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第6章 虹 ①

 サンカリがシーヴェンに初めて会ったのは四歳のときだ。

 もう十年も前になる。

 それ以来、彼とともに過ごさなかった日はない。

 それなのに。

 サンカリは友の死の予兆に気づけなかった。

 何故気づかなかったのか。違和感はたくさんあったはずなのに。

 かつて見せたことのないほどの疲労。毛並みの微妙な変化。不可解な言動。どれもこれも、彼の変調を知らせていたのだ。

 シーヴェンは言った。明日もやってね、と。アルデオ・アルブランカの貨物室でブラッシングをしたサンカリに向けて、確かにそう言ったのだ。あの言葉は、その願いがもう叶わないものだと知っての言葉だったのだ。

「ねえ、イラピタヤ」

「はい」

「竜守って何なの?」

「竜の台座が二度と甦らないことを望んだあなたたちの先祖は、そのための手段として竜を用いることにしたのです。そして竜守とは、そのときが来るまで竜を維持存続する役目を負ったものです」

 竜を維持存続。サンカリは口の中でイラピタヤの言葉を反芻した。

 竜とともに生きてきた。そう思っていた。竜とともに生きよ、の言葉の意味をサンカリなりに考えてサンカリなりに実行してきた。そう思っていた。

 でも、違ったのかもしれない。

 虹の石は竜と竜守の絆の証ではなかったのかもしれない。シーヴェンにとっては、自分の命を縛る鎖のようなものだったのかもしれない。望むと望まざるとにかかわらず、虹の石から離れることは出来ない。それが彼の命のすべてだったのかもしれない。

 金色の翼の美しさに感動したことも、目を細める仕草が笑顔なのだと気づいて嬉しかったことも、毎日のブラッシングも、空の散歩も、サンカリがシーヴェンとともに過ごしてきた何もかもが、竜とともに生きることではなかったのかもしれない。サンカリとシーヴェンの「竜とともに生きよ」はどうしようもないほど決定的に食い違っていたのかもしれない。

 ──竜の台座は二度と甦らせてはならない。

 シーヴェンはそれを約束と表現した。自分とサンカリの先祖との約束だ、と。しかし、本当は違ったのではないだろうか。お互いの信頼の上に成り立つ「約束」などというものではなく、一方的な「命令」だったのでは。

 シーヴェンは自分の意思で約束を果たそうとしていたのではなく、命ぜられたことをひたすら遂行しようとしていただけだったのでは。竜守に維持管理され、使役される兵器として、己の命を投げ出してでも。

 シーヴェンの望みだから一緒に叶えようと思ったのだ。シーヴェンが竜の台座の復活を阻止しようというのなら、僕も一緒に、と。それが竜守の役目だと思った。「竜とともに生きよ」を全うすることになると思ったのだ。

 何故シーヴェンがそれを望んでいるのかなんて考えもしなかった。ただともにあろうとしたことは、間違いだったのかもしれない。体を張ってでも止めるべきだったのではないか。兵器としてのシーヴェンの後押しをしてしまったのではないか。

 もう確かめることは出来ない。

 けたたましいサイレンが鳴り響いた。

「な、何? 何の音?」

「中枢塔の扉が、認証された虹の石によって開かれました」

「僕にも分かる言葉で言ってよ、イラピタヤ。中枢塔って何?」

「中枢塔とは、竜の台座を浮遊させたり、防衛機能を管理したりするための、つまりは竜の台座を竜の台座たらしめる主要機関を内蔵した塔です」

「デゼルターがその塔の中に入ったってこと?」

 イラピタヤはこくりと頷いた。それから空の一方向をじっと見つめたまま動かなくなった。

「何か近づいてきます。……空を飛ぶ船ですね」

 サンカリもイラピタヤと同じ方向を見上げた。遮るものの何もない空の遥か彼方に黒い塊が見えた。

「軍の飛行艇団だ」

 一隻や二隻などではない、数え切れないほどの飛行艇が一丸となって竜の台座を目指して進んできていた。陣形を組んで飛行する飛行艇たちが一つの大きな塊に見えていたのだ。

 アルデオ・アルブランカが合流した飛行艇部隊がとうとう竜の台座へと到着したのだった。

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