破月.13
夢の中で、誰かが私に手を差し延べた。
―Blood*Beat―
「いっっっけええええ」
轟音と共にソレを貫いた光は、膨張して球体になった。巨大な血塊ですら包み込んだ光は、表面に不思議な文字を浮かべると、ゆっくりと下に降りてきた。
「えええ……え?」
血塊ごと、まるで圧縮してしまったかの様に小さくなった(とは言っても、二メートル位はあるが)光の玉は、屋上に降りて落ち着いた光を放つと、俺の方に『的』のような円を描いた。
「……オイ、これでやっつけられたのか?」
恐る恐る訪ねると
〈バカが〉
と、心無い返事が返ってきた。
〈本番はこれからだ。なに、お前の全力を叩き込めば(多分)終わるだろう〉
「何が『(多分)』だよ……」
さっきまで場を占めていた張詰めた空気は消えていた。恐らく、完全に相手を封じる事には成功したようだ。
「で、この玉は何だよ。ヤツは中に居るのか?」
〈うむ。ソレについては否定はせんよ。なんなら確かめるか?〉
ゆっくりと右手が上ると、光の玉に共鳴するようにアガートラーム自体も淡く光だした。
「見れるのか……って! うああッ!?」
いや、もう何と言うかその。球体の中で、女の子が裸で浮かんでいるのだ。健全な学生として、動揺するのは当然だのに
〈青いな〉
なんてケチつけるあたり、右腕の性格を疑ってしまう。
「バカ! 顔だけ確かめれりゃいいんだって!」
〈やれやれ。わがままな奴だ〉
と、顔だけ見れるくらいの穴を残して、球体は再び光を強めた。
「……」
その女の子には、どうも見覚えがある気がする。何処でだろう……
〈どうした?〉
「……いや、見覚えがあるなって」
確か、全校集会とかでよく見たと思う。生徒会のヤツか? いや、だとしても何か足りない。
「メガネ……か?」
両手でわっかを作って、女の子の顔に合せてみる。不格好ではあるが、雰囲気位なら出せるだろう。
「……やっぱり」
なるほど、見覚えがある筈だ。何故ならこの娘は……
「委員長……だ」
〈? なんだ、知り合いか?〉
知り合いも何も、クラスメイトの一人だ。
頭の中が、真っ白になった。
兄さんを殺したヤツが。クラスメイトが。イコールで結び付いてしまったからだろう。一生懸命に否定しようと働く思考回路が、同時に現実を受け止めようともがいていた。
思わず腰が抜けてしまった俺は、力無く腰を降ろすほか無かった。肩にも、膝にも力が入らない。……入れようとも、思えない。
〈〜〜! ……〜〜!〉
アガートラームが何か言っている気がしたが、ソレすらも聞き取れない位に、頭の中は混乱していた。
「キサマッ! 腐るのも大概にしろ!」
いつの間にか人の姿に戻っていたアガートラームが、俺の胸ぐらを掴んで怒鳴った。小さな手には、それに似合わない程の力が込められているのが判る。
「……でも、俺は」
「汝。さては殺める気でいたな?」
「……」
沈黙での肯定。疚しい気持ちなんざ欠片も無かったが、目の前の怒りに満ちたまなざしは、正直、正面から受け止めるには、俺には強すぎた。
「何処を見ておるのだッ! しかと我を見よ!」
「だって……俺。どう……したら」
「……『だって』だと? 『どうしたら』だとッ!? 甘ったれるなッ!! ふざけるなッ!! キサマ、それでもトーマの弟かッ!?」
まるで、今まで我慢していたものを吐き出すように、彼女は怒鳴る。それは、迷子になってしまった子供の様に。助けを求めて足掻く、ぬれぎぬをかけられた死刑囚の様に。必死で、無我夢中の叫びだった。
「……こんな事では、ヤツに敵う道理が無い……ッ!」
忌々しげに、彼女はそう呟いた。
「……ヤツ……?」
「フン。汝の様なコシヌケには関係の無い話だッ!」
「ヤツって……誰だよ?」
『ヤツ』。訳も無く、それが心に引っ掛かった。
「誰だ?」
「……」
俺の問いを無視して、アガートラームは光の玉へ向き直った。どうやら、俺にやらせようとした事を自らの手で行うらしい。が、そんな事はどうでもいい。
「ダレナンダヨ」
「……」
左腕が、ジクジクと疼きだす。
「オイ」
「――ッ!?」
ひたすらに無視を決め込む少女の腕を『左手』で掴む。勿論、力の加減をできる程、俺は左腕に馴れていない。高温と、単純な力に呻くかと思いきや、少女は堪える様に身を震わせているだけだった。
「……トーマ(われら)の……敵だ」
「ッ!?」
言っている意味がよく判らなかった。
「兄さんの……カタキ?」
力が抜けた隙に、左手が振りほどかれる。アガートラームの腕に痛々しく残った火傷は、彼女が二・三度腕を振ると、たちまちに消えていった。
「ああ、そうだ」
「……じゃ、じゃあ委員長が殺したんじゃ……」
「ハッ、笑わせるな。このような小娘に殺られる様では、トーマはもっと早く死んでおるわ!」
「で、でも。兄さんを喰ったって……」
「『喰う』だと?」
頷く。彼女はしばらく考え込んでから、首を横に振った。
「現状で答えを出すのは無理だが、誰かがこの娘の記憶に介入した可能性があるな」
「巻き込まれた……って事か?」
「そうとらえても間違いではあるまい」
頭が、ゆっくりといつもの調子を取り戻して来た。疼きも収まっていく。
「まぁ、それも今に判るだろう……よっ!」
不意に俺の右手を掴んだアガートラームは、再び腕に融合すると、レヴァンティーを展開させた。
「な、なんだよ! 終わりじゃ無いのかよ!」
〈たわけ! 能力の暴走は、術者の精神に多大な負荷をかける。下手をしたら廃人だぞ?〉
「……マジかよ」
到底冗談とはとれない剣幕に、事の重大さを痛感された。
「……『全力の一撃』。か?」
勿論、と応える右腕。
「そんな事したら、俺は――」
〈『人殺し』か?〉
言い当てられ、ビクリと肩が震えた。
〈臆するな。そんな事はさせんよ〉
「信じて……いいのか?」
俺は、不安に満ちた心のまま、問い掛けた。
〈我を信じろ〉
そして、右腕は、彼女は、満ちた不安を振り払うかの様に、そう言った。
左腕は、熱く、猛々しく。右腕は、清く、気高く。俺の中で、三つの鼓動が重なっていった。