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IT'S SO EASY  作者:
2 - CHECK YOUR HEAD .
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不変の距離感

 制服の入った紙袋をぶら下げながら、俺は姉貴の先導で服屋へ向かった。

 女ものの服屋に入る経験なんて、それこそ姉貴やお袋のつきそいくらいで、それもここしばらく疎遠だったからいまいちどんなものか想像できなくて緊張する。


 店員にしつこく喋りかけられたら、俺は丁寧な言葉を取り繕える自信がないぞ。そんなことを話すと姉貴は、



「誰もあんたの言動なんて気にしないわよ」



 ……人が男のときのように大股で歩いたら、女の子の身体ではしたないことはやめなさいなどと注意してきた張本人がよく言うもんだ。


 俺がそんな思いをこめ非難する視線をやると、姉貴はふり返りからかうように微笑んだ。む、妙に態度が柔らかいな。災いの前兆か?

 気のせいか、今日の姉貴は機嫌がいい。俺が背中にかくれたりしても、普段みたく邪険にしないのだから相当である。

 これではまるで手間のかかる妹を世話する、面倒見のいい姉のようだ。……いや、第三者からはそのようにしか見えなくても、実情は大きく異なるのだ。うん。


 そうして俺は服屋までの道のりを、ファッションモデルもかくやの存在感をほこる姉貴の影にかくれ、半ば密着するようにしてついていった。



「わあ! お客さんお似合いですよー! ささ、どんどんじゃんじゃん試着してくださいね!!」


「……どうも」


 グランジチックな赤いチェックのワンピースをまとった俺は照れた女の子のような仕草で、顔を耳まで赤くしながら答えた。

 ほんと服屋の店員って、どうしてこう口が達者なんだろうね。褒められることにてんで耐性のない俺は初めからあらゆる賛辞に顔を赤くしているが、そんな姿がまた庇護欲をそそるのか、店員は「きゃー」と頬に手をそえ大げさに身悶えしている。平日で数少ないほかの女性客の目が痛いからやめてほしい。

 

 さて。なぜ、俺が服屋の店員につかまり哀れな着せ替え人形に供されたかというと、言わずともわかるだろうが姉貴のせいだ。

 とはいっても今回に限っては姉貴に原因があるが、悪いわけではない。見知った様子の店員に声をかけ、俺をさして「あの子に似合う服を適当に見繕って」と言ったところ、この店員がやたら張り切りだしたのだ。


 ――ん、その姉貴はどこだって? とっくに店内を回って自分の服みてるよ、くそっ。

 でも正直、こうしてちやほやされるのに悪い気はしないので、うながされるまま服を着てしまっている俺も大概なのかもしれない。



「お客さん、お客さん、次はこれなんていかがでしょう? いえいえ遠慮はいりませんよ、ささ、どうぞどうぞ」



 店員はさらに何着か見繕い、有無をいわせない勢いで俺に押しつけてきた。この強引さ、姉貴に通ずるものがあるな。

 ふと離れた場所で服をえらぶ姉貴を一瞥すると、こちらに気づいたのか静かにほほ笑んだ。まるで諦念を諭すような優しい笑みである。

 気を利かせてくれてるのか、単に俺の反応を楽しんでいるのか。姉貴の意図はわからん。……両方のような気もするが。

 


「アリガトウゴザイマス……」


 俺はカタコトに礼を言うと、恨みがましいジト目を姉貴に向けて、再び更衣室へひっこんだ。


 結局二〇着ちかくを試着して、俺は特に店員の反応のよかった数着を購入することにした。その中でもスカート類は意図的に除外していたのだが、それを察知した店員による猛烈なアピールにあい、紆余曲折の末、冒頭に試着したワンピースをプレゼントされた。


 おいおい、こんなに親切にしてもらっていいのか? 制服を買ったときもそうだが、ほとんど面識のない人間にこうも親切にしてくれる事実を俺はにわかには信じられない。

 帰りにここまでの登場人物がプラカードを持ってあらわれたりしないよな?


 服屋を出たあと、姉貴が下着を見にいくことを提案してきたが、これは断固拒否させてもらった。

 感情のおもむくままに拒否しても姉貴は納得しないので、「下着はまだ姉ちゃんのやつで十分」とそれらしく言ったら不承不承にうなずいたが、安心はできない。


 さすがにまだ下着を買う勇気も、心の整理もついていないぞ、俺は。服はコスプレ感覚というか、いまだ心のどこかで他人事にとらえているフシがあるので許容できるが、下着は自分の身体を直視しなければいけない。そうなるとパニックになりそうだ。……うん。俺は一度、自分の頭ん中を整理して、チェックしないといけないな。



 夕暮れの河川敷を、姉貴と並んで歩く。俺たち二人の手には等分されたスーパーの袋。少し前まで、俺が全部持たされてたのにな。

 斜陽にひきのばされた影にしても俺の方がひと回り小さくて、なんか小学生のころに戻った気分だ。こういうのをノスタルジックって言うのか?



「今日はありがとな、姉貴」


「……これくらい、大した労じゃないからかまわないわ。あと姉貴じゃなくて、お姉ちゃんと呼びなさい」



 ふてくされたようにいう姉貴の顔を見上げて、俺はこの姉弟の関係が不変のものであることを願うのだった。

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