彼女はまるで彗星のよう
待ち合わせ場所である校門に向かうと、二人はすでに揃っていた。
茶髪で軽薄そうな士狼の隣に、黒髪でショートカットの小麦色の肌をした女の子が立っている。
そいつは俺の姿に目敏く気づくや否や――なぜか猛ダッシュで接近してきた。一条の彗星もかくやの勢いに俺は足がすくみ、無邪気な笑顔をうかべ大きく両腕を広げたそいつに――思いっきり抱きしめられる。
「――かっ、かわいい~っ! この子がシンにぃの妹だって!? そんなバカなっ! あはは、人間って不思議ぃー!」
「く、くるし……真琴、さん。くるし……むぐっ」
こいつこそ、神埼 真琴。別名「バカ」である。バカなので、俺が抱きしめられて苦しんでいることもわからない。喋る言葉からしてもう知性が欠如している。そんなところがバカたる所以だ。
俺が呻きながら真琴の背中をぺしぺし叩いていると、見かねた士狼が引き剥がしてくれた。少しは加減というものを覚えられないのか、こいつは。バカだから無理か。
さり気に失礼なことも言われた気がするので、俺は不満をあらわに頬をふくらませて真琴を睨む。すると真琴は自分の頬に両手をそえ、うっとりした。おい、さすがに頭大丈夫か?
「かわいいなぁ……シンにぃの妹で千颯ねぇの妹なら、これすなわち私の妹だよね……ええっと、千冬ちゃんだっけ? これから僕のこと、真琴お姉ちゃんって……えへへ……呼んでも、いいよ?」
「あ、結構です」
「もうちーちゃんったらぁ……恥ずかしがり屋さんなんだから!」
真琴に限っては容赦のない俺がにべもなくその提言を却下しても、意に介した様子はない。こいつの思考は頭の中で完結しているので、外野の声は基本届かないのである。
会話からもわかるように、真琴は男の俺を「シンにぃ」、姉貴を「千颯ねぇ」と呼ぶ。ちなみに二階堂家とは何の血縁もゆかりもなく、ついでに俺はこいつと同い年なのだが、子どものころから勝手に兄、姉と慕ってくれている。
そして新たに、女の俺は出会いから数秒にして「妹」と認定されてしまった。もはや反駁する余力はない。それでいいよ、もう。俺は今日疲れたんだ。
ただ一言いわせてもらえば、アダ名をつけるのは自由だが「ちーちゃん」は姉貴が嫌がると思うぞ。まあ面倒だし、面白そうでもあるので、あえて指摘はしないでおく。
「とりあえず揃ったし、行こうか。千冬ちゃん、知ってるとは思うけどこのバ――この子が、神埼 真琴ね」
「よろしくね、ちーちゃん」
「二階堂 千冬です。よろしくお願いします……な、なんで手を繋ごうとするんですか」
「握手握手……ああ、手もやわらかい……細いのにやわらかい……」
普段なら姉貴が手綱を締めるか、男の俺と士狼が二人がかりで抑えるのだが、両者とも揃わない現在、真琴は野放しの犬みたいなものだ。士狼も眉間を押さえ、ため息をついている。
俺は恋人繋ぎで握られた手の拘束を外そうと努力しながら、改めて真琴の姿をみた。平均よりいくらか高い背丈に、活発そうなショートカットの黒髪。人懐っこい表情をうかべた顔は、お世辞抜きにかわいいと評せるレベル――ではあるが。
こいつは一分以上沈黙を保てず、常にやかましいので全くモテない。可哀想なくらいにモテない。恋の噂なども一度も耳にしたことがない。俗にいう残念美少女なのだ。
結局、俺は手の拘束を外すのを諦めて、恋人繋ぎのまま街へ行くことにした。
そうしてショッピングモールやゲームセンターを三人で回った帰り、俺たちは行きつけのファミレスに訪れていた。
鼻歌まじりにメニューを眺める真琴に、心なしか疲れた表情でお冷をちびちび飲む士狼。二人とも変わらない所作に安心して、俺もまたリラックスできた。
「ねね、士狼。僕、このパフェが食べたいなあ……なんて。でも……無理だよね。僕のお財布にはいま、十五円しか入ってないんだもん……ぐすん」
「……つまり、何が言いたい」
「奢ってくれ。です」
「やだね。てかお前、それ一番高いやつだろ。奢られようとしてるくせに慎みがないんだよ、まったく……千冬ちゃん、決まった?」
わざとらしく大きな瞳を潤ませる真琴を自然にあしらい、士狼は隣の俺に話しかけてきた。隣同士に座っても、その距離は俺が男のときより開いている。無自覚なのか、あるいは意識的なのか。どちらにしても、これがいまの俺たち二人の心の隔たりを如実に示していた。
士狼にしてみれば、いかに親友の妹であれど出会って二日の人間である。無理もないが、やはり一抹の寂寥感をいだいてしまうな。
「ええと……とりあえずこのアイスクリームを」
「あ、それシンにぃもよく食べてたやつだー。やっぱ兄妹だから好きなものも似てくるの? あれ? そういえば兄妹なのに歳が離れてないよね? どして?」
そんな俺のセンチメンタルな気分に水を差すのが役目とばかりに、真琴は脳天気にいう。どうしてお前はそう、どうでもいいことに興味を持つんだ? 指摘そのものは尤もと言えなくもないが。
「お兄ちゃんと私は、双子なんです」
俺はよどみなくそう答えた。いずれ指摘されるのは想定していたので、あらかじめ理由は考えておいたのだ。このあと、全然似てないと言われるのも想定内だ。
「ええ!? うそだー、ぜんぜん似てないよー。双子って、だって、顔がそっくりなんだよね? 僕を騙そうとしたって、そうはいかないよ!」
案の定、バカは俺の想定したとおりに動いた上、さらにバカを上乗せした。嘘を見破ったつもりなのか、勝ち誇って自慢げな面も合わせてバカの三乗の完成である。
「顔がそっくりなのは一卵性双生児とかじゃないのか。お前、もう喋るなよ」
士狼の痛烈なツッコミに、真琴は頭をかかえて本気で悩みはじめる。……そんなふうにして、俺たちは一時間ほどくだらない雑談で盛り上がり、暗くならない内に帰宅した。