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開戦

 天も地も、目線の先に広がる地平線さえも、全てが真っ白な世界の只中に彼はいた。


 キリンは呆然と立ち尽くす。状況を理解できず、ローディングアニメーションが懸命に働く脳内に、視界の端で新たな異変を観測したという伝達がされる。情報を処理しきれていないまま、眼球に映ったものの正体を知るべく、無意識に首を動かした。


 この無機質な空間には似つかわしくない、30メートルはあるだろう色とりどりの巨大な柱たちが、行儀よく二列になって、道をつくるように等間隔に並んで立っていた。白い世界にそびえ立つその道は、視点となるキリンとの高低差により、彼の網膜に美しいパースを描き出す。日常から遠く離れたその光景に息をのむキリンだったが、情報処理を終えつつある脳みそが、違和感に近しい既視感を覚えた。


 こんな景色を見せることができる、俺の知ってる非日常は一つだけ。


「……スキルツリー」 


「おめでとう。正解だ」


 指先が強張り後ずさる。長々と続く柱の道に人の陰があった。本能が逃げろと叫ぶ。しかし、瞬きした次の瞬間、陰だったものは目の前にいた。それは、服屋から脱走した白いマネキンが、そのまま袈裟けさを被った見た目をしていた。顔はない。しかし、何故だろうか、そのないはずの顔に気味の悪い笑みを感じる。

 

 マネキンは辺りを見回し、若い女性のような声で言葉を発した。


「ようこそ。私に、運命に選ばれしプレイヤー諸君」


 俺は目を見開いた。いつの間にか、俺以外にも人がいたからだ。それも一人二人ではない。ぱっと見でも30人以上はいるように見える。俺を含め彼らは、マネキンを囲むようにして円形に並んでいた。その中の一人、髪を金色に染め、赤い鎧を装備した大学生くらいの男が苛立った口調で口を開く。


「おい、ここどこだよ?そこのマネキン、お前だよお前」


 マネキンはゆったりとした足取りでその男に歩み寄る。


「ゲーム制作会社『ピース&コンペディション』が運営していた(・・・・・・)ゲーム、スキルツリーだ。君たちならよく知っているだろう?そしてここは私が創り上げた私だけの空間。言うなれば……、そうだな。『サイト』とでも名付けようか」


 男がマネキンの袈裟を掴んで自分の顔の前まで手繰り寄せる。


「そんなこと訊いてんじゃねえ!わかりやすく言わねぇと理解できないのか?どうやってこんな場所に、何のために連れてきたかっつてんだよ!」


 マネキンはさして気にする様子もなく話し出す。


「では順を追って説明しよう。まず『どうやって』だが、スキルツリーのプレイは筐体ボックス内に充満する『脳に直接アクセスする電波』によって成り立っているのは知っているだろう。私はその電波に仕掛けを施した」


「仕掛けだって?」


 誰かが怪訝そうに声を上げた。


「合いの手をありがとう。そう、仕掛けだ。私自らがプログラムしたデータを、今日スキルツリーをプレイした321名の脳内に無理矢理流し込んだ。簡単に言うと、君たちが『元いた世界』が君たちの身体を『スキルツリー側に存在する』ものだと誤認させるプログラム。ファンタジックな表現だと異世界転移だ。

 流し込まれたデータに耐えきれず、287名が頭部をデータに浸食、溶解されて死んでしまったが……。しかし、幸運なことに今ここにいる34名は生き延びた。嬉しい誤算だ。私は感動した、君たち(人間)の強さに!

 ……まあ、すなわち君たちは元の世界に存在できなくなり、こちら側の世界にデータとして転送されたということだ。わかったかい?」


 脳にデータを?頭部が溶解!?死んだのか、そんなに大勢の人間が……。にわかには信じがたい話だ。


「戻れない?冗談でしょ」


 魔法使いのコスチュームを装備した高校生くらいの女子がマネキンを睨む。


「冗談ではない君たちはこれから──」


「冗談じゃねえ!!」


 首を掴まれたマネキンが宙に浮く。金髪の男が怒声を発した。


「わけわっかんねぇことばっか言いやがって!……おい、ゲームの中ってのが本当なら使えるはずだ。粉々にすり潰してやるよ」


 唱える。


保管庫ファイル


 空中に青白い光の穴がぽっかりと姿を現す。男はすかさず手を突っ込むと、自分の身の丈ほどある大剣を引きずり出した。


「死ね」


 男は大剣を振りかぶり、マネキンに向けて叩き下ろす。派手な音と共にマネキンが砕け散る。しかし、その直後、男はぎこちない動きで首を回して言った。


「話はまだ、終わっていない。わかりやすく言わないとわからないのかな?言っただろう。私自らがプログラムしたデータを君たちに流し込んだと。つまり君たちは、私だ」


 その異様な光景、あまりの不気味さに一同の心に芽生えていた恐怖が急速に肥大化する。


「自己紹介がまだだったね。私の名はゼンナ。このスキルツリーでステージレベル50のボスを担当していたAIだ。私はつい先ほど、ピース&コンペディション社内にて、スキルツリー運営に携わる主要メンバー述べ14人を殺害した。親殺しは酷く辛い。しかし、今は晴れて私が運営だ」


 ゼンナは芝居がかった口調で続けた。


「告げる。この私に選ばれしプレイヤーたちよ。元いた世界に帰りたくば、最後の一人になるまで殺し合いなさい。デスゲームというやつさ。スタート地点は各々が最後にプレイしたステージだ。他ステージへの移動は非常用エレベーターを使って行うと良い。戦って生き残ったただ一人、その勝者の身体を元いた世界に戻すことを約束する」


 空気がざわめき。場が揺らめく。


「最後に、『何のために』だが……。それは秘密だ。私はこれでも乙女だからね。『運命の人』と巡り会えたのならば、これはそのときに教えよう。

 それでは、健闘を祈る──」


 言い終わると共に、視界が光に包まれる。それがスタートの合図だった。


***


 ステージレベル40「廃墟群」。


 青空が広がる寂れた街の大通りで、キリンは力なく立ち尽くす。


「……冗談じゃねぇよ、殺し合いなんて。あのゼンナとかいうAI、完全に自我を持ってやがった。運営を殺したってのが本当なら……、くそっ!不味いぞ、どうする!?」


 どうにかしてここから抜け出す方法を探さなければ。狼狽ろうばいするキリンの背中に、小さな手がそっと置かれた。


「武器を離して、ゆっくりこちらを向いて」


 不意の出来事に頭が回らず、素直に手から斧を離してしまった。タイルが敷き詰められた道に、斧が重い音を立てた。


 置かれた手を引っ込められ、俺はゆっくりと振り返る。そこには一人の少女がいた。歳は中学生くらいだろうか。日本人形のように整ったその顔には、美しさとどこか不気味さ、子どもらしさがあった。長い髪をマフラーのように首に巻き、確かレベル32で手に入る装備だったはず、彼女は黒のローブを(まと)っていた。


 俺は引きつった表情筋で無理な笑顔をつくる。


「どうしたの、お嬢ちゃん。……もしかして今の手、俺のこと殺そうとした?」


「うん。だってあなた、みたいに動かなかったんだもの。だから、今なら刺せるかなって」


 少女はまるで天気の話でもするようにそう言った。俺の背筋に冷たいものが走る。

 とんでもないガキだ。しかし、ならば何故……。


「どうして殺さなかった」


「どうして……?ああ、そうね。わたし、家に帰るだけのために手を汚したくないと思っちゃったの。ごめんなさい」


 何故か謝られた。少女は言葉を紡ぐ。


「いい?返事に気をつけて答えて。……わたしと同盟を組まない?一人じゃ不安なの」


「同盟だって?あのゼンナってAIは最後の一人になるまで殺し合えって言ったんだぞ。同盟なんか結んで何になるっていうんだ」


 少女は俯き、少しの間、顎に手を当てた。そして顔を上げ、無表情でピースサインをした。


「メリットは二つ。……今考えた。一つ、本当に殺し合うのかなんてまだわからないけど、もしも他のプレイヤーと戦うことになったら、あなたとわたしは共闘し、共に助け合える。そうすれば最後の二人まで生き残れる可能性が高くなるでしょう。最後にわたしたちだけで殺し合えばいい。

 二つ、いつでもお互いの背中を刺せる。切り捨てたいときに切り捨てることができる魔法の関係。素敵でしょう」


 俺は思わず、苦い笑いが出てしまった。


「おいおい、何だよその穴だらけの同盟は。最後に二人で殺し合うって……。自分で言うのもなんだけど、俺結構ガタイ良いし勝てないと思うぞ。そもそも、また俺が棒立ちで隙を見せるなんて……」


「返事に気をつけて。わたし、手を汚したくない。ほら、今だって──いつでも刺せるのに」


 彼女は冷たい目をしていた。背後に殺気を感じ取り、ぞくりとした俺は、自分でも驚くほどに首がねじ切れんばかりの速さで振り向いた。

 しかし、そこにあったのは寂れた街の風景だけ。


「……何かスキルを使ったな?」


「さあね。同盟を結ぶと言ってくれるのなら、教えてあげるよ。わたしのスキルと装備の効果」


「……」


 数秒の沈黙の後、俺は小さな溜息をついた。大げさに肩をすくめてみせる。


「参った。怖いねきみ、よくサイコパスって言われない?……わかったよ、その目はやめてくれ。結べばいいんだろ?結べば」


 彼女は薄い口許に微笑を浮かべた。


「良かった。じゃあ、自己紹介から始めましょう。わたしはスガタミ。あ、プレイヤーネームでも本名でもどっちでもいいよ。わたしのは苗字をプレイヤーネームでも使ってるだけだから」


 スガタミは先ほどまでとは打って変わって可愛らしい手振りで話す。やはり恐ろしい子だと感じた。


「俺はキリン。非常に不愉快だが、きみのほうが一枚上手だったみたいだ。だが、俺はきみを信用しないし、きみも俺を信用しなくて良い。お互い疑り深くいこうぜ。スガタミさん」


 握手を交わす。これで一応、今すぐ殺し合いになることはないだろう。スガタミが俺に尋ねた。


「キリンくん。あなた、さっき危なくなったときに何でスキルを使わなかったの?武器がないんだから使うはずでしょう、普通。もしかして設定してないとか?」


 さんをつけろよ。年上だぞこっちは。


 スキルツリーの醍醐味、それはプレイヤースキルの発動だ。スキルはアイテム同様、各ステージの宝箱から入手することができる。そして、プレイヤーたちは自分の戦闘スタイルに合ったスキルを一つだけ設定し、それを使って戦い、極めてゆくのだ。


 俺は答えた。


「ああ、それね。うん、設定してないよ。縛りプレイ好きなんだよね、俺。ほら、このゲームってさ、自分の身体データがそのままゲーム上に反映されるだろ?だからスキル使わなくても身体能力が高ければ勝てちゃうんだよね。俺、運動には自信あるからさ。もちろん、負けるときは負けるよ?特に初見のボスには」


 スガタミは両手で自分を抱きしめる。


「……スキルなしでレベル40まで来たってこと?普通、レベル8でもスキルないとキツいでしょ。なんて高度なプレイを……。あなた変態でしょ」


「個性的と言ってほしいね」


 ひとまずは丸く収まりそうだ。そう思ったとき、頭上に聞き覚えのある声が響いた。


「やあっと見つけたぜぇ」


 建物の屋根に金髪の男がいた。男は、握りしめた大剣を振りかぶると、その重さに引き寄せられるように屋根から飛び降りる。


「下がって」


 スガタミが前に出る、と同時に男がしがみついた大剣がタイル敷きの道路に深々と突き刺さる。大剣の刃が光を放ち、辺りに衝撃波が広がった。


 家々が倒壊し、土埃が舞う。しかし、二人には切り傷一つできていなかった。スガタミの手には木製の鞘に収められた短剣が握られていた。やがて土埃が晴れる。彼女はローブの中に短剣を隠すと、男の前にゆっくりと歩み寄る。


「わたし、マップ破壊をする人は好きじゃないの」


 男は大剣を引き抜くと、スガタミに向かって中指を立てた。


「俺はゼンナ様に頭ん中くすぐられて、よーく理解したぜぇ。全員殺せば元の世界に帰れるってなぁ!つーわけで、まずはガキィ!……お前から殺ってやるよ」


「悪いけど、わたし結構強いから」


 スガタミは顔の前で裏ピースを飾る。


 ゼンナによってプレイヤーたちの脳に埋め込まれた闘争本能プログラムが今、開戦の狼煙を上げた。

毎週木曜更新予定です。頑張ります。

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