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IT'S SO EASY  作者:
3 - SWEET CHILD O' MINE .
13/44

空中楼閣

 一限目の終わりを報せるチャイムが鳴り、俺は二限目までの休み時間のことを考えて絶望した。


 あの様子では、俺に話しかけてくるクラスメイトは皆無である予想はつくし、また遠巻きにひそひそと噂されるに決まっている。

 俺は早々に教科書を片付けて、この教室からいかにエスケープするかの算段を立てていると、とんとんと肩を叩かれた。



「し――士狼…………くん……?」


「あれ、どうして俺の名前知ってんの?」



 ふり返ると、そこに数少ない友人の一人である「能井のい 士狼しろう」が立っていた。おい、別のクラスの人間がどうして当然のように紛れこんでるんだ。

 いや、そんなことは問題じゃなくて――俺は、自分の致命的な失敗に血の気がひくのを感じていた。“妹の千冬と士狼は初対面”なのだ。


 そもそも、千冬なんて数日前にでっちあげられた架空の存在なのだから、面識なんてありえない。名前と顔を知っていることがおかしい。まずい、非常にまずい。俺は自己紹介のときから失態をくり返してばかりじゃないか。

 ただ自己嫌悪に陥ったところで状況は何ら好転しない。俺は言葉を紡ぐことにした。茶色がかった士狼の目をみて、今度はゆっくり慎重に喋りはじめる。



「あの、お兄ちゃんがよく話をしてくれたので……一緒に映った写真も何度か見せてもらったので……それで」


「あ、なるほど。あいつもそんなことしてるくらいなら、留学する前に一言いってくれればいいのに……改めまして、こんにちわ。そんで、はじめまして……になるのか。俺が能井 士狼です。

いろいろシンから聞いてるかもしれないけど、よろしくね」


「あ……二階堂、千冬、です。よろしくおねがいします」


 慎重なわりにお粗末な、いたずらの説明を求められた幼稚園児さながらに拙い俺の言説に、しかし士狼は屈託ない笑顔で応えた。うっ、相変わらず眩しいスマイルだ。


 茶髪に生まれつき色素の薄い瞳に加えて、制服のブレザーを着崩した士狼は一見として軽薄そうだが、その実は好青年である。容姿もよく、いわゆるギャップ萌えというやつなのか女子の人気も高い。

 男のころの俺もなかなかのギャップを内包していたが、そこに分類はされないのかね。


 ともかく得心したらしいので俺は胸をなでおろすとともに、やけに周囲の注目を集めている事実に気がついた。

 俺の自意識過剰だとも思うのだが、みんな静まりかえって俺たち二人の会話に耳をそばだてている。うん? ……何でだ?

 


「……そういうことか。俺、どうも邪魔者みたいだね。ごめん、君がよければまたお昼にくるよ」


 どうも士狼はこの剣呑な静けさの真意に合点がいったらしく、ひとりでに頷くと俺に別れを告げ、足早に去っていく。昼休みに喋るのは構わないが、もう少しいまここで会話してくれると助かったんだが。もう遅いか。

 二限目が始まるまでの残り五分ほど。哀しいが狸寝入りでもするかと決心したとき――クラスメイトの一人が、初めて声をかけてきた。



「――あの、二階堂さん。少し前まで療養していたって話だけど、いまは大丈夫? 体調悪くない?」


「……へ?」


 顔をあげると、声の主のほかにも一人、合わせて二人の女子がいた。二人とも見覚えのある顔で、名前は……失念してしまったが、クラスの女子の中心的人物だ。


 濡羽色の髪を三つ編みにしたタレ目の美人が、いま俺に声をかけてきた方。柔和そうな雰囲気で、背丈は平均程度に見えるが、その、胸の発育に著しいものがある。

 対してもう一人は金髪でツーサイドアップの勝ち気そうな美少女で、ちらちらとこちらを気にする素振りを示していた。いまの俺よりわずかに高い程度の背丈で、胸の発育も似たようなものだ。


 この二人……俺を心配しているのか? 何か勘違いしているようだが、精神面はぼろぼろでも肉体面は至って健康だぞ。女の身体になってしまってることを除けばな。


「あ、ええと、いえ、あのぜんぜん……まったく大丈夫です、あの、ご心配なく」


「でも……ねえ?」

「うん……」


 しかしまったく予想だにしない出来事だったので、盛大に口ごもる。それがまた気恥ずかしく、俺は頬に熱がこもるのを自覚した。ずっと赤面してないか、俺。

 俺の応答に二人は納得できないのか、互いに顔を見合わせた。そうして俺が、いまだにその意図を掴めずにいると、



「――あの! お、俺、保険委員だし、もしよければ――って、うわっ! やめろ、邪魔しないでくれ!」



 ガタン、と勢いよく椅子を蹴って立ち上がった男子生徒が親切に助力を申し出てくれたのだが、まばたきする間に数人に囲まれて、口を塞がれた上に引き倒されていた。

 そんな光景をみた女子二人は軽蔑と呆れまじりに、やれやれと首を振って――そのタイミングで着席をうながす予鈴が鳴る。タレ目の子は去り際も「体調が悪いならいつでも言ってね」と親身にいい残して、自分の席へ戻っていった。


 どうも俺の想像と、実際に展開されていた状況には、大きな隔たりがあるようだった。

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