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第5章 竜の台座 ①

 まだ夜が明けきらないうちだった。

「二人とも、起きてくれ」

 頭の上から声をかけられて、ティテは目を覚ました。見上げると、ソティラスが眉間に皺を寄せて立っていた。後ろに数人の部下を従えている。

「どうしたんですか? 何かあったんですか?」

 ティテは隣で睡魔に掴まったままのサンカリを揺り起こしながらソティラスに尋ねた。部下たちは全員が腰に真っ直ぐで幅広な剣を佩いていた。不穏な状況であるということを肌でぴりぴりと感じた。

「君たちにとっては悪い知らせだ。一度、引き返すことになった」

「え!?」

 まだ寝ぼけ眼だったサンカリがソティラスの言葉に跳ね起きた。

「どうしてですか? せっかくここまで来たのに」

 二人でくるまっていた毛布がはだけて貨物室の冷たい床に落ちた。

 ティテの背後でシーヴェンがぴくりと反応する気配があった。彼もこちらを見ていて(もしかしたらあまり深く眠っていなかったのかもしれない)険しい表情をしている。サンカリとシーヴェンはよく似た眼差しでソティラスの次の言葉を待った。

「上層部の命令だ。デゼルターの捕獲とともに竜の台座の制圧も行うことになった。そのため、我々は竜の台座の制圧部隊に編入されることになった」

 ソティラスは渋面を崩さないまま、軍人らしい極めて厳格な口調で言った。

「そんな悠長なことを言っている場合じゃない。デゼルターが竜の台座の機能を完全に復活させてしまったら、現代の科学力でも太刀打ち出来ない」

 シーヴェンがのそりと立ち上がった。射抜くような視線をソティラスに向ける。だが女軍人はまったく臆することなく、竜の鋭い眼光を正面から受け止めた。

「それも理由の一つだ。君が言うように、竜の台座が伝説どおり世界を支配できるほどの力を持つのだとしたら危険極まりない。自国の領海上空にそんな危険なものを野放しにしておくわけにはいかない。速やかに制圧する必要がある」

「竜の台座を自分たちのものにしようというのか?」

 シーヴェンが、ティテが今までに聞いた彼の声の中でもっとも冷たい音色の声で尋ねた。サンカリですら聞き慣れない種類の声だったのか、彼も驚きと不安が半々ずつ混ざったような表情でシーヴェンを見つめている。声とともに吐き出される息で周囲の空気が凍ってしまいそうな声だった。

「無秩序な力を放置するわけにはいかない。適正に管理するべきだと言っているんだ」

「何も分かっていないな」

 シーヴェンが首を持ち上げ、ソティラスを見つめた。

「竜の台座は君たちが思っているよりもずっと凶悪だ。制圧など不可能だ。それどころか、世界はまた竜の台座に支配されてしまう。もう時間がないんだ。どうしてそれが分からない」

「軍人にとって上官の命令は絶対だ」

 シーヴェンの訴えかけを女軍人はその一言で一蹴した。

「一番近い基地の飛行艇部隊がこちらに向かってきている。アルデア・アルバはその部隊と合流する。これは決定事項だ」

「勝手にしろ。僕は行く」

 シーヴェンは重厚さを感じさせる動きでやおら立ち上がった。

「そういうわけにはいかない。君たちにはこのまま同行してもらうようにと言われているんだ」

 ソティラスはシーヴェンの顔の前に立ちはだかる。彼女は軍人らしい厳格さにより実際の身長よりも大きく見える人だったが、それでも竜の巨体に比べればやはりただの人間なのだった。

「君たちの都合など知ったことではない。ハッチを開けるんだ。開けないのなら、壁を壊してでも出ていく」

 シーヴェンが一歩、前に進み出る。

 ソティラスが手を振り上げると、後ろに控えていた部下たちが一斉に抜剣した。

「竜に剣で勝てるつもりか?」

 ただでさえ緊迫していた空気が、少し触れただけで破裂しそうなほどに張り詰める。

 サンカリが身を翻し、シーヴェンの背中に飛び乗った。

「ソティラスさん、ハッチを開けてください! 僕たちは本気です。開けてくれないとシーヴェンは本当に壁を壊しますよ!」

 シーヴェンの背中の窪みに収まりながらサンカリは叫んだ。

 ソティラスと部下たちは数歩、後ろに下がったものの、殺気にも似た視線は竜と竜守の少年に注がれたままだ。

「ティテ!」

 サンカリが少女の名を呼んだ。彼は震えるような瞳でティテを見つめた。どうする? 一緒に行くのか? ここに残るのか? そう問いかけているのだった。

 ティテはサンカリとソティラスの顔を何度か交互に見た。そして、ソティラスに背を向けた。歩き出す。

「行くのか?」

「はい」

「それで良いんだな?」

「覚悟は決めました」

 ティテはソティラスに微笑んだ。自然と笑みがこぼれた。心の中に迷いはなく、感情は穏やかだった。

 ソティラスがティテを見つめてくる。その瞳は彼女がアコーディオンを見る目とよく似ていて、つまり、ティテが見てきた中で唯一、彼女の軍人らしくない視線だった。やがて彼女は、小さく一つだけため息を吐き、振り返って部下たちに命令した。

「全員納刀。ハッチを開けろ」

 申しつけられた部下たちは、一瞬だけ戸惑いを見せたものの、すぐに軍人として厳格に任務をこなすべく動き出した。

 若い兵が貨物室の入口横の機械パネルを操作した。貨物室の壁が動く。その一面だけがスライド式の扉になっていたのだ。エンジンが轟く音とプロペラが回転する音、そして風が猛烈な速さで吹き荒ぶ音が、無秩序に混ざり合って貨物室に飛び込んでくる。扉が開ききると、今度は床が動き、外に向かってせり出した。デッキが完成した。本来は艦載機の発着用だが、シーヴェンが飛び立つのにも十分なスペースになっていた。

「ティテ」

 ソティラスは少女を呼び止める。そして、軍服の中から何かを取り出した。

「持っていけ」

 回転式の弾倉を持つ拳銃──リボルバーだ。シリンダーも引金も撃鉄も白銀色、木製のグリップだけがニスの塗りが際立つ濃茶色。バレルが極端に短く、ティテの手のひらにすらすっぽりと収まってしまうくらい小さい物だった。にもかかわらず、ずしりと重い。固く冷たい感触が、人を傷つける物であるということを否応なく実感させる。

「これ……」

 ティテは戸惑いの表情でソティラスを見上げた。

「念のためだ。役に立つか分からんし、使わずに済むのが一番良いんだが」

 ソティラスは真っ直ぐにティテを見つめている。

 不思議な人だと思った。軍人らしい振る舞いと、ごく普通の女性らしい仕草が矛盾しながら同居している。ティテにはついぞソティラスの考えていることが分からなかった。逆にティテの思考はことごとくが見透かされている気がした。心の奥底にあって、ティテ自身ですら言葉に出来ないような部分まで全て。しかし、それが決して不快ではなかった。

 ソティラスは銃の構え方や安全装置の外し方などを手早く簡潔に教えてくれた。

 シーヴェンは貨物室を歩いていく。大きな歩幅でほんの数歩でデッキまで到達した。

「ティテ、行こう!」

 サンカリに呼ばれ、彼女は受け取った拳銃を無造作にポケットにしまうと、シーヴェンが歩いたのと同じ距離を、彼女の小さな歩幅で駆け抜けて、黄金色の竜の背中に飛び乗った。両翼の間の窪みに体を滑り込ませる。サンカリがティテの上に覆いかぶさるようにして乗った。

 シーヴェンは翼を広げて風を受け、一気に飛び立った。

「部隊と合流したら、我々も出来る限り早く竜の台座に向かう! くれぐれも無茶はするな!」

 背中越しに、吹き荒ぶ風の音に紛れて、ソティラスが叫ぶ声が聞こえた。

「ありがとう!」

 急激に小さくなっていくソティラスに向かってティテは叫んだ。聞こえたかどうかは分からない。

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