まずは、適当な日々の描写から。
僕の全てを語るには、頭の中に蓄積してきた言葉が足りない事に気が付いたのは、いつの事だったろうか。
そんなに昔の事でもない。かといって、そんなに最近の事でもない。
いや、或いは、物心ついた時からだったのだろうか。
……そんな事、どうだっていいってのに。
あいも変わらず、僕はずっとそんな事を考えている。
単なる八つ当たりだ。
誰に対して?
自分にだ。
つまんない小説しか書けない自分自身に対してだ。
僕が、つまんない小説しか書けないのは、頭の中に蓄積してきた言葉が足りないからだ。そう僕は考えている。真っ白な大学ノートを見つめながら考えている。
言葉が浮かんでこない。リズムのある文章が出てこない。
嫌な気分だった。
もういっその事、どっかからネタをパクってしまおうか。
でも、そこまではまだ良いとして、そのネタに見合う文章が都合よく自然に湧いてくるわけでもない。
頭の中が真っ白だった。燃え尽きていた。始まってすらいないけど、終わっていた。
死にたいとか、そういう事ばっかり考えていた。
そんな僕の考えている事を、友人に話したところ、こう言われた事がある。
「文芸部に入らなきゃよかったんじゃないの?」
……まったくもって、その通りだと思うような、思わないような。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の放課後、僕ら文芸部一同――と言っても、一人は風邪で休んでいるが――は、七月の期末試験後に出す文集のために、色々と頭を悩ませていた。いや、主に悩んでいるのは僕だった。
学校の片隅にある、日陰の中の一教室。ある程度の机が、四角に並んでいる。
自分に割り当てられた席に座って、ある人は携帯ゲーム機で遊び、ある人は絵を描き、またある人は真っ白な原稿と戦っている。
僕は、原稿と戦っている方だった。
何度も経験したはずの小説掲載。だけど、自分の文章に自信がなくなってしまった。というか、自信がどこか遠くの方へ、ロケット花火のごとくぶっ飛んでしまった。色んな意味で迷走していた。ヘタレていた。スランプだった。つまりは、ご覧の有様だった。
おまけに、文集のテーマが、引退した先輩らによる保守的なテーマとは一転して、部長含む悪ノリ集団によって、『人外と過ごす夏休み』になってしまった。
「このテーマでどう書けってんだ?」
困惑するしかない。色々な意味で。
僕に萌えを書けというのか。萌えを書いた事ないのに。どうしろっちゅーねん。
そんな風に悩んでいる僕に、文芸部に所属している友人、灰野カオルが、さきほどこんなアドバイスをしてくれた。
「萌え漫画を描くノリで」
匙を壁に叩きつけたくなった。
それをどう文章に書けばいいんだよ、難しいよこんちくしょー、と言い返してやりたいところであった。その後、すぐに二人――彼には彼女がいて、今回の文集では、その彼女と合作しているのである――の世界に入り始めて、言い出しにくい状態になってしまった。二人で何かを話し合って、ノートに書いている。
そんな感じに、黙々と、ノートに文章を殴るように書き綴る人たちがそこにいる。僕を含めて、六人ほど。その内の一人である、表紙を描いている女子の先輩は、
「だって、私、イラスト担当だもーん」
という謎の説得力を駆使して、ロリ狐耳幼女の尻を描いていた。
「可愛いと、エロいと、尻は正義! おっぱいは、いらん」
というのがモットーの先輩は、ただ黙々と萌えエロなイラストを描き続けている。
そのイラストを、部内で、変態という愛称で呼ばれている部長が覗き見る。彼女の名前を呼ぶ。絵を描いていた先輩が部長の方を向く。部長はどこからともかく取り出したスリッパで、その人の頭をはたいた。
すぱーん、と軽快な音がした。
「アホか! エロ路線は、学校側からの攻撃を受けるから、止めとけって言ったじゃないか!」
珍しく部長のツッコミが炸裂した。というか、この人は、そういうルールに関しては、結構厳しい人だったっけ。いつも、変態な一面ばかり見ているから、こう……止めよう。これ以上考えたら、彼の名誉が乱れる(意図的に誤用)。
「オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな、このはてしなく遠いエロ絵坂をよ……」
「打ち切るな! 話はまだ終わってない!」
「……いいじゃんかよー。狐耳と、幼女と、尻。何か問題でもあんのー?」
「尻の要素は、どっかにやってくれ」
「あの美しい桃を描くなと! 反対だー。性癖差別だー。こいつ、ロリコン差別主義者だー」
色んな人に謝れ、と思う。
「人の事ボロクソに言ってる間があったら、表紙を描いてくれよ。萌えは良いが、エロは描くな。でないと、この部活の存亡が、大変な事になる」
「これは、きっとゴルゴムの仕業だ……!」
「一般的なモラルの仕業なので、諦めた方が賢明です」
「……ちぇ」
「……それが終わったら、いくらでも描いていいから」
「……そーする」
そうして、二人の口論は終了した。なんだかんだ言って、性格とか、趣味とかが合っている二人である。
一方では、灰野カオルと、その恋人である同級生が、机を合わせて、互いに話し合いながら、ノートに何かを書きつづっていた。いや、話し合っているというより、ミュージカルっぽい感じだった。
「ねぇねぇ、どうして私を呼ぶの?」
「チクタク目覚まし鳴るからだ」
「出来れば静かに、シーッとね。
子供たちまで起きちゃうわ」
「ならば、目覚まし壊せばいいのさ。
どうせ、僕らは消耗品。
歯車壊れば、燃えないゴミさ!」
「私はそれ見て、SANチェック。
溶けるよ、目覚まし。グロいよ、目覚まし。
私はそんなの見たくはないわよ」
「だったら、起きてくださいな。
子供たちが起きる前に」
「働きたくないんだ!
ニートが良いな。ござるござる。
働きたくないでござる!」
「それって、単なる怠け者。
マーマ、マーマ。
とっとと起きろよ、マーマ。
ニート生活三年目、ネトゲ廃人マーマ」
「止めて、止めて。
私に正論、突き刺さる。
私のライフはとっくに0よ!」
「HA☆NA☆SE!
マーマ、マーマ、とっとと起きろよマーマ。
マーマ、マーマ、育児放棄のマーマ」
「……あれ、ちょっと待って。なんか、脱線してない? テーマ、人外と過ごす夏休みじゃなかったっけ?」
「……忘れてた」
……なんだか、ミュージカル風に、えげつない事を呟いて、脱線してしまった二人であった。
客観的に見れば電波だが、こうやって、アドリブで物語を紡いでいる。
どうも、あの二人が個人で物語を書こうとしたところ、色々と詰め込み過ぎて、締め切りに間に合いようになかったため、このようなアドリブで合作する事になったらしい。
カップルだからいいのかもしれないけれど、お前らは何を言ってるんだ、って感じである。いや、『一体みんな誰と戦っているんだ』の方が良かったのかもしれない。
あの二人が紡いでいた物語の登場人物は、一体どんな困難と戦っているんだろうか……?
まぁ、ボツになってしまったようだから、「何かと戦っていたような気がするけど、そんな事はなかったぜ」になるのかもしれないけれど。
「ねぇねぇ、どうして私を呼ぶの?」
「可愛らしい猫さんだからさ」
そんなこんなで、もう一度やり直し始めた二人である。あんまり心配する必要はないだろう。多分。
それよりも、自分の事が先だ。
現実逃避してないで。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ちなみに、本当にどうでもいい話だけれど。
僕は、天野雪という、割とどうでもいいような名前だ。
まぁ、本当にどうでもいい話なのだけれど、一応、念のために。
◇◆◇◆◇◆◇◆
どんな文体で、どんな話を書けばいいんだろう? ある人が、自分の中にある言葉を書き出すだけでいいんだ、とか言ってたけど、支離滅裂で独りよがりな物語になりそうで、参考にならないし。
どうしろってんだ。とか、そんな事を考えながら、僕は逃避するように文集を読み始める。読書に逃げるのは、悪い傾向だ。多分。
去年の夏に作られた文集三号。テーマは、『彼岸花』。画力が高い、これまた保守的な彼岸花の絵が表紙だ。その中には、様々な作品がある。衒学的なメタミステリ……現部長の作品だ。隠喩によって、形成された幻想文学……カオルの彼女の作品だ。田舎を舞台にした青春モノ……カオル――普段からは想像つかないが――の作品だ。それ以外にも、たくさんのテキストが存在する。
当時、僕は小説を書いた。それなりにマシなネタを持ってきた、僕にとってはベタな王道モノだったと思う。今読み返してみると、文章が稚拙に思えるけど、今の僕に書ける話よりは、かなりマシなような気がしてしまう。自虐的な気分だ。
まぁ、自虐的になる理由はもう一つあるんだが、それはさておき。
さきほど、カオルが、『萌え漫画を描くノリで』と言っていたが、その通りにやってみようかと思う。
前回書いた王道モノ……幽霊の女の子との恋愛モノを思い出す。あの時、女の子の魅力の描写にそれなりの力を注いだ。
あんな感じにやればいい。そうしたら萌えになる。多分。
自分にとって楽な書き方で、あんまり挑戦とかしてないけど、締め切りに間に合わないくらいならそれでいいんじゃないかって思う。
ああ、なんだ。書けなかったのとか、スランプだとか思ってたのは、単に、僕の頭の中の血管が詰まってたようなものだったのか。
自意識をこじらせると、こんな面倒くさい事ばっかり考えてしまうのだね。うん、そうだ。
そうして、僕はノートに、今回書く物語のヒロインの設定を考え始めた。とりあえず、猫耳かウサミミの女の子にしよう。あの時に書いた幽霊ヒロインも、人外に分類されるかもしれないけど、今回はケモ耳の女の子を書きたい。どうせ書くなら可愛くだ。
そうして、僕が、ヒロインの設定を練り終わった時に、ポケットに入れていたマナーモードのケータイが震えた。取り出して見てみる、見覚えのある名前だった。というか、今この場にはいない文芸部員からの電話だった。
ちょっとだけ、嫌な気分になる。
『彼女』は、僕にとって友人であり、先輩であり、……そして、苦手な人でもある。
僕は、そんな彼女からの電話に出る。
「こんちゃー、天野君。元気ー?」
耳元で能天気な声がする。
僕は、彼女に聞こえないように、静かなため息を吐いた……。
続きます。