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瓶の首を据える

 俺が殺した。


 この人にも家族がいたはずだ、友人がいたはずだ。来たるべき明日があったはずだ。なのに、むごたらしく喉を裂かれ地に落ちた遺体を眺めながらも俺は、罪悪感を感じていない。

 誰かが心に釘を打ちつけたみたいだ。


 スガタミが俺の肩にそっと手を置いた。


「……ありがとう。次はわたしがやるから」


 次。その言葉に対し俺は、反射的に何かを言おうとして、しゃくり上げる。心の釘が微かに浮き、喉の入り口で空気がつっかえた。肺が上手く満たされない。そうだ、これは殺し合いだ。まだまだ人を殺さなければ、元の世界に戻ることは叶わない。


 彼女は何故、こんなにも冷静でいられるのだろうか。


 ……この子とは、生き残ればいずれ殺し合うことになる。ならば、変な情が湧く前に……、いっそのこと、今……。


 斧を持つ左腕が上がらない。腕の筋肉が硬直したように、動かそうとしても小刻みに震えるばかりでいうことを聞かない。


 落ち着け……、何を考えている。俺は今、自分の利益のためにこんな子ども(ガキ)を殺そうとしたのか?


「どうしたの?」


「……ごめん。俺は」


 俺はどうすればいい。再び釘が深く埋まる。自分が何者なのかが、わからなくなる。


「全てのプレイヤー及び、キャラクターに告ぐ」


 突如、地面に転がっていた遺体が口を開いた。事務的な口調で淡々と告げる。


「プログラム上に害虫バグが発生した。ボトルネックだ。直ちに始末せよ」


 首を動かさず、濁った目だけが俺を見ていた。遺体は喉がえぐられているにもかかわらず、滑るように言葉を吐き出す。それは声というより、スピーカーから発せられる電子音声のようだった。


 右腹部に鋭い痛みが走る。


「スガタミさん……!?」


 スガタミが鞘から短剣を引き抜いて、剥き出しの刃をキリンの身体に深々と押し当てていた。俺は慌てて引き離そうと、右手で彼女の頭を鷲掴みにする。


「おい!待てよ、同盟はどうした!」


「ボトルネックを排除する」


 彼女はうわ言のようにつぶやく。腹から血と共に短剣をねじり抜き、うつろな目で俺の顔を見据える。


「くそっ……」


 いったい、どうしてしまったというのか。しかし、マズい、このままでは──。


 そのとき、場の空気が大きく揺れた。


「娘よ。少しばかり、お転婆がすぎるな」


 青白い大きな手がスガタミの細い首筋を、髪の束ごと握り込んだ。彼女はそのまま、母猫に咥えられた子猫のように、ダラリと力なく動かなくなる。


 その手に伸びる先には、黒の着物と袴。腰には刀。そして、頭部は石造りの灯籠頭。キリンの中に恐怖が満ちてゆく。


「お前……!」


「そう身構えるな。儂はこのスキルツリー(ゲーム)を管理する者。名を、ホウトウという。よろしく頼むぞ、我が友よ」


 震える手で斧を構える。


「友だと?寝ぼけてんのか、AI風情が……!どこのステージのキャラか知らんが、お前もゼンナってやつと同じで自我持って暴走したクチだろ。こっちは色々起こりすぎてヒューズがトびそうなんだよ。

 さっき俺の頭にわけわからんスキルを流し込んだのもお前だよな?……答えろよ。お前らはいったい、何がしたいんだ……!!」


「……ふふふ、ふはははははは!!」


 気色が悪い。そう思った。


 ホウトウがキリンの顔に長い指先を向けて笑う。


「坊主。貴様もしや、儂とゼンナのヤツが共犯だと思っているな。残念だが、勘違いだ。今回の一件はな、そんな単純な話ではないのだ」


「何だと?」


「ははは!そんなに睨むんじゃない。……武器を下げな。力んでいては、せっかく塞がりかけている腹の傷が開いてしまう」


「何……?」


 スガタミに刺された右腹部から、血が退くように消えていく。それだけではない、作業着に空いた穴もわれるように塞がる。


 まただ。さっきと同じ……。


「驚いたろう。それが儂の、そしてお前のスキル『検閲官ボトルネック』だ。儂をいぶかる気はわかるが、とりあえず話くらいは聞いてみたらどうだ。

 ──さもなくばその左腕、今すぐ腐り落ちることになるぞ」


「……!?」


 左腕に、熱せられたハンダゴテを多方向から押し当てられたような感覚。俺は反射的に斧を投げ捨て、左腕を確認する。


 腕は彩度が薄れ、輪郭がぼやけ、画質の荒い画像のようだった。

 ホウトウが言う。


「貴様は、Web上のデータを印刷したいとき、そのままの解像度を使い回すのか」


「……何が言いたい」


「そのスキルにおいて、肉体解像度を指定するのは使用者の脳みそだ。脳をPCだとすると、肉体は印刷用紙。

 貴様はこの違いを舐め腐っておる。だから修復した欠損部位の解像度が荒いのだ。Webでの解像度は1インチ72dpi。印刷では350dpi……。極端な話、貴様はWebの解像度で腕を繋げておる。今は儂がパスを繋いで貴様の補助装置として機能しているが、そうでなければその腕は今頃、身体との解像度の差により、くっつくこともままならないだろうな」


 こいつ、何をわけのわからないことを……。


「わけわかんねぇこと言ってんじゃねえよ!……そもそも、この腕はお前に斬り落とされたからこうなったんじゃないのか!」


 小さく舌打ちが聞こえた。ホウトウはキリンの言葉を無視して、わざとらしい咳払いをした。


「さて、本題に入ろう。スキルツリーのキャラクターは全ての個体にAIが搭載されている。それは知っているな。AIはプレイヤーたちとの戦闘の中で、様々な事柄を学習する。その性質上、誰かに悪意を吹き込まれれば、今回のように自我を持ち、暴走する可能性がある。

 儂は唯一、運営によって絶対的なプログラムを施されたAIだ。他のAIが問題を起こした際、それに対処するためのな」


 ウイルス対策のアプリケーション的なものだろうか……。


 キリンは問う。


「絶対的なプログラムって何だよ」


「他のAIと違い、元あるキャラ設定が完璧に固定されていて変化が生じないということだ。悪い自我が芽生えない、運営が想定した通りの働きをする。風邪ひかないようなもんさ」


 そのわりには流暢に喋りやがる。元々打ち込まれた会話能力がそこらのキャラの比じゃないな、こいつ。


「……他のAIが問題起こしたときの対処ってのは?」


「坊主、ボトルネックを知っているか」


「お前のスキル名だろ。人の頭に変なもん流しやがって」


「まあ聞け。ボトルネックは元々、情報の処理を遅らせる『足かせ』って意味なんだが、儂をつくった連中はそういう捉え方はしなかった。万が一があった際、その万が一の危険(AI)データに干渉する。そして運営がゲームをメンテナンスし、その危険に関するプログラムの調整を行うまでの足止めをする検閲官。それが儂というボトルネックだ。

 今回の場合、ゼンナを足止めするのが仕事だったんだが……」


「できなかったと?」


 ホウトウは苦笑いとも嘲笑とも取れる、小さな笑いをこぼしながら言う。


「できなかったんじゃない。儂は検閲官(ボトルネック)としてヤツのデータに干渉し、足止めには成功した。しかし、儂はプログラムの性質上、『危険物の足止め係』というシステムでしかないのだ。それ以上はどうしようもできなかった。

 儂は検閲官ではあるが、それはこのゲームの不具合の進行を遅らせるだけ。『世間一般』でいう危険思想を削除する検閲官とは違う。儂は暴走したAIという危険思想の削除権は持ち合わせていない。処刑人ではないからだ。……儂にゼンナの削除権はない。

 AIの削除権を有するのは運営だけであるが……。まさか運営の連中も、自分たちがつくったAIが自ら新規のプログラムを組んで、ここまでの暴走をしでかすとは……。ましてや、ゲーム内から自分たち運営を殺しに来るなど、想像もしてなかっただろうさ。だが……」


 ホウトウは言葉を紡ぐ。


「ヤツは元より、このゲームの倒すべき『敵キャラクター』として設定されている。つまり、貴様ら人間(プレイヤー)検閲官(ボトルネック)のデータ干渉能力を用いて倒すことができれば、ヤツを削除できるかもしれない。検閲官の、悪いものを削除するという本業を全うできるはずだ」


 ああ、何となく話が見えてきた。嫌な予感がする。


「……つまり、俺がゼンナを殺れと?何故俺なんだ、俺よりも強いプレイヤーなんて他にもいただろう」


 ホウトウの灯籠頭の窓から、大きな一つ目がギョロリと顔を出す。


検閲官ボトルネックはなぁ、データに干渉して処理を遅らせることはできるが、元ある設定をどうこうすることには向かない。人間の脳では通常、スキルを一つ設定するだけが限界だ。それ以上のスキル設定は、処理落ちして脳が自壊する可能性すらある。それでだ、坊主を見つけたときはテンション上がったぜ。なんせ、設定しているスキルがないんだからな。素のフィジカルも申し分なし。正直、こいつ以上の適任はいないと思ったね。

 あとはその頭に刀ぶっ刺して設定スキルが空っぽのストレージに、儂スキルデータをダウンロードして満たせば終いよ」


 駄目だ、目眩がする。


「おい、俺は──」


「悪いが坊主。貴様に拒否権はない。周りを見てみろ」


「……!?」


 いつの間にか、ワニや豚の皮を頭に被った骸骨たちが、キリンを取り囲んでいた。このステージの敵キャラクター「骨兵」だ。数は、20体はいるだろうか。手にはナタや槍を持ち、その刃先をこちらに向けている。


害虫バグは排除する。──検閲官ボトルネックは排除する……」


 骨兵たちは低い声で合唱し、じりじりとこちらに歩み寄る。


「ふははははははは!!」


 いったい何がおかしいのか、ホウトウが快活な笑い声を飛ばした。


「プログラムにバグが発生したら、排除するのが定石だろう?貴様が先ほど、検閲官ボトルネックとしてゼンナのプログラムの一部だった、そこに転がっている男を殺したせいだ。ヤツのプログラムに傷をつけた貴様は、プログラム上の害虫バグとして認識されたってことさ。

 当然だが、ゼンナはその害虫を潰しにくる。儂を除く、全てのステージのキャラクター、この猫みたいに伸びてる娘も含めての全てのプレイヤーが、ゼンナの命令信号によって貴様を殺しにくるぞ!プレイヤーの脳にはヤツのプログラムが組み込まれているから、元の世界に帰るために殺しをするなら、遅かれ早かれこうなることは確定事項だがな!

 坊主。さあ、どうする?戦わなければ、死ぬぞ──?」


 楽しんでいる。こいつは、この状況を楽しんでいる。


 笑う悪魔は、瓶の首を据えた。

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