6匹の蟻
学校の中庭には、蟻の巣がありました。珠ちゃんは、そこに座り込んで、蟻をじっと見ています。トコトコ列をなして歩く姿が、とても可愛らしくて、いつまでも見ています。蟻もまた、珠ちゃんを見てくれているような気がします。
「やーい、珠美がまたアリンコと話してるぞー」
「やだ、気持ち悪〜い」
そんな珠ちゃんを、周りのみんなはいつも揶揄します。誰かが、珠ちゃんに石を投げつけました。
「痛い!」
「当たった!やーい死ね死ね!」
珠ちゃんは、それでも、蟻を見続けました。
「いつか、ありさんだけの世界になったらいいのにな」
珠ちゃんがポツリと呟きます。蟻だけが、珠ちゃんの唯一のお友達です。お母さんが死んでからは、特に、毎日蟻とお話をしています。そんな珠ちゃんにとって、蟻は大事な話し相手でした。
「あっ」
蟻が見えにくいなと思ったら、辺りはすっかり暗くなって、誰もいなくなっていました。珠ちゃんは、蟻を見ていると、他のことが気になりません。だから、帰りが遅くなることはよくあります。だけど、こんなに暗くまで見ていたのは初めてでした。
「暗いよ、怖いよぅ」
珠ちゃんは、急に闇の中にいて、独りぼっちで、とても怖くて泣いてしまいました。でも、学校には誰もいないし、誰も珠ちゃんを探しには来ませんでした。
「ありさん、まだ起きてる?」
珠ちゃんは、見えない蟻に声をかけました。返事はありませんが、きっとそこにいるはずです。そのとき、雨が降り始めました。真っ暗な中庭に、バチバチと雨粒が落ちる音が聞こえます。
「だめ!ありさんが死んじゃうよう!」
珠ちゃんは、手探りで巣を見つけて、その上に覆い被さりました。十月の雨は、寒くて冷たくて、珠ちゃんの体力をみるみる奪っていきます。そして、珠ちゃんは雨の中、とうとうその場で眠り込んでしまいました。
ふわふわ、夢見心地の中、誰かの呼ぶ声がします。
「珠ちゃん……珠ちゃん」
珠ちゃんが、目を擦って見ると、そこには蟻が1匹いました。
「ありさんだ!無事だったんだ!」
「うん、他のみんなは流されちゃったけど、巣穴にいた子は、珠ちゃんのお陰で無事だったよ」
珠ちゃんはびっくりしましたが、さっきの声の主は、なんとその蟻でした。
「ありさん!お話できるの!」
珠ちゃんは、寝転がったままだけど、飛び跳ねたいくらい喜びました。
「珠ちゃんは、僕たちのお友達だから、お話しできるのは当たり前さ」
「うん、お友達!」
珠ちゃんは、蟻にお友達だと言ってもらえて、とても嬉しい気持ちになりました。珠ちゃんが、もっと蟻とお話ししたいと思っていると、蟻は、真剣そうな顔で言いました。
「珠ちゃん、実はお願いがあるんだ」
「お願いってなあに?」
珠ちゃんは興味津々で聞きます。蟻は続けます。
「僕たち蟻は、小さいから、僕たちの力だけじゃ、人間に勝てない。だから、大きくなりたいんだ」
「でもどうやって?」
すると、巣穴から出てきた蟻が5匹、珠ちゃんの体を這って登り始めました。
「やだっ、くすぐったいよう!」
珠ちゃんは、大好きな蟻がくっついて来たから、くすぐったいけど、とても可愛く思いました。そして、最初の蟻も、珠ちゃんの体を登り始めました。そして、鼻の頭まで来たとき、こう言いました。
「珠ちゃん、珠ちゃんの体、食べさせてね」
次の日、珠ちゃんは、出席しませんでした。
「お、今日はアリンコ休みか」
「臭いから嫌い」
「あんな子、死ねばいい」
そのときです。廊下の方から、ドタドタと音がしました。みんなが驚いて、ドアの方を見ると、そこには、巨大な虫らしきものが覗いていました。その姿を見て、みんなは恐怖に震え慄きました。それは、2メートル程もある、巨大な蟻だったのです。
「ギャア!」
みんなが悲鳴を上げた瞬間、その巨大な蟻は、教室へ入り込みました。そして、すごい速さで生徒を一人喰い殺しました。そして、また一人と、次々に捕食していきます。
「嫌だ!死にたくない!」
教室中は大パニックです。
「大変だ、あっちのドアから逃げるぞ!」
みんなは教室から逃げようと、もう一方のドアの方へ走ります。しかし、教室を出ようとした瞬間、巨大な蟻はお尻から体液を分泌しました。
「クソっ、目が!」
「いやん、何も見えない!」
強力な蟻酸です。
「ゴミが!アリンコの分際で!死ねよ!」
「そうよ!蟻地獄に堕ちろ!」
視力を失った生徒たちは、必死に蟻を侮蔑しましたが、終いには頭を喰われ、足を喰われ、無惨に殺されました。そして、1分も経たないうちに、クラスの全員が食い殺されてしまいました。
「さて、後は何室残ってる」
巨大蟻は、凄い速度で次の教室へ向かい、同じ様に全員を食い殺しました。
他の階でも、巨大蟻が、生徒を食い殺しています。総勢6体。1年生から6年生の教室まで、各学年に1体ずつ、それぞれの学年の生徒を駆逐していきます。生徒たちは、その蟻の巨大さと、動きの速さになす術もなく、とうとう、学校中全ての生徒が、巨大蟻の餌になりました。全ての生徒を食い殺した後、巨大蟻の1体が、最後の一口を飲み込んで、こう言いました。
「珠ちゃん、これから、蟻だけの世界を築いていくからね」




