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少女を殴り飛ばしたのは、まぎれもなく自分の傷口から“生えて”いた。
三ツ又の鞭。
紅く、ほんの少し透明な“血”の色。その一本が、さながら弾丸の様に走ったのだ。拳大の尖端は、鉄球にも見える。嵐の様に感じたのは、すなわち“高速の鞭”だったのだ。空を斬る音が静かに響く。
「…行使ッ!?…私の能力に寄せられたか…目覚めるには早いと踏んでいたけど、とんだ誤算だったようね…」
小さく舌打ちをならし、壁に打ち付けられた肩を抱く少女。不意打ちだったらしく、ダメージは大きかった様だ。
「…ッ!ウグッ」
傷口に視線をおとしたケイスは、酷い吐気に襲われていた。
エタイの知れない物が、自分と神経を共有しているという異質感。
鼻孔を突く、錆びた鉄のような臭い。
剥き出しの神経を撫でる、夜風。
その全てが不快感をあおり、結果的に吐気となっているのだ。
(なんなんだよッ!?何がどうなってんだよッ!!)
ケイスは、自分でも判る程に動揺していた。助けを求めるかのように右往左往する視界は、しかし、求めるモノを見付けられないまま、再び怪異へと吸い込まれていった。
(…あ、アイツか?アイツのせいなのか?…そ、そうだ!そうに決まってる!アイツが兄さんを殺した所から“狂い”始めたんだ!アイツが悪いんだ!アイツは…仇ッ!)
そう、仇だ。
“仇”とはすなわち“敵”。憎むべき、打ち滅ぼすべき、その存在を完全否定するべき存在なのだ。
殺意は更に研ぎ澄まされていく、
三本の鞭は束ねられ、
切り裂く“爪”へと貌を変えた。