表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/30

第5章 竜の台座 ⑤

 サンカリたちが目を覚ました踊り場は、竜の台座という巨大な構造物の上から下まで続く長い階段の中腹あたりにあるようだ。サンカリたちの間にある高い壁はどこまでも続いていて、合流できそうもなく、仕方なく、二手に分かれてデゼルタ―を探すことにした。

 サンカリはティテと別れて一人で階段を降りていった。壁には一定の間隔で四角い穴が開いているが、とても小さくて見通しは悪い。天井はないので上は開けているが、見えるのは青い空だけだ。

 行き先も分からないまま進み続けることは不安で不気味だった。青にも白にも見える不思議な材質で出来た壁が延々と続く道。ときたま脇道や分岐点が現れはするのだが、そのどれもこれもが同じものに見えてしまい、出口のない、終わることのない階段を進んでいる気になってしまう。

(まさか本当に同じところをぐるぐると回ってるわけないよね)

 そんなことを考えてしまう、そのときだった──。

 目の前を人影が通り過ぎた。

 下り階段と直行する道を一人の男が通り過ぎていったのだ。

 サンカリは足音を立てないように注意深く男のあとを追い、後ろ姿を観察した。

 違う。デゼルターではなかった。

 男は真っ直ぐ前を見て、左右の足を全く同じ歩幅で前後させ、頭も肩もほとんど上下させない機械のような歩き方で歩いていた。右手には、赤ん坊ほどの大きさのケースを提げていた。前部分が細く、後ろに行くにしたがって太くなる独特の形をしており、ちょうど真ん中あたりに取っ手があって、男はそこを持って提げていた。

(バイオリン……?)

 サンカリの記憶違いでなければ、以前に父がギター用の消耗品を買うのについていった楽器店で見たバイオリンのケースと同じ形をしていた。

「あ、あの!」

 サンカリは思い切って男の背中に声をかけた。

「はい」

 男は綺麗に百八十度振り向いた。世界中のすべての男の顔を平均したらこういう顔になりそうな、特徴がないことが最大の特徴のような顔立ちの男だった。誰もいないはずのこの場所の空気に自然と馴染んでいて、ここにいても何ら不思議ではないと思ってしまう妙な説得力を持っていた。

「人を探しているんです。黒い軍服を着た男を見ませんでしたか?」

「ええ、見ましたよ、竜守の子よ」

「え?」

「イラピタヤです」

 男は不思議な響きの言葉を発した。

「ここに眠る方たちのために演奏しています」

 男はぴんと伸びた背筋を折り目正しく曲げて礼をした。男が自分の役割を説明したことで、どうやら男は自己紹介をして、イラピタヤというのが男の名前なのだということが分かった。

「……じゃあ、イラピタヤ。僕が竜守だとどうして知っているの?」

「知っていたわけではありません。ですが、あなたの体には強烈な竜の匂いが染みついています。ですから、すぐに分かりました、竜守の子よ」

 イラピタヤはそれだけ言うとさっさと歩き出してしまった。

「あ、ちょっと!」

「はい」

 イラピタヤは機械的な動作で振り向いた。

「どこへ行くの?」

「ここに眠る方たちのために演奏をしに行きます」

 答えになっているようでなっていない。イラピタヤは再び歩き出した。彼は必要最小限の事柄を必要最小限の言葉でしか喋らないので、会話は成立してもコミュニケーションは成立しなかった。

 イラピタヤは迷いなく進んでいった。最初の分岐点を左に、次に現れた脇道に入り、また曲がったところの階段を下りていき……という風に、立ち止まったり逡巡したりするような素振りを一度も見せなかった。迷路のように複雑なこの階段の地図が完璧に頭の中に入っているようだった。

 道の両側にそそり立つ壁がなくなり、視界が開けた。

「うわあ」

 そこにあったのは、ため息の出るような光景だった。

 サンカリの眼下には整然と区画された街並みが広がっていた。舗装された大通りの両側に建造物が列を作り、その隙間を道路や街路が縦横に巡っている。道は竜の台座の外壁と同じ青と白の中間色の材質で構成され、一定間隔で植えられた街路樹や花壇が彩りを添えている。街そのものが恐ろしいほど美しいガラス細工ようだった。

「ここが、竜の台座」

 それだけ口にするのがやっとだった。鮮烈な印象を与える街並みだった。しかし、それと同時にとてつもなく異様でもあった。街があり、建物があり、道があったが、そこに人の生活の息吹は一切感じられなかった。音のない世界だけがどこまでも続いていた。街は死んでいた。

 イラピタヤにとって街の様子は見慣れた風景なのだろう、見向きもせず、街を通り過ぎていった。彼は街の外れまで歩いていき、そこに建つ大きな門をくぐった。サンカリの背丈の倍以上もある巨大な門は飾り気のない質素なもので、門の左右にはどこまでも柵が続いている。

 サンカリはイラピタヤに続いて中へ入っていった。

 足首に届くかどうかという程度の短い草が生い茂る草原だった。綺麗に生え揃った緑色の草たちが空の光を健康そうな葉の表面に受け止めて照り返している。

 草原の中には奇妙な物体があった。サンカリでも一抱えに出来そうなほどの小ささの、寂しげな黒い立方体。表面は鏡のようにつややかそうに見えるが、サンカリの顔を映し込むことはなく、光さえも吸い込んでただ静かに鎮座している。天面には素朴な字体で文字が書いてある。サンカリには読むことは出来なかったが。

 その立方体が無数に並んでいた。縦にも横にも、気が遠くなりそうなほどの数が。

「申し訳ありませんが、演奏の時間なので少し待っていてください」

 イラピタヤはケースのロックを外し、中からバイオリンと弓を取り出した。サンカリの思ったとおり、ケースの中身はバイオリンだった。

 おもむろに演奏を始めた。

 静かな曲だった。そして悲しげな曲だった。

 バイオリンの弦の震える音が風に乗って草原に響き渡っていく。

 鎮魂歌だ。不意にサンカリは気づいた。この曲は鎮魂歌だ。ここに並ぶ黒い石は墓石なのだ。この辺り一帯すべて、墓地なのだ。見渡す限り、どこまでも。

 この曲はここで永く眠る人たちへの手向けだ。誰かの涙の代わりに演奏される曲なのだ。

 やがてバイオリンの演奏は風に消えて潰えるように終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ