1-3 この広くて狭い世界の中で…
親方からの呼び出しの内容はこの船旅がもう5日も経てばおわること、そこでは真水、うまい酒、女が待っていることだった。この内容に船員は大いに盛り上がり、その歓声は毎日ビスケットしか食べられずにヒョロヒョロになった体を共鳴させ、そのまま体をなぎ倒しそうになる。
コールも一緒になって叫んだ
なんでかって?こんなにも陰湿で、つまらない海の上で、希望の地平線が示されたからである。
最後に、夜番を起こし就寝するように言って解散した。
……終わったと思っていた。
でもすぐに親方から呼び戻された。そしていつもよりわざとらしい優しい声で言った。
「今日の夜番のやつが脚気で倒れた……わかるよな?」
あ゛ぁん?
言いたいし、できることなら殴りたいがそれを必死で言わない、でも顔に出るのは仕方ないと思う。
自分が苛ついた理由は3つ
一つ、うざい
二つ、眠い
三つ、はっきり要求を言え
親方はコールの表情を読み取ったのだろう
「おまえ、船の経験は?」
「これが初めてです」
「じゃあやれ」
訳がわからない。
親方がコールの顔を覗き込む
「それとお前、この船に”乗さしてもらっている”んだよなぁ?」
臭い息、変に間延びした声、
でも”そのこと”を持ち出されてはたまったものじゃない。コールの顔は一瞬でひきつった。
そう、コールは大陸から島に渡るためにこの船に乗ったのだ、あの大陸から逃げるために―――
俺はマストの見張り台にいた。夜番のやつの持ち場がここだったらしい。船がここゆっくり、でも大きく揺らす。
黒い夜空を見る。それを見るとまだ心が熱くなる。
空という名の黒い海に落ちそうになる。
見張り台の外が全部それで、何回も揺れが空をひっくり返そうとしてくる。
冷たい波がまだ俺を狙っている。
一人しかいなかった。
何度もあがいたが、無理だった。
目にかかる海水は、しょっぱかった。
いいや、涙だった。
目を擦った。
その腫れたまぶたを少し上に向けた。
そこは、暗く、冷たく、壮大で、月光に照らされたチラチラみえる波間のように星があった。
でも
”それ”を見つけたとき、誰かが心を温めてくれた。
北極星だった。
確かにそれを見たとき、心を温めてくれる誰かがいた。
一人じゃなかった。
涙が出た。