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彼女の事について、少しだけ。

ヒロインの事。

 彼女――楪咲子ゆずりはさきこ先輩と出会ったのは、僕が文芸部に入部してすぐの事だった。

 カオルと共に、部室に足を踏み入れた僕は、当時の保守的な部長含む先輩方からの視線を受けた。なんだか恥ずかしかったような気持ちを抱いたのを覚えている。

「ようこそ、新入部員」

 先輩方の誰かがそう言った。それを最初に言ったのは誰だったのかまでは、あんまり覚えていない。ただ、そこにいた人が、僕らを注目していて、笑顔になっていたのは覚えている。

 僕とカオルは、彼らの歓迎を引きつった笑いで受け止めながら、その笑みを嬉しさに変えていった。歓迎されているんだ、って感じに。

 その歓迎してくれた人の中に、彼女がいた。

 楪咲子先輩が、そこにいて、他の人と同じように僕らを歓迎していたのだ。


 結局あの日は、そのまま新入部員歓迎会になり、彼女とは、質問や雑談を間接的に話す事はあったけれど、直接話す事はなかった。

 僕も彼女については、そんなに意識していなかったってのもある。

 初対面の相手には、仕方のない事だとは思うけれども。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





「で、なんで電話かけてきたんですか? 色々とこじらせてしまっている『楪先輩』」

「『先輩』じゃなくて、咲子ちゃーん、と呼んでくれないかな? あと、こじらせてるってのは何かね。私はただの風邪なんだが」

「年功序列的な理由で価値観が揺らぎそうなので、勘弁してださい。いつも通りのさん付けが良いです」

「年功序列って響き、なんだか嫌だよね?」


 知らんがな。


「ってか、本当に何をしに来たんですか? 『自意識をこじらせた』咲子さん」

「嫌なアレンジの仕方だなぁ! ってか、今、明らかに毒混じってたよね。絶対そうだね!!」

「まぁ、つまりは風邪の熱にやられて、脳みそが動かないんですね」

「やっぱり、酷い事を言われているような気がするよ」

「気のせいです気のせい」


 とまぁ、彼女からかかってきた電話に応じながら、僕は彼女をいじっていた。

 聡明で――この電話越しの口調だと、そうとは思えないけれど――明るい性格の彼女は、いつもと違って、調子が出ていないようだった。いつもなら、僕の変な発言に対して、スルーしたりしつつ、自分の論理を展開したりする事が多いのに、それなりに合わせてくれている。意図的に合わせているのではないか、って気もするにはするんだけど、そこまでやるとは思えない。

 そう思えるからこそ、僕なりにいじっていた。ちょっとした仕返し。彼女の内面は知らない。僕の視点からは、克明に見えるように描写される事はないのだから。


「もー」


 彼女が、牛みたいな鳴き声を出す。僕は少しだけ笑いながら、


「で、本当に、どういう理由があって、電話かけてきたんですか?」


 そう話を戻した。


「……別に、そんなに大層な理由があるわけじゃない」

「なら、どうして?」

「些細な事を訊きたかった。今、どうしてるの、とか、原稿進んでるの、とか、そういうの」

「今は、原稿を書いてます」


 些細な話を始める。


「進んでる?」

「大まかなキャラ設定まで」

「どんな話?」

「文集のテーマ通りに、人外が出てくる話」

「どんな子が出てくるの?」


 色々と細かく聞かれる。聞いてどうするんだろう? まぁ、別に話しても問題なさそうだから、話すけど。


「普通の男の子と、猫耳の女の子です」

「ひょっとして、恋愛モノ?」


 そう聞かれて、僕は言葉に詰まった。本当に、恋愛モノとして書くつもりだった。二人が出会う、ちょっとしたほのぼのファンタジーな世界観で起こった、少しだけ優しい話をイメージしていた。設定を浮かべている内に、そういう話が浮かんだから。


「……そうです」


 ちょっとだけ、嫌な気持ちを抱えたまま、僕は彼女の言葉を肯定する。僕は恋愛モノを書くんだ。そういう宣言。こじらせてしまった自意識が、自分を傷付けてしまうのを承知の上で。


「そっか。……楽しみにしてるよ」


 彼女は、柔らかな声でそう言う。その言葉を聞いた僕の心臓が、少しだけ止まったような気がした。小さな動揺が、心臓を鷲掴みにして、どこか遠くへと消えて行ったかのような。

 その動揺を、僕は忘れるようにする。一瞬で、粉々になって消えてしまえと願うように。


「咲子さんは?」


 嫌な感情を隠しながら、問いかける。


「ウサ耳少女が出てくるSFファンタジーを書こうかなって」


 その答えに、また嫌な感情が湧き上がりそうになる。

 だけれども、どちらかと言うと、たまらなく嬉しいような感情を抱いている僕もいるわけで。

 僕は、彼女が見る事は出来ないとわかっていながらも、必死に笑顔を作りながら、


「書き上がったら見せてください。楽しみにしてます」


 半分嘘で、半分本当の事を言った。

 彼女が書いてきたのは、娯楽性があって、とても面白いのだけれど、どうしようにもないくらい苦い嫉妬をするほどの小説だったから。

 彼女の才能に嫉妬する僕が、みっともないような気がして仕方がない。


「うん。風邪が治ったら、書き始める」


 彼女がそう言って、この話題は終わった。

 あとは、普通の当たり障りのない話をして、部の様子についても話し、


「じゃあ、疲れたからもう寝るね」

「ゆっくりと休んでくださいな」

「うん。わかってる。……おやすみ」

「おやすみなさい」


 そうして、僕らは会話を終えた。

 楽しいけれど、どこか苦い会話。無いと寂しいと思えるほど、好んできた会話。彼女との会話。

 だけど、いつも、こんな少しだけ嫌な感情が芽吹く。彼女と会ったり、その手から紡がれるテキストを読むだけで、苦いような気持ちを抱く。

 自分というモノが、酷く気持ち悪いというか、みっともないような存在に思える。

 どうして、彼女は、あんなにも面白い文章で、物語が書けるのだろう? 様々な知識をどうやって手に入れて、頭の中で噛み砕いて、読みやすく書く事ができるんだろうか?

 僕には無理だ。僕には書けない。僕には、あんなにも面白い物語は書けない。

 そう思えるからこそ、こんなにも彼女の才能に嫉妬している僕がいるんだろう。

 嫉妬して、自己陶酔している。

 なんて、嫌なヤツなんだろうって。

 そう、考えてしまっているんだ。

 彼女の事が、それなりに好きなクセに。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 僕と彼女が出会った時に、初めてした会話の内容を少しだけ覚えている。

 それは、新入生歓迎会があった次の日の事だ。

 放課後、文芸部の部室に足を踏み入れた僕は、そこで一人、本を読んでいる彼女と会った。

 僕らは軽い挨拶を交わした後、彼女が唐突に聞いてきた。


「君、SFとか好き?」

「……それなりには好きです」


 そんな唐突な質問に、僕はそう答えてしまっていた。

 そこから先に、どんな会話をしたのかは覚えていない。中身のない何気ない話だったような気もする。

 ただ、あの質問から、僕と彼女の交流が始まったんだと思っている。

 そう、思いたがっている……。

続きます。

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