アーケードゲーム
楽しんで頂きたい。
友人が死んだ。
同じ部活で高め合い、互いに認め、ときには皮肉をぶつけて笑った仲だった。コウスケが死んだのは一ヶ月前のことだ。一ヶ月も経てば立ち直れるものと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。俺はそんなに強い人間ではなかった。気だるい。心臓から吐き出される血液が全て、墨汁のように真っ黒なものに変わってしまったとさえ感じる。
コウスケの死は不可解なものだった。なぜ死んだのか。学校では市内のホテルで死んでいたとしか伝えられなかった。誰かに殺されたのか、何か病気でも抱えていたのか。いずれにせよ、納得できない。俺はコウスケの家を訪ねた。最初、あいつの両親は押し黙っていたが、こちらがあんまりにも泣きつくものだから、苦悶に満ちた顔で教えてくれた。
コウスケの遺体には頭部がなかった。部屋は何者かと争った形跡などは見当たらなかったらしい。部屋の状況からの推測、遺体解剖、ホテルの履歴確認、自殺の可能性、全て検証済み。それでも、事件は未だ闇の中。
ふざけた話だと思った。……本当に、ふざけている。
***
11月21日、インターネット記念日。
彼は歩いていた。学生カバンを肩に引っかけ、学ランのポケットに両手を突っ込み、長い背中を猫のように丸めて。思春期特有の荒々しさと痛み、悲しみを引っ提げて、彼は歩いていた。
名は松野麒麟。
歳は十七。部活は二週間前に辞めた。部活のために刈っていた坊主頭は、毛が尖りやや伸びてきた。麒麟は日が暮れ行く街の中で、だだっ広い駅の構内をひたすらに歩く。
構内を抜け、地下への階段をゆらりふらりと降りていると、賑やかだとも、雑音だとも受けとれる音が聞こえてきた。ゲームセンターだ。脚を止め、つぶやく。
「……スキルツリー。コウスケとよく遊んだな。部活終わりに……」
彼は階段を降り、吸い寄せらるようにゲームセンターへと入った。
クレーンゲームやレーシングゲーム、リズムゲームやプリクラが並ぶ中、それらを無視して奥へ奥へと進んで行く。
「なんだか久しぶりだな」
壁に沿う形で、電話ボックスほどのサイズの黒い箱が十二個連なっている。そのうち六つは使用中のようだ。
俺は手近にあった筐体に歩み寄ると、扉の鍵穴にコインを入れ、取っ手に指をかけた。扉にはゲーム制作会社「ピース&コンペディション」のロゴがプリントされている。中に入ると、スペースのほとんどを占領する赤茶色の椅子と、壁に設置されたタブレット端末しか物がない狭い空間が現れた。女性のようなAI音声が会員証の提示を求めてくる。財布から取り出し、慣れた手つきでタブレットに押し当て、読み込ませた。数秒の間の後、音声が知らせる。
「プレイヤーネーム『キリン』の認証が完了しました。椅子にかけてお待ちください。──お待たせしました。スキャンを開始します」
宣言と同時に足元から中途半端に伸びた坊主頭の先まで、舐め回すかのように半透明のレーザー光を当てられた。タブレット上に俺の身体のモデリングデータが表示される。
「スキャン完了。脳波良好。ソロプレイ、通信プレイ、どちらかを……」
「ソロ」
「ステージレベルは……」
「40」
「プレイを開始しますか」
「Yes」
声が告げる。
「それでは、良き戦いを──」
俺は深く目を閉じ、そして開く。眼前には朽ち果て、廃墟と化した街と青い空が広がっていた。服は学ランから、白い作業着に変わっており、手には錆びた斧を握っている。視界の左上には自身の残り体力を示すHPバーが青く光る。斧を振り上げると、手首が重力に引き寄せられるのを感じられた。
「相変わらず重いな。お前は」
アミューズメント型リアルアクション・アーケードゲーム「スキルツリー」。株式会社ピース&コンペディションが最新技術を取り入れて開発した、新時代のゲーム筐体である。プレイヤーの身体情報をスキャンし、モデリングすることでゲーム内アバターを作成。筐体内は人間の脳に直接アクセスできる特殊な電波で満たされており、この電波によって脳内にゲームデータを映し出す。すなわち、その技術はVRゴーグルなしでの一人称プレイを可能とした。
ゲームモードは二つ。1〜50レベルまでの難易度を選び、ステージ内の敵キャラクターを討伐するソロモード。近くの筐体と連携して複数人でプレイできる通信モードがある。
突然、壁にコケが生えた建物の陰から敵が飛び出してきた。骸骨がワニの頭を被り、手にはナタを持っている。キリンは左足を半歩後退させ、両手でへその前に斧を構える。そして骸骨に言葉を向けた。
「やあ、おいでなすったか……」
スキルツリーの敵キャラクターにはピース&コンペディションが開発したAIが搭載されている。その性能は……、
「ああ!来たぜ。お前のはらわたを引きずり出すためになぁ!じゃあさっそく、あばよ!」
プレイヤーとの簡単な会話をこなし、「リアルなキャラクター」を演出しながら武器を振り回して襲いかかってくるほどである。
敵の接近に呼応するように、キリンの左拳に力がこもる。そして相手のナタが振り落とされようとしたその瞬間、左足で地を蹴る。──と共に最小限の動きで斧を左へ動かし、刃が空気中を滑るかのような洗練された軌道で、放つ。
「オラああぁ!!」
鋭い胴打ちが骸骨の背骨に突き刺さり、そのまま駆け抜け、刃は振れて宙を走る。ガラガラと音を立てて崩れる敵を横目に、微かな掌の痺れと、振り抜いた刃先に宿った遠心力の余韻に浸る。
「こちとら剣道三段だぜ。そう簡単に負けねぇよ」
キリンは斧を構え直し、腰に収める真似をした。
スキルツリーではアバターの衣装、装備アイテムのカスタマイズが可能だ。自身のファイル(アイテムボックス)内のアイテムであれば、いつでも取り出し、使用したり装備品を変更することができる。新規アイテムを入手する際は、各レベルのステージ内に設置された宝箱を開ける、または建築物を破壊するといった工程が必要だ。稀に、一振りで敵の大群を一網打尽にする魔法の大剣や、一定時間透明になれる鎧兜といったチート級武具が手に入ることもある。そういった宝探し要素はプレイヤーたちから高く評価されていた。……ただの一人を除いて。
キリンは、「強い武器を使えば強いのは当然」という強い逆張り思想の元、弱い武器を使うことに固執していた。彼が装備している斧「鈍刃な木こり」は、このゲームを始めた際にレベル2のステージで入手した低級武器だ。この斧は別段特殊効果があるというわけでもなく、見た目も薪割り用の斧が錆びついたようで、とてもかっこいいとは言えない。だが、この飾らない性能とくたびれた見た目が、キリンの逆張り精神に触れた。彼はこの斧を愛用し、今までにレベル39までの各ボスの討伐に成功している。短い柄は取り回しが良く、敵の接近と同時に高速で振り抜くことができた。この誰も使わない低級武器は、彼のこだわりと戦闘スタイルとの相性が抜群だったのだ。白い作業着に関しては、レベル5の工業地帯で手に入れて以降、なんとなくお洒落だね、イカすぜ。という理由で着ているだけである。
「久々にやったが、やっぱ楽しいな、このゲーム。……あいつがいたら、もっと──」
空気が揺れるのを感じる。狙われている。肌がピリピリと痺れる、このレベルの振動は、まさか……。
「ステージボスの登場か。こっちから探しに行く手間が省けるぜ」
敵の位置を探ろうと廃墟群に目を向けた刹那、斧を持っていたキリンの左腕が血飛沫と共に宙を舞う。作業着が一瞬にして赤く染みる。何が起こったのか、脳が理解を拒む。一秒ほどの硬直の後、地獄を煮詰めて圧縮し詰め込んだような、凄まじい痛みが襲いくる。
「!?」
わけもわからず左肩を庇うようにして右半身で地面に倒れた。脳が不愉快だと喚くように、騒がしい痛みを伝達し続ける。まるで傷口が焼けるようだ。
おかしい……。このゲームには本来、身体の欠損表現を始め、出血、そして痛覚は実装されていないはずだ。
視界の片隅で、そこにあるはずのHPバーがいつの間にか消えている。
地面でのたうつ俺の顔に刀の切先が突きつけられた。




