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第三話 「ユイ」

放課後の廊下。

壱が教室を出ると角を曲がったところで声が聞こえた。

ユイが上級生らしき三人に囲まれていた。


「影響度12のくせにAクラスの連中と同じ扱い受けてんじゃねえよ」


先頭の男が手を上げた。

指先から青白い電流が走る。

電撃系の能力だ。

ユイは動かなかった。

逃げなかった。

ただ目を閉じた。


壱が歩いてきた。

急がなかった。

走らなかった。

ただ廊下を普通に歩いてきて三人の前で立ち止まった。


「どいてください」


男が壱を見た。

「お前も同じ目に遭いたいか」


電流を壱に向ける。

青白い閃光が廊下を走る。

壱は右手を軽く上げた。

電流が壱の掌の前で止まった。

文字通り空中で静止した。

ビリビリと音だけが鳴り続けている。

男の顔が引きつる。


「な、なんで——」


壱が手を握った。

電流が消えた。

痕跡すら残らなかった。


「能力を無効化したわけじゃないですよ」


壱が言った。

声は平坦だ。


「電流の経路を変えただけです。あなたの能力は今も動いている。ただ、俺には届かないように流れを変えた。それだけ」


三人が固まっている。

壱はそのまま三人の間を歩いて通り抜けた。

ユイの隣に立つ。


「帰りますか」


ユイが目を開けた。

壱を見た。

それから三人を見た。

三人は壱の背中を見ながら一歩も動けずにいる。

「……うん」


二人で廊下を歩き始めた。

三人は何も言わなかった。

角を曲がったところでユイが口を開いた。


「ありがとう」

「別に」

「電流、止めたよね」

「変えただけですよ、経路を」

「……同じじゃないの、それ」


壱は少し考えた。

「そうかもしれない」


ユイが壱を見た。

「あなたって何者なの」


「分からないんですよ、それが」


「……さっき言ってたやつ? 自分が何者か知りたいって」

「そうです」


ユイはしばらく歩いた。

それから言った。


「変な人」

「そうかもしれない」


──


その夜壱は考えた。

ユイの影響度が12という数値。

測定可能な範囲で限りなく低い。

それなのに壱に最初から普通に話しかけてきた。

ERRORに反応しなかった。

特務局に動じなかった。

影響度が低いということはこの世界に与える影響が少ないということだ。

では壱のERRORは影響が多すぎるということだ。


なぜ、影響が多すぎるのか。

壱が特別な何かをしたわけではない。

生まれた時からそうだった。

生まれた時から——


幼少期の記憶が薄い、と壱は気づいた。

あった、という事実はある。

家族がいた。

育った場所がある。

だがその記憶に感触がない。

匂いがない。

温度がない。

テキストで読んだ情報のように事実だけが頭の中にある。

それが当たり前だと思っていた。

今まで。

今日、ユイの廊下の場面を思い出す。

あの電流の熱さ、廊下の蛍光灯の白さ、ユイが目を閉じた瞬間の静けさ。

今日の記憶には感触がある。

なぜ今日にはあって昔にはないのか。


答えが出なかった。

壱は目を閉じた。

また夢を見なかった。


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