破月.05
屋上に降る月明かりは雲に遮られることなく、ただただ私達を冷たく照らしていた。
―Blood*Beat―
「ふはっはははははぁ!! 貴様はせいぜい、そうやって世間に無様を晒して生き続けるがいいさっ!!」
ルカに引き摺られる俺を、ゲシゲシと蹴りつけながら笑うダイスケ。
「ほんっっとにッ! 何考えてるのよぉ! 確かにケイスは私達より勉強できるから、一時間や二時間や三時間くらいサボっても何の問題も無いかもしれないけど、親にまで心配かけさせないでよ!」
そして俺の脚を片方ずつ脇に挟んで、ガミガミブツブツと文句を言いながら運ぶルカ。
「もご、もごごごごもごごご。もごごごごごごもごごごごもごもご。もごごもごごごごごご。もごご。(訳:まぁ、抵抗はしないが。うつ伏せにして運ぶのはよしてくれ。鼻が痛いから。凄く。)」
校庭の砂が、いい感じに凶悪なサンドペーパーのようで、MAJIDEデンジャラス。いや、顔を横に向ければ被害を抑えられるのだが、今になって先輩の一撃が効いてきたらしい。面白いくらいに力が入らないのだ。
「お!? 校門が閉められるぜ! ダッシュだ! ルカっち!」
「応ッ!」
ダイスケが指差す方を見て、ルカは俺の脚を抱えたまま走り出した。ニコニコと微笑ましい光景でも眺めているかのように、俺達が出て行くのを見送ろうとする先生。「閉めちゃうよ〜」と言いながら、門扉をガラガラと動かしている。
「ガッ! ハァッ! ちょッ! おまッ!!」
べチン、べチンと。ルカが走るたびに俺は上半身を強打する。グラウンドには七十センチ間隔で、見事な『Y』の字が刻まれていった。
「マジッ! やめ! …あ。 パン 白 ッ! グフゥ!!」
ガコン!と、殺意の込められたカカトは、とても自然な動きにのって俺の顔面に叩き込まれた。ちょっと、洒落になってないな〜。なんて思いながら、またまた俺は気絶してしまうのであった。
―Blood*Beat―
「最ッッッ低だよね!!」
夕飯を食べ終わった後恒例の勉強タイム。といっても、俺が教えてルカが訊くだけの時間なのだが。ルカはどうも機嫌が悪いらしい。先ほどから「最低」の連呼ばかりだ。
「あぁ。…バリッボリッ(お。今年の新作ポテチ、『すてぽてちん』は当たりだな。あとで買い溜めておこう。)…最低だなぁ…」
「もうホントマジ最低最低最低最低…」
ノートに走るシャーペンは、一文字書いては折れ、もう一文字書いては折れを繰り返している。
「…あのな? ルカ。俺も言いたいことはあるぞ?」
「なによっ!?」
キッ!と俺をにらみつけるルカ。鷲掴みしたポテチをバリバリと貪る様子は、とても絵になった。
「…まぁおちつけ。いいか? 今。俺には“此処に在るべき物”が無い。…解るか?」
じっとルカの目を見て話す。子供をしつけるように、ゆっくり、はっきりと問いかけた。
「…わかんない」
ムッとしたまま、そっけなく答えるルカ。チョイっとテーブルを指差す。
「?」
「教科書、ノート、筆記用具、ポテチ、コップ」
「…うん」
で? と、ルカは目で聞き返してきた。
「教科書が“一冊”。ノートが“一冊”。筆記用具が“一人分”ッ!!」
「…あっ!」
おう。やっと解ったか。普通は帰ってきた時点で気付くものなんだが、大目に見てや――
「ジュース無くなった」
「―れるかぁあッ!!」
ズガァアン!と、豪快な音を立てて、テーブルに頭をたたきつける俺。「なにやってんの?」と、小首を傾げるルカ。
「違うだろッ!? 勉強道具一式だろ!? 俺のッ!!」
あぁ、なるほど。みたいな顔をして、ルカはリビングに向かおうとする。
「はぁ…きっと校庭に落としたんだよ…“どっか”の“誰か”が、気絶させるようなマネするから…」
ドッと疲れが押し寄せてきた。
ふと、少し冷静になる。…鞄の中に入っている、針が剥き出しのダーツとか、見つかったらヤバいかもしれない。
「…とってくる…」
「いってら〜」
のそのそと立上る俺を、ひらひらと手を振り見送る雌狐。くそう、後でなかしちゃる。
「あ」
日没後の外出禁止令をルカが思い出したのは、それから三十分後だった。