忘れたあなたと繋ぐ僕
3代目の勇者……の話ではなく、彼女と一緒に旅をしたとある男の話です。
私が愛した人は私のせいで亡くなった。
私が愛した人の国は私のせいで無くなった。
私が大切にしていたものは、私のせいでなくなった。なくなってしまった。消えてしまった。
「ーーごめんなさい。ごめんなさい。私のせいで。私が悪魔だから。異端だから。あなたを、あなたが愛して、守りたかった国を私がこわした。私がいるせいで」
「君のせいじゃない。わたしのせいでもない。この国の人間のせいでもない。悪いのは身勝手に決めつけて、壊して、殺して、君を苦しめた人間だ。ーーだから、泣かないで。お願いだから」
そういう彼は体の腰から下がズタボロで喋るのもキツいはずなのに私にただただ励ましの言葉をかける。
「ねえ、お願いだから。最後くらい笑って?君の歌を聞かせてよ。わたしは君の歌が大好きなんだ」
彼はそうやって笑うが、私と彼の周りはほとんどが崩壊し、一部は燃えて、死体もある。
この状況を作るきっかけとなったのが自分だというのに、彼も、この国の人々も私を責めることはしなかった。
だからだろうか?私はひどく罪悪感に蝕まれ、彼が事切れた時と共に、私は、彼のことを彼の名前を、彼がつけてくれた私の名前も記憶から
消えてしまった。
「ーーーーから」
最後に、彼が残していった言葉さえも。
「ーー頼む!彼女を、救ってくれ!!」
声が聞こえた。その瞬間、目の前が眩しく光った。
「ここはーー」
そして、目が覚めるとそこは見知らぬ地だった。
頭がズキっと痛み、記憶が流れ込んでくる。
(そうだ。僕はあの人に頼まれて……)
自分は異世界から来た。日本という国で生まれ、持病により死んだ。だけど、神様がチャンスをくれた。彼の願いを叶えてくれるのなら君に別の世界での人生を与えよう、と。
「会わなくちゃ。あの人に」
彼は言った。
『会えばわかる。黒い髪に真紅の瞳。人里からは隠れて暮らしていてとても優しい心の持ち主。時間がないから話せないけど彼女にあったら聞いてほしい。こんなお願いだけど頼めないかな』
僕はずっと病院にいたからわからなかった。見舞いに来てくれた両親はずっと苦しそうな顔をしていたし、みんな優しく接してくれた。だから、わからなかった。この人がなんでここまで頼み込んでいるのか。『約束』というものは時に人を呪いのように縛ってしまう。
彼はその人に約束をした。でも、その人は彼を亡くしたショックで忘れてしまった。
それなのに、どうして、どうして。
『どうしてそこまでするんですか?』
だから聞いた。
忘れた相手になぜ、そこまでするのか。
『彼女は優しいから、悪い人たちが誰かと引き換えに命を差し出せと言ったら抵抗もなく差し出すだろう。それがたとえ、相手が彼女を殺すためだとしても。
彼女は自分が生きていることが罪だと思っているんだ。でも死ねない。それは、彼女が生に少しでも意味を持っているから。
レンくん。わたしは君にかけているんだ。だからどうか、彼女を救ってくれ』
生きる意味。僕だって生に執着はある。ずっと病院にいたからやりたいことだってたくさんある。
「ぼ、くはッ!」
『うん。君ができなかったことをこの世界で彼女と一緒にたくさんやってくれ。健闘を祈るよ』
「は、い」
思い出していたらいつのまにか涙が出ていた。
ほおを伝う冷たい感触に気づき、僕は目を擦る。
「目を擦ってはいけないよ」
「ーーえ」
声のした方を向くとそこには漆黒の髪と真紅の瞳を持つ女性が心配そうな顔でこっちを見ていた。
「エレノア、さん」
「……わたしのこと、知ってるの?」
知ってるも何も彼女は今まさに探そうとしていた人物で。
困惑しているであろう彼女にレンはポケットから手紙を取り出す。
彼から渡すように言われたものだ。
「あの、これ」
「ーーこれは?」
「とある人から預かっていて……あの、あなたのところで魔法を教わりたいんです!」
エレノアはレンの言葉を聞きながら手紙に目を通す。
すると、突然彼女の頬に水がつたった。
泣いているのだ。
「ーーあれ? 私はなんで泣いて……?」
その手紙はレンに彼女を救って欲しいと頼んだ男からのものだ。
彼女が泣いているのを見てレンはまだどこかで彼のことをエレノアが覚えていることを確信する。
彼女は目から溢れ出る涙を止めようと先ほどレンに言ったばかりなのに自分の目を擦ろうとした。その時だった。
『目を擦っちゃダメだ。その時は優しくハンカチで』
「ーーっえ?」
今、自分の頭の中に流れた記憶は何なのだろうか。
自分は誰にそのことを教えてもらったのか。
思い出そうとすると霧がかかったように霞んで思い出せなくなる。だが、今確かに自分の記憶の中に流れたのはーー。
急に動かなくなったエレノアにレンは混乱しながらどう声をかけようか考える。
そんな彼にエレノアはこう言った。
「あなたの名前は?」
「っえ?! あ、僕はレンっていいます。ただの少し寿命が長いだけの人間、です」
「レン、いいよ。私の元で好きなだけ魔法を学びなさい。あなたとなら、私の空白の5年間を思い出せそうなんだ」
「え? え?」
「私はエレノア。ただの記憶をなくした吸血鬼さ」
こうして、レンとエレノアの生活は始まった。
△▼△
エレノアとレン会ってから一年以上が過ぎた。
レンは順調に魔法を学び、エレノアは断片的にだが、記憶を取り戻し始めた。
しかし、事件は唐突に起きた。
「――エレノアさんッ!」
突然来た教団のようなものにエレノアが連れ去られてしまった。しかも、ともに住んでいたレンは何故か彼女の被害者として扱われた。
周りにいる人は全員、可愛そうだと言う。辛かっただろうと言う。
(何も知らないお前らが語るな! 真実も知らず、彼女の言うことも聞かず、あの国を屠ったお前たちが!!)
彼らの背負っている印は彼に教えてもらった印と全く同じで彼は憎しみが溢れてきていた。
(くそっ! 魔力があるとわかった瞬間に魔力封じの枷までご丁寧にしやがって……!)
早く彼女を助けなければならないのに。約束したのに。このままでは彼女が殺されてしま「ほれ。お前の師匠の首だそ」
「――は、?」
眼の前にはずっと見てきた毎日の夜に見てきた彼女の頭が転がっていて。眼の前にいる男はなんと言った。眼の前で満足そうにしている男の顔を見てレンの頭は糸が切れたように冷静になった。動かなくなった彼に男は近づきていく。あと少しで顔が見れるというところに来て男の体が突然燃え上がった。
「ぐっ、があああああああああああ何をするううう、なにを、きっさまあああああああ」
男がレンに触れる直前に男は灰になってそしてそれも燃えて消え去った。異常事態に気づいた教団員が来るが皆、彼の視界に入った瞬間に燃える。逃げ出そうとしたものもいたが彼の視界に一度でも、少しでも入ったものはすべて燃えた。灰すらも残らぬまま次々と人々が消えていく。その光景は地獄そのものだった。
全てを燃やし尽くした彼はエレノアの首を持って家のある丘へと向かう。そして、家の庭の横に彼女の墓を作った。彼女の首を仮装し骨を埋める。
簡易的なものであることを心の中で申し訳ないと思いながら彼は彼女の墓の前で手を合わせる。
「ーーふっ、うぐっ、ふっ、うっ。すみません、ごめんなさい。約束、守れなくて、あなたを守れなくて、ごめんなさい」
泣いてもどれだけ言おうと言葉が返ってくることはない。そのことを頭では理解していながらも彼の口から出るのは謝罪と嗚咽だった。
この出来事は彼の中に深く刻まれた。彼はこの場所から離れたかった。離れたかったというよりかは、この出来事を多くの人に伝えて差別というものが消えればいいと思った。そう願った。しかし、願うだけでは意味がないことを理解してしまった彼はこの場から一刻も早く離れ各地を回ろうと考えた。
「そして、その人物は今も各地を周り、人々にその詩を語りまわっているのです」
「……かなしいはなしだね、おにいちゃん」
話を語り終えた彼は話を聞いてくれていた子供達の顔を一人一人見る。皆、悲しそうな顔をしていたが前にいる子は特に悲しそうな顔をしていた。彼女の瞳は赤と青のオッドアイだ。周りの子はそれを気にせず接しているようだが、昔はそうでもなかったのかもしれない。もしくは、今もどこかで……。
「お兄さん! 僕、この話みんなに言う! それでね、みんなに人を見た目で判断するのは良くないって言う! な、みんな!!」
「うん。だって、私だってそういうこと言われたことある! ここにきてからはないけどすごく嫌になる。目の前が真っ暗になって、だれも、信じられなくなる……」
茶髪のこの言葉にオッドアイの子が応える。
他の子供たちもしっかりと頷いていた。
「その心がけのまま、大人になっていろんなところを巡って広めてくれたら嬉しいな」
「あっ! 勇者さま!!」
赤い髪の女性が彼の横に立って子供たちに言う。
彼女は勇者と呼ばれる存在だ。世界の崩れたパワーバランスを元に戻すために彼女は旅をしている。
「レンもいい加減前を向け。いつまでも後悔していたらこの子たちに先越されるぞ」
「……うん。そうだね。だけど、僕はまだ過去の自分を許せない」
レンはまだ、過去にエレノアと長く離れて彼女を助けれなかったことを悔やんでいる。それだけのことだったのだから仕方がないと思う反面、それが彼自身の成長を妨げる原因となっていることに気づいている彼女はレンに向かって言う。
「だからといって、後ろばかり見てるといつか壊れるぞ」
「……ちょっと丘の上に行ってくる」
後ろばかり、過去ばかり見ているといつかは自分自身を壊してしまう。それはわかっていた。わかってはいるが、まだ抵抗があった。自分はもっとできたのではないかと。あの時、ああしていれば、こうしていれば。
(あれ、この丘家のある場所に似てる)
沈んでいく太陽をじっと見ながら頭の中でそう思う。不思議なことをあるものだなとその場から動かないでいた。ふいに頭の中に声が響いた。『君は良くやってくれた。ありがとう』と。
その言葉に、レンの目から涙が溢れ出した。5年前約束をして半年が経って結局手できなくて。自分が泣くのはいつぶりだろうか。ポタポタと溢れる涙に戸惑いながらもそれを止めようと目を擦ろうとする。
『目を擦ってはいけないよ』
頭の中に響いたのは懐かしい彼女の声。「ごめんなさい、ごめんなさい」そう何度も繰り返してあの日初めて人を殺した感覚が忘れられなくて自分が自分でなくなるような気がした。
それから長い年月が経って楽しかった思い出を、彼女との記憶を語ってきた。まさか、こんな遠く離れた場所で彼女との出会いと彼の声を聞くなんて思いもしなかった。
『ありがとう。レンくん。わたしの願いを聞いてくれて』
『レン、あなたは過去に囚われなくていいんです。あなたの側にはもう支えてくれる人がいる』
『『どうか、あなたに精霊の祝福が、導きがあらんことを』』
それを最後に聞こえなくなった声。夢のようで夢だと思いたくない出来事。あの日から夜になると見えていたあの、自分の炎は、幻覚は、もう見えなくなっていた。
△▼△
ふたつの墓の前に手を合わせ「行ってきます」と伝える。声は当然帰ってこないがそれでもいい。
2人は2人の魂は忘れてたとしてもまた巡り会えただろうか。
「レン、伝えたか」
「うん。行ってきますって。あ! あと、お嫁さんができましたって」
「親、みたいな人たちだったんだな」
「……うん」
結婚して相棒であり夫婦になった僕たちは墓の前でそう話す。これからまた旅に出る僕たちは最後、この場所に来ることにしていたのだ。
「じゃあ、行こう、レン」
「うん、そうだね、サナ。じゃあ、行ってくるよ」
そう言って立ち上がる。風が強く吹いて僕の背中を押した。まるで「行っておいで」というように。
美しい、色とりどりの花が咲くこの花畑はかつて僕とあの人があった最初の場所であり、彼女と彼が出会った最初の場所であった。
Fin
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