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IT'S SO EASY  作者:
6 - SMELLS LIKE TEEN SPIRIT .
31/44

最悪の夜

 夏休みもあと数日にせまった日の夜のこと。ふと、親友である士狼に「二階堂 心」としてメールを送ろうと思い立った俺は、自室のパソコンの前に座っていた。

 女になって飛鷹学園に再入学した初日に、士狼に「連絡があるはずです」と言ってしまった手前、いい加減なにかしら連絡をしなくちゃいけない……なんてふうな義務感に駆られたわけではなく、単にこの生活にも余裕がでてきて、ひさびさに男として親友とやりとりしたい願望からである。

 個人的にいまの俺――士狼からしてみれば、親友の妹である千冬を、どう思っているのかも気になるしな。いや、本当にただの興味だぞ? 断じて他意はない。



『おい、起きてるか。俺だ』


 フリーのメールアドレスを取得した俺は、携帯に登録された士狼のアドレスを入力して、ひとまずそんな文面を送信した。

 パソコンでメールのやりとりをした経験はあまりないので、微妙にやり辛いな。男のころの俺の携帯は身バレを防ぐため解約されてしまったので慣れるまで我慢するしかない。

 待つこと数分。メールが返ってきた。……我ながら突拍子もない文面だったのに、返信してきたのでびっくりだ。


『心か。お前連絡おそいよ』


 あんな文面から俺と看破した士狼を賞賛したいね。さすが親友だ。思わずニヤけてしまう。


『よくわかったな。連絡が遅くなったのはすまん。急だったものでいろいろ忙しくってよ』


『いいって、別に。いきなり居なくなったのは腹立ったけど、千冬ちゃんがフォローしてくれたから。お前、ちゃんと感謝しとけよ。そっちの生活はどうだ? てか、留学先ってどこよ?』


 自分のことだからな、フォローもするさ。留学先か……考えてなかったな。無難に、かつ適当に思いついたところで、


『俺もこの前千冬からメールで教えてもらったよ。留学先はアメリカ。それなりに楽しくやってるよ』


『アメリカか……お前、あっちなら怖がられないかもしれないな。アメリカ人ってみんな身体でかいイメージだし』


 余計なお世話だ。



『――ところで、千冬ちゃんのことだけど』


 それからも何度かくだらないやりとりをくり返していると、ふいに士狼が話題を切り換えてきた。


『千冬がどうかしたのか?』


『彼女、こっちにくるまで家族と離れて療養してたんだろ? だからなのか、千颯さんにべったりでさ。学校にくるときもいつも一緒で、ぴったり隣に寄りそってて。その姿が……なんというか、めちゃくちゃ可愛いくてさ』


 おいおい、お前まで俺をそんな目で見ていたのか。というか、常にひっついてるわけじゃないぞ。学校に行くときと、家に居るときだけだ。まったく心外である。


『で、何が言いたいんだよ?』


『怒るなよ、お兄ちゃん。つまり、お前の双子の妹は、お前に似ても似つかないほど可愛いの。知ってるとは思うけどさ。そのせいで学校じゃ男に追っかけ回されるわ、セクハラまがいのことされるわ、大変だぞ?』


 大変さは誰よりもよくわかってるよ、張本人だからな。しかし、いまいち要領を得ない答えである。さっきから士狼の文言は、自分の本意をひた隠しにしているようで、どこかちぐはぐな印象を与えてくる。

 追及してみるか。もし、このままはぐらかされたら収まりが悪い。俺は封印したい記憶に眉根を寄せつつ、キーボードを叩いて、



『セクハラまがいはお前も一緒だろ。千冬から聞いたぞ、水着の試着のときのこと』


『あれは違うって! 事故、事故なんだよ、あれは。俺が千冬ちゃんの水着をむしりとったわけでもなし、自然と取れちゃったんだから』


『でも見たんだろ』


『…………見たけどさ。肌めっちゃ綺麗で、白くて。小さかったけど、あのときの千冬ちゃんの表情と相まって忘れらんないよ、あれは』


 誰も感想まで聞いてねえよ、バカ! あと小さいは余計だ。気にしてるわけじゃないが、余計だと思う。……ちら、とベッドの隣の姿鏡を見やると、俺の顔は真っ赤だった。いや、これは部屋が暑いからで、決して親友に胸のことを寸評されて恥ずかしくなったわけではなくて、いったい俺は誰に言い訳してるんだろうね。


『ド変態だな、お前。いっぺん死んでこいよ』


『どうしてお前が怒るんだよ。可愛い妹なのはわかるけど。なんなら、ほら、俺が責任とって嫁にとるからさ』


『はン、お前みたいなやつに千冬は絶対なびかないね』


『わかんないぜ? 俺は本気だからさ』


 うん? ……待て、どういう意味だ、それ。



『俺、千冬ちゃんのこと好きになっちゃったんだ。だから、親友としてお願いなんだけど。千冬ちゃんの好みの男のタイプとか、趣味とか、お前知ってたら教えてくれないか?』



 俺は危うく椅子から滑り落ちそうになった。――こ、こいつ、正気か? 千冬って、俺だぞ!? いや、士狼は知らないけどさ、でも……えぇ……マジで……?

 士狼の本意が明らかになるとともに、これまでの言行にも合点がいく。妙に優しい口調、男のときよりも狭まった距離感。帰り道を一緒にしてくる頻度も増えた。てっきり親友の妹だから世話を焼いてくれているのだと思っていたが。

 ……ショックだ。お前もか。お前までもが俺に好意を、リビドーを向けてくるのかっ。正体を知らないのだから仕方ないのかもしれないが、やるせないのに変わりはない。



『……俺も千冬と会ったのは留学する直前だけだし、そういう話はしたことないんだ。だから力にはなれねえ。諦めてくれ』


『だけど、家族だし、連絡もとりやすいだろうから、のちのちそんな話もするかもしれないだろ? 頼むよ、本気なんだ、俺は』


 くどいなこいつ……ッ! 驚きのすぎ去ったあと、どうしてか沸々と怒りの湧いてきた俺は、強引にこのメールのやりとりを終了しようとして――すんでのところで思いとどまる。

 一旦、冷静に考えるんだ、俺。「二階堂 心」の立場はあくまで兄。親友に「お前の妹を好きになってしまった。だから協力してくれ」と懇願され、無下にするならまだしも、ブチ切れてやりとりを終了なんてしたら、疑われやしまいか? そうでなくとも不可解さは残るだろうし、へたをすれば友情に亀裂を生じさせかねない。ならばと、角を立てず慎重に断ることを考えるが、今度は断る理由が思い当たらない。


 男の俺は妹を溺愛してるキャラでも、色恋沙汰を嫌うキャラでもないし。士狼だって人間として破綻していたりするわけでもなく、至って好青年だし。姉貴や周囲の人たちなんかを考慮に含めても、断る理由がない。


 あれ、これ詰んでね? 


『……わかった。機会があったら、千冬に聞いてみるよ』


『おう、サンキュー! あ、お前、俺が千冬ちゃんを好きなこと、本人や千颯さんに言わないでくれよ? もし言ったりしたら、絶交だからな!』


 かくして俺は、自分にモーションをかけてくる親友にアドバイスをするという意味のわからない役割を得た。ああ、言わないとも。もう知ってしまったからな。

 士狼の好意を意識した状態で、いままでどおりの対応ができる自信がない。どうすんだよ、もう……

 

 メールの返信を打ち切り、パソコンを終了した俺はベッドに身体を投げだして、一頻りゴロゴロ転がり回った挙句、ふらふら立ち上がって風呂へ向かった。風呂には姉貴が入っていたが、茫然としていた俺はそれに気づかず浴室のドアを開け――そのあとのことは、忘れてしまいたい。屈辱だった。士狼との関係にまつわる懊悩が、すべて瑣末に思えるほどの辱めをうけた俺は、解放されて自室に戻るや、ベッドに倒れて泥のように眠った。


 ――この日の夜は、俺の記憶に「最悪の夜」として刻みこまれた。

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