夏を夢見て
月曜日になり、アレも三日目をむかえた。相変わらず辛い。今日は、体調不良と申告して学校を休む計画だったのだが、姉貴にバレてあえなく失敗に終わった。
朝、学校に行きたくないと駄々をこねる俺に姉貴は言った。「我慢しなさい」、と。女の子は毎月その痛みに耐えているのだと。俺は男だと反論したら、「なおさら我慢しなさいよ」、と。――そんな具合に論破され、半ば引きずられるように登校し、いま俺は自分の席に座っている。
「千冬ちゃん大丈夫? 保健室いく?」
「……だいじょうぶ……です。少し辛いですけど、そんな、保健室にいくほどでは……」
「そう……私も辛さはわかるから、無理は禁物よ。本当に我慢できなくなったら、すぐに言ってね?」
俺が席につくや机に顔を伏せて悲痛にあえぐものだから、心配した櫻井が声をかけてきた。不調の理由もすぐに察したようだ。子どもをあやすような手付きで俺の頭を撫でると、それを最後に櫻井はそばから離れていく。
あえて距離をおいてくれる配慮がありがたい。いまは会話する気力はないし、やけに苛立ってしまうので、変に構われる方がしんどい。
朝に飲んだ鎮痛剤が効いてくると、普段よりいくらか消沈とはしているものの、会話ができるくらいに元気になった。
「――ちーちゃん! あれ、どしたの? 元気がないけど? あ……もしかして――」
「い、言わなくていいです。……で、今日は何をしにきたんですか、真琴さん」
「んふふ、お姉ちゃんとして、妹が心配になってね! あとは……って」
二限目の休みに真琴がやってきた。今日も元気にフルスロットルで脳天気を振りまきつつ、俺の隣にしゃがんで満開の向日葵のような笑顔を向ける。お姉ちゃん云々は聞き飛ばすとして、心配してくれたのはあながち嘘でもなさそうだ。おもに俺が男に囲まれてないかとか、そういう類の心配だろうけど。
鎮痛剤の副作用なのかたまらなく眠くて、あくびを噛み殺してまぶたをこすっていると頭を撫でられた。櫻井のときと違って無性に腹が立ったので、ぷいっ、とそっぽを向いておく。
「ふっふっふっ――お姉ちゃんにそんなことするなら、こうだっ! ほっぺぷにぷにー。やわらかぁーい」
すると真琴は、俺の頬を指先でぷにぷに突っついてきた。こいつ……人を子ども扱いしやがって。身じろぎして躱すと、今度は首に抱きつかれた。やめろ、重い。
女の子らしい甘い芳香が鼻腔をくすぐるが、劣情めいたものはちっとも覚えない。俺の身体が女のせいなのか、こいつに魅力がないせいなのか。うん、後者のような気がするね、俺は。
「真琴……またやってるの?」
「真琴ちゃん、千冬ちゃんもいまは薬が効いてるみたいだからいいけれど、朝は喋られないくらいだったんだからね。あまり迷惑をかけちゃダメよ」
見かねた瀬野と櫻井の二人が注意すると、真琴は口をとがらせ、しぶしぶといった様子で俺から離れた。ここひと月の間、頻繁に俺のクラスに訪れてきた真琴はすっかり顔なじみになっている。
――で、真琴は何の用事があってここにきたんだ?
「あ、そうそう! 忘れるとこだったよ。士狼がまた懸賞当てたみたいで、温泉旅行なんだけど、夏休みによければいかないって? ……正直、ちーちゃんのもう一人のお姉ちゃんである僕としては、下心みえみえのお誘いにちーちゃんをつれていくのは――」
「温泉いいですね。行きましょう」
勝手に姉ぶった口振りにかぶせ気味に即答すると、真琴はバツが悪い顔をした。アホか。友人に誘われた旅行を、何の用事もないのに断るわけがないだろうに。
「温泉かぁ……いいなぁ……そういえば千冬。夏休みに私とほのかとで、海の方にある別荘に泊まりにいくんだけど、くる? 景色も綺麗だし、退屈しないよ。その代わり、ご飯は全部自炊だけど」
「あそこはいいところよね。千冬ちゃんが来てくれると嬉しいわ」
「もちろん、行きたいです」
そんなわけで当然、瀬野の誘いも快諾する。女の子二人と旅行なんて体験は初めてで緊張しそうだが、抵抗感はさほどでもない。学校ではだいたいこの二人と行動してるしな。
俺の快諾をうけて、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。そういうふうに反応してもらえるとむず痒い。ふと隣の真琴を横目でみると、わざとらしく物憂いため息をついて、教室の床に体育座りしていた。
こいつの意図はわかりやすい。どうせ、別荘に一緒に行きたいんだろう。素直につれてってと言えばいいだろうに。
「――海……別荘……ちーちゃんと……うらやましい……」
「……真琴もくる?」
「いく! 行くます! やった! えへへ、海ですよちーちゃん。海! 海といえば水着! 水着といえばハプニング! そのハプニングといえば――」
意図に気づいた瀬野が、返事のわかりきった誘いをかけると、真琴は一転、何事もなかったかのように元気になった。みな苦笑いである。無論、イヤなわけではないぞ。イヤなら真琴がいるときに旅行に誘ったりしないはずだからな。
そうして俺の夏休みの予定に、温泉と別荘への旅行が加えられた。旅行の当日までの日数を指折り数えるくらいに楽しみだ。その日を心の支えにして、それまで頑張ろうと思う。