「千冬ちゃんを遠くで見守るだけで幸せだよ派」
パトレイバーの整備班のノリとか、大好きです。
「彼女」の転入は、ここ飛鷹学園において一大ニュースとして取り沙汰された。それにはいくつか理由がある。
まず第一に理由として挙げられるのは、その可憐な容姿だ。少し前まで療養していたらしい彼女は、なるほど華奢で小柄であり、脆いガラス細工のように繊細で、儚げな雰囲気をもっていた。
誰の目から見てもよく手入れされたミディアムヘアの黒髪に、小さな顔。奇跡のようなバランスで顔立ちは整っており、少しつり上がった目尻もキツイ印象は皆無で、儚げな雰囲気と相まり子猫のようで庇護欲をそそぐ。
それなのに。それなのに、彼女はどこか無防備で、気弱で、極度の恥ずかしがりのようで――もう、たまらなかった。たまらなく可愛くて、クラスの男の大半は目を奪われた。一目惚れだった。ゾッコンと言い換えてもいい。
当然、告白しようとするやつは続出した。しかし彼女は自己紹介のときから体調をくずしているようであり、加えてひとつの危殆を懸念してか、事態は膠着状態に陥った。
そう。「二階堂 千颯」――かの「女帝」、そして彼女の実の姉である存在に、男はみな一様に恐怖していたのだ。それはなぜか。
二階堂 千颯が「女帝」と言われる所以には、生徒会による粛正を執行しているときの情け容赦ない手腕だけではなく、自分に告白した男をことごとく振り、塵芥を見るように蔑んだことも関係しているのだ。
彼女もまた、容姿だけは大和撫子。時代を遡れば、傾国の美女と評されてもおかしくない美貌である。――その豹変を、男たちは恐怖していた。
「女帝」に告白し、振られた男は二度と立ち直れない。そんな噂もまことしやかに囁かれる中、血を分けた姉妹である彼女も、苛烈きわまりない本性を伏在させているかもしれない。
そう仮定するのは当然の帰結であり、男たちはしばらく遠巻きに観察することにした。しかし可愛かった。どこかぎこちない素振りさえ愛おしかった。
クラスの男はみな彼女を愛おしく思い、抜け駆けするのは暗黙の内に禁止された。掟をやぶった者には、制裁が与えられた。制裁の内容は……いや、あまりに凄惨であるのでやめておこう。
しかし、上に記した危殆は一部の人間を逆に高揚させた。彼らは、恋は逆境においてこそ烈しく燃え上がると説き、急速に勢力を拡大した――のちに言う、「どんな千冬ちゃんでも愛せるよ派」。急進派の登場である。
放課後。われわれ穏健派と急進派によって厳密なる協議が行われた。それは明日以降、彼女へどう対応するかの方針を決める重要な協議であったが。結論からいえば、それは決裂した。
今日の様子を見れば千冬ちゃんが自己紹介のときのように、気弱で繊細な性格なのは明らかであり、モーションをかけても構わないと熱弁する急進派。その意見に肯定を示しつつも、背後に控える「女帝」の存在に怯え、しばらく静観を続けるべきと説く穏健派。その時点で互いに迎合は不可能であり、協議はものの数分にして決裂。
そして穏健派の一部には急進派の熱弁にほだされ、寝返るものも現れた。急進派は増長の一途をたどり、明日以降、彼女は熱烈なモーションをかけられることが確定的となった。
わたしは慚愧に堪えない。彼女を愛するもの同士、なぜ協力できないのだ。内輪で争うよりまず、彼女の周囲に打倒すべき巨悪があるというのに。
「能井 士狼」は彼女の家族とも繋がりがある立場を利用し、籠絡せんとしているではないか。現に昼放課、中庭で能井に泣かされそうになっている彼女を見たという報告も入っている。
みな盲目になり、本当の敵を見誤っている。ここは足並みを揃え、時間をかけても彼女と親密になるのが、先決なのではないか――
ともかく。今日こそ様子見に終始したが、明日になれば全学年から彼女をひと目見ようとするものが殺到することは想像に難くない。それに伴い、派閥争いが一層激化するのはもはや必定である。
より過激な一派が登場する可能性も否めない。彼女を力ずくで我が物にしようとする不埒な輩さえ現れかねない。それだけ彼女は男の琴線にふれるもの有しているし、あの儚げな姿を無茶苦茶にしてしまいなどという邪な願望を、おそらく男は誰一人の例外もなく、抱いてしまうのだ。そんな悪魔的な魅力が、彼女にはある。
わたしもまた当事者の一人であるものの、彼女の平穏な学校生活を祈らずにはいられない。