」
「……そういうことです」
こういうときの姉貴はすごいと思う。根拠がないのに語る言葉は説得力をもって響くのだ。独裁者とかに向いてるんじゃないかな。
じい様は予想に反してポックリ逝くことはなく、こめかみを押さえると、「とりあえず」と言って俺たちを家内に招きいれた。