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IT'S SO EASY  作者:
4 - YOU COULD BE MINE .
22/44

ヒーロー、現る。

 次の日も姉貴と一緒に登校し、下駄箱の前で別れる。俺の評価がいい加減「お姉ちゃん離れできない妹」になりかねないが、朝から男どもの視線に晒されるより数段マシだ。……たぶん。


 そんな現状に悩みながら、俺は自分のクラスまで一人で歩いていた。そのときの俺が油断をしていなかったかと問われれば、否と答えざるを得ない。

 ――気づくと、俺は複数の男子生徒に取り囲まれていた。背格好や、学年ごとに色分けされた上履きを見れば、相手が何年生なのか自ずとわかる。全員、上級生だ。

 飛鷹学園に不良生徒はごく少ない。だが、ガラの悪い生徒というのはどこにもつきものだ。飛鷹では一部の体育会系の部員くずれが、そこに分類された。



「へえ、この子が二階堂の妹? めちゃくちゃかわいいじゃん。しかも大人しそうだし」

「ねえねえ、悪いようにはしないからさ。ちょっと俺たちとお話しようよ」


 汚い茶髪に知性の欠片もない面構え。同じ軽薄そうな身なりでも、士狼なんかとは雲泥の差だ。そいつらは次第に俺を囲んだ輪を縮めて、逃げ場をなくしていく。


 男のころであれば絶対に関わり合いにならない人種に、軽蔑を抱くのとともに本能的な恐怖を感じてしまって、俺はその場に立ちすくんでしまった。

 壁を背にして、通学用のかばんを盾代わりに、かろうじて反抗の意志を示すのができる精一杯である。


「や……やめてください」


「別に何もしないって。ほんと、お姉ちゃんとは正反対の性格だな。うわ、髪さらさらじゃん」

「俺たちさ。今日、このまま授業ふけて遊ぶんだけどさ。一緒にこない? くるよね?」


「……ごめんなさい。……私、授業うけたいので。ごめんなさい……」


 あろうことか男の一人が俺の髪を触りはじめた。気持ち悪い。でも振り払うなんてできない。男に囲まれ、何をされるかわからない状況が怖くて、おかしくなりそうだ。

 脅しめいた口調にしたがい、万が一ついていけば酷い乱暴をされるなんて俺の貧弱な危機察知能力でも予測できる。ひたすら謝るに徹して、この場をなんとか切り抜けようとする俺の意図に気づいたのか、男たちは意地の悪い笑みをうかべた。



「ああ? ただ別に一緒に遊ぶだけだろ? いいじゃんかよ、なあ?」

「一回くらいサボったところで問題ないって。俺たちと遊ぼうよ、ね。千冬ちゃん」


 俺の真横の壁に手をついて、三年生の男がぐっと顔を寄せてくる。もはやここまできたら完全に脅迫だ。通りすがりの一般生徒なども、さすがに異常だと思ったのか、先生を呼びにいったようだ。


 でも……間に合うのか? 先生がくる前に、無理やりここから連れ去られてしまうかもしれない。そうなれば、俺は拒否を続ける自信がない。いやいやでも承諾してしまえば、後に追及しても既成事実が残ってしまう。

 とうとう俺は耐え切れなくなり、ぽろぽろと涙をこぼした。男たちが生唾をのみ、白い頬を伝う涙のしずくを、思いやりもない手つきでぬぐう。最悪だ、本当に気持ちが悪い。俺が、いったい何をしたというのか――


「かわいいなマジで……このまま拉致っちゃうか――」


 三年生の男が、ついに俺の肩を掴もうとした。そのとき、だった。



「――おい、何してんだあんたら」



 ヒーローは遅れてくるものだと、高らかに宣言するように。


 ――綺麗な茶色の髪に、色素の薄い瞳。いつもどこか気だるげな表情をいまは憤怒の相に歪めた士狼が、俺を囲んだ男の一人を勢いよく蹴飛ばしていた。


 そして返し刀に、俺に顔を寄せた三年生に肉薄するとバックチョークの型を決め、そのまま絞め落とさずに、床へ叩き落とした。耳を覆いたくなるような鈍い音がして、一切の手心なく容赦のない一撃のもとに、三年生の男は気絶する。士狼が腕を離すや、脱力して廊下に伏した姿は、死んでいないか心配になるような酷い有り様だった。


 あまりに急な自体の変遷に、呆然としていたほかの男たちを士狼が睥睨すると、くすぶっていた戦意は急速に失われていく。化け物じみた強さを目の前にして、それでも自分の身体を抛つ勇気のある者など、男たちの中に誰一人として居なかった。


 完全に戦意が霧消するのを待って、士狼は振り返る。

 ……あれ? 

 俺……助けられたの、か……? 助けられたん……だよな、士狼に。もう少しで、攫われそうになるところを――



「大丈夫だった、千冬ちゃ――……千冬ちゃん?」


 思わず、俺は士狼に抱きついてしまった。涙で制服が汚してしまうかもしれないのに、そんなことも考慮できず、恐怖から解放された喜びで士狼をめいっぱい抱きしめる。

 一言ありがとうと伝えたいのに、嗚咽ばかりで言葉にならない。怖かった。男のくせに情けなくて死にたくなるが――本当に怖かったんだ。

 子どものように泣きじゃくる俺の頭を、士狼は優しく撫でた。本来なら気持ち悪いはずのそれは、中庭のときのように、どうしても不快に感じられなかった。


 少しして到着した先生たちは、士狼が叩きのめした男二人をみて何事かと瞠目したが、何人かの生徒が俺が脅されるのを目撃していたこと。士狼はあくまで助けてくれたのだと説明すると、ひとまず処分は保留になった。


 先生の口振りからすると、おそらく停学まではならないようだ。温情のある判断に胸をなでおろす。その反対に俺に手を出そうとした男たちは、日頃からの素行の悪さに、たびたび恐喝じみた問題を起こしていたのが明るみになり、結構厳しい処罰をうけるらしい。……俺としては、二度と顔も見たくないので退学にしてほしいくらいである。

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