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破月.06

「コンバンワ、桜井キョウ。…今夜は、」


 ア ナ タ ノ バ ン ヨ 。


カリカリと、少女はその手に持った物で床面を引っ掻きながら歩き出した。屋上というキャンパスに筆をおとして、これから始まる『舞踏会』に思いを馳せ、白いドレスを風に(なび)かせる。月明かりは、まだ、冷たい。

「……」

はたして、その言葉の意味を理解できるほどの機能を、私の頭はしていただろうか?恐らく、否。目の前に在る“怪異”の、あまりに浮世離れした可憐さに見惚れてしまっていたのだから。


―くすくすくすくす……


落ち着け。現状を理解しろ。置かれた状況を噛み砕いて理解するんだ。少しずつ加速していく思考回路の中、少女の笑い声だけがいやに鮮明な響きを残していた。

じっと相手を見据える。…殺意があるのは間違いないだろう。ナガモノは、間違いなく“殺ス"道具だ。ならば次に、相手が私を狙う理由を模索しよう。……まぁ、勿論の事だがあるわけがない。

「――ッ!!」

少女の影が消える。目に見えないほどの高速移動によるものなのか、瞬時にして視界から消えただけなのか。どちらにしろこうなってしまった以上、視界での判断は迷いを産む要因にしかならない。私は目を瞑り、耳を澄ました。否、耳だけではない。肌を撫でる風、晩秋の乾いた空気の味、月夜の匂い。残る四感に集中する。そして…


――ヒュン!!


風が止むのと同時に、私は右足を軸にしてコンパスのように重心を移動する。刹那、風を切る音と共に何かが太股辺りをかすめた。

「…それ。何処の流派だい?」

「…チッ」

物凄く不愉快な物でも見るように舌打ちをすると、タンッタンッと軽やかに跳び退く少女。…ふむ、まあいいさ。

「悪いが、大人しくヤられるつもりは無いのでね。少々抵抗させてもらうよ?」

右の掌は肩の高さまで上げ、突き出す。左は拳を作り脇を締め、構える。進行方向より後ろにある左足には、常にバネを効かせておく。重心は常に垂直。眼は、相手以外を認識しない。今度は隙無く、五感すべてを集中させよう。

その構える様子を認めると、彼女は口が裂けているかのように笑みを浮かべた。

「…ひとつ、訊いておく」

「……」

完璧に黙りこんでいたが、かかって来る様子が無いので続ける。

「本気なんだろうね」

スッと眼を細める。感情を込めず、なるべく淡白に問いかけた。と、少女が鼻で笑うのと同時に


「…言ったでしょう? 今夜は、あなたの、番」


触れ合う様にピタリと背後に回りこまれる。耳元で囁かれたのは非常に不愉快だったが、情に流されてはいけない!

「シッ!!」

振り向きざまに裏拳を放つ。案の定避けられたが、追撃はしない。


――ヒュン!!


縦に振り下ろされた剣の軌道を読み、回避。相手の反応速度が上な以上、うかつにカウンターは狙えない。が、私が今までつちかってきた勘なら“見切る”事ぐらいはできる。

(まぁ、身体がついてくるかは別問題なんだけどね…)

紙一重で、かわす、かわす、かわす。その度に皮膚が傷付けられていくが、致命傷に至るものは無い。私が追い詰められていくのを面白がるように、一振り一振りが大きくなっていく。まだだ、まだ、もっと、致命的なまでに……

「なぁに!? つまらないじゃないのッ!! 手も足も出ない!?」

「……」

小さく息を吸い、止める。集中。と、あの人との会話が脳裏をよぎった。


――トーマさん。私は、本気になれるんでしょうか?

私はいつものように尋ねる。

――大丈夫。きっとなれるさ!!


「――覇ッ!!!」

ブンッ!と、致命的に隙だらけになった一撃を、私は見逃さない。軽く踏み込み、左に構えた拳を鳩尾みぞおちへと叩き込む!

「ぐッ!?」

よろけた瞬間を、先ほどより深く踏み込み、脇腹に向けて右の掌で押し込むように掌底。

「勢ッ!!」

グラついて背を丸めたまま、一歩二歩と後ずさる相手に対して、トドメの踵落しを叩きこ…

「―ッ!?」

突如として襲ってきた悪寒に、空気の変化を感じ取る。この機を逃したら、私に勝ち目がなくなる可能性もあったが、思わず飛び退いてしまった今となってはもう遅い。

乾いた風と、夜の帳が辺りを包み込む。


――トス。


不意に、何かが落ちてきた。

「?」


――トス、トス。


一本、二本と、刃だけの剣が少女の周り、私が居た場所に落ちる。

「…落ちて、きた?」

物が落ちるということは、万有引力にのっとり、それは“上”になければならない。


――ゆっくりと、夜空を見上げる。


「……」

満天の星空。月は、上手い具合に曇り空の隙間から顔を覗かせている。

「――ッ!?」

…雲よりも低い星たちは、綺羅綺羅と月光を反射していた。



月明かりは、まだ、冷たい。

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