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データ化

 男が大剣を振り下ろす度、地に亀裂が走り周囲の建物はことごとく沈んだ。しかし、スガタミとその背後に立つキリンにはそよ風すら届かない。

 男はニヤニヤした顔でスガタミに言葉を投げた。


「驚いたな。まさかこの大剣城薙(しろなぎ)の破壊力が通じないとは……。いったいどういうカラクリだぁ?」


 大剣城薙。ステージレベル1の宝箱に、極低確率で封入されている超希少アイテムである。その威力は一振りで40体以上の敵を薙ぎ払うというほど。


 スガタミが口を開く。


「あなた、オオダイコさんでしょ?城薙を使ってどれだけ早くステージボスを倒せるかって遊びをやってるRTA走者。公式ホームページに名前が乗ってたわ。

 最高記録はステージレベル1の8秒、だったかな」


「7秒9.8だ。二度と間違えるんじゃねぇ。俺はタイムに命賭けてんだ」


「そうね、ごめんなさい。でもね、わたし、あなたみたいなプレイスタイルは好きじゃないの。あなたはいかに効率良く建物を破壊してステージボスの元まで辿り着くかだけを考えてるでしょ。正直無粋で品性と頭が足りてないと思うの。だって、そのマップの構造物一つ一つにクリエイターさんの魂が宿っているのよ。それを無視してプレイするなんて……、侮辱以外の何者でもないわ」


「てめぇ……!どう遊ぼうと俺の自由だろ!」


 それはそう。これに関してはスガタミが悪い。俺は彼女の肩に手を置いて言った。


「おい、スガタミさん。怒らせてどうするんだよ。これじゃあ、本当に殺し合うことになるぞ。きみ、手を汚したくないんじゃなかったのか」


保管庫ファイル


 スガタミは火炎瓶を取り出し、すかさずオオダイコに投げつけた。瓶は彼が装備していた赤い鎧の胸部に当たり砕け、瞬時に炎が纏わりつく。


「ぐああぁ!」


 スガタミは小さく溜息をついた。


「もうなってるでしょ。あの人、本気でわたしたちを殺そうとしてる。わたしのアイテムがなかったら七回は死んでるわよ、キリンくん。あと、敵対する相手を煽って何が悪いの?襲ってきたのは向こう。自分の身を守るためなら……、こちらも牙を剥かないと」


 何、このガキ?怖っ。


 火炎瓶のダメージ持続時間は短い。無事鎮火し、頬に火傷を負ったオオダイコが、こちらを睨みながら回復ポーションを飲んでいた。その目が殺意に満ちている。当然だが、とても話し合いに応じてくれそうにない。


「……わかったよ。俺も死にたいわけじゃない。腹の一つや二つぐらい括るさ。何をすればいい?」


「わたしがあいつを削る。あなたはタイミングを見計らって懐に潜り込み、トドメを刺して。……お願い」


「結局汚れ仕事は人任せかよ。良い夢見れねぇぞクソガキが」


「悪いとは思ってる」


 スガタミはアイテムを取り出すと、再びオオダイコめがけて投げつける。


「二度も喰らうかよぉ!」


 彼は城薙の剣先を地に突き刺した。刃から拡散するように光が放出され、飛んできたそれが光によって砕かれる。瞬間、視界に黒煙が広がった。


「煙幕?狡い真似しやがって。だがなぁ、こんなもん一振りで──」


 オオダイコが振りかぶろうとしたそのとき、城薙の波状攻撃を警戒しつつ、鞘に収められたままの短剣を構えたスガタミが突撃する。


 短剣の名は「御負の剣身(ツーマンセル・ダガー)」。その効果は、全ての飛び道具及び遠距離攻撃の無効化。剣身と鞘が触れ合っている状態でのみ効力を発揮する。


 接近したスガタミが視界の悪い煙の中、標的の顔があるであろう位置に向けて、ノーコン全力のスイングを放つ。  


「はあッ!」


「がっ……!?」


 鞘によるアッパーカットが見事顎に命中。畳み掛ける。続けて繰り出された攻撃が、敵の鼻っ面に向けて振り落とされた。二度も打撃をまともに受けたオオダイコは、鼻血を出してふらりとよろめく。


 好機チャンスだ。殺るなら今だ、今しかない。


 彼の背後に回った俺は、そのガラ空きの首を叩き斬るため、斧を振りかぶった。だが、その瞬間。視界のどこにもHPバーがないことに気づく。これが表すことはすなわち、これはやはり現実であるということ。このまま刃を振り下ろせば、彼は死ぬ。俺が殺すことになる。……何故だ。腹なら今括ったはずなのに。

 その一瞬の思考が斧を握る手を鈍らせた。危険を察し、振り向いたオオダイコと目が合う。


「殺らせるかよぉ!!」


 城薙を振り、オオダイコがスキルを発動する。


「──最高加速トップギア


 最高加速、RTA走者オオダイコのスキル。9秒間自身の行動速度を五倍に加速させる。


 回避行動を──否、手遅れ。五倍速の一閃が白い作業着を、そして腹を掻き分けた。血が湧くように溢れ、内臓が体外へまろび出る。俺は、腰の皮一枚繋がった状態で、薄っぺらい布のようにその場に崩れ落ちた。


 死んだ、と思った。痛みはない。無い腹と首すじに、36℃くらいの湯が冷めた風呂に浸からされているような、嫌な感覚が通う。


 声が聞こえた。


「坊主、儂のスキルを使え」


 覚えのある声。誰だったか……。


「貴様には儂のスキルデータのコピーを流し込んである。使いこなしてみろ」


 ……思い出した。俺を斬った侍みたいな灯籠頭だ。人の走馬灯に勝手に出てくるとは……、無いはずの腹が煮えくり立ってくる。腹が、腹が……?


 ほとんど真っ二つだったはずの俺の身体は繋がっていた。作業着にも綻び一つない。

 俺は困惑しながらも斧を杖に立ち上がる。


 攻撃を続行しようとするスガタミは動きが一瞬止まり、オオダイコは声を荒げる。


「は!?てめぇ、何で生きてやがんだ!?寄るな!気持ち悪い!」


 城薙を振るう。その瞬間、俺の目にはその刃が纏う斬撃エフェクトがはっきりと視認できた。波のように滑らかではあるものの、目を凝らすと端の方にはギザギザした細かな四角が無数に見える。これは──。


「画素」


 土埃が舞う。しかし既にキリンの姿はなく、辺りを見回し、少し離れた距離に立つ彼を見つけたオオダイコは思わず眉をひそめた。


「おい、何だそのふざけた見た目は。おちょくってんのか」


「いや……、俺にもよくわからん」


 キリンの身体はまるでレトロゲームのキャラクターのように、大雑把な画素で構成されていた。

 

 ……なんだ?身体がやけに軽い。まるで重力から、いや、空間そのものから切離されたような不思議な感覚。


 反射神経オートマチックによるテストプレイの終了。キリンの身体は元に戻り、脳内に操作マニュアルを圧縮したzipファイルが浮かび上がる。無意識下でそれを瞬時に解凍し、解けたそれが脳に染みわたり、発動する。


 スキル──。


検閲官ボトルネック


 画素。PC、テレビ、スマートフォン、タブレット、エトセトラ……。画素はデジタル文化を構成する最小単位。基本的に画素数が多ければ画像はより鮮明に、データはより重くなる。逆に少なければ画像は荒れて毛羽立ち、データは軽くなる。

 今、スキルの発動によりキリンの身体とその装備品は「一塊のデータ」として認識された。


 俺は脳に染みたマニュアルをロードし、自身の肉体を構成する並の画素数から、極端に数を減らす。


 肉体解像度「低」。


 絹のように軽い身体。キリンは目にも留まらぬ速さで突進する。そのままタックルの要領で肩を標的めがけてぶち当てた。しかし、スピードに反してその威力は軽いものだった。

 オオダイコが少しよろけ、キリンは再び距離を取り、解像度を「並」に戻して愚痴をこぼす。


「ほんと、何なんだよこれ。……マニュアル操作、意識の切り替え?解像度の切り替え、何言ってやがんだこいつは……」


「誰と喋ってるの」


 スガタミが困惑する。脳内でマニュアルを再度読み込み、なんとなくは理解した。

 俺はスガタミに問う。


「スガタミさん。きみ、いくつだ」


「……十三」


「そうか、やっぱガキだな。俺は十七だ。大人から見たら俺もガキだろうし、俺だって手ぇ汚したいわけじゃないけどさ……。やっぱこういうのって大人に近い方がやらなきゃ……、駄目なんだろうな」


 俺は敵に向かい合い、問う。


「……俺は人殺しなんかごめんだ。もしかしたら、殺し合わなくても帰れる方法があるかもしれない。だから……、やめにしないか」


「はぁ?やめるわけねぇだろ。今日は弟の誕生日なんだ。あいつの欲しがってた車のラジコンを買って帰るとこだったのにッ……。くそっ!俺は……、絶対家に帰るんだ!」


 ゼンナによって、オオダイコの脳に刻まれた闘争本能が、彼の心にある帰巣本能と混じり合って爆発する。


最高加速トップギア!」


 スキルバフを乗せ、攻撃を放とうとするその姿を見据え、キリンもスキルを発動させる。肉体解像度を「低」に設定し、変化する身体に顔をしかめながら、へその前で斧を構える。


「そうか。俺も帰りたいよ」


 オオダイコが狂ったように城薙を振り回し、斬撃の波が押し寄せる。しかし、斬撃の隙間を高速で駆け抜け、飛び越え、避けきれなかった波に打たれてもなお、その怪物は止まることを知らない。


 血まみれになり、顔の輪郭がおぼつかない低解像度の怪物が、明確な殺意を持って自分を殺そうとしていた。

 オオダイコの闘争本能を刺激していた洗脳が萎み、空いた隙間に恐怖が挟まりかさってゆく。脳に刷り込まれた他のプレイヤーを殺すというプログラムが消え失せ、ただ「死にたくない」という生存本能が、他の何よりも優先された。

 だが、彼の眼前にやってきたのは「絶望」そのもの。


 オオダイコの喉元に、凄まじい速度で斧が迫る。斧にはもはや、元あった造形やテクスチャなど見る影もなく、画素同士が乱雑に結合したそれは、持ち主の腕と一体化し、まるで昆虫の脚のようだ。

 キリンは、意識下の操作(マニュアル)の元、解像度を上げる。


 肉体解像度「高」。


 腕を伝ってデータ密度を増した高解像度の質量が、カクカクした重い挙動で標的の喉を切り開く。


 この瞬間、俺はこの世界(ゲーム)害虫バグとなった。


***


 告げる。

 

 プレイヤー34名中、1名死亡。

 

 プレイヤーネーム「オオダイコ」。


 本名「大台湖(オオダイコ)将志(マサシ)」21歳。


 大学生。


 十も歳の離れた弟がおり、溺愛している。


 大学の昼休みに友人たちと外食後、スキルツリーをプレイ。夕方、帰宅時に電気屋に立ち寄り、弟への誕生日プレゼントであるスポーツカーのラジコンを選んでいた際、プレイヤーとしてスキルツリー内に送り込まれる。


 加害者:プレイヤーネーム「キリン(松野麒麟)」17歳によって殺害される。


 この日、オオダイコの弟もスキルツリーをプレイしていた。

 弟は肉体をスキルツリー内に転送するプログラムに耐えきれず、頭部を消失。自宅にて死亡。


 唯一の救いは、オオダイコがそれを知らないことであった。

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