1-2 起き上がって
坊主こと、コール・ノーケンはあれから記憶が途切れている。
親方たちは気絶した彼を拾って甲板の日陰におき、彼の面倒を一人の水夫に任せ皆は持ち場に戻った。
コールは起き、そして体中の痛みで顔をしかめた。
「うーん」
「おや?起きたかい?」
壁に持たれていた水夫が喋った。その目深に被ったキャップと、腕組みの体制を直す
「全く、君にはまだ寝ていてもらわないと、せっかく持ち場を離れられたのに」
「今の季節でよかったな、冬だったらマジで死ぬかもしれん」
コールが痛みで口があまり聞けないのをいいことに、水夫は好き勝手いう
ああ、塩が目に染みる、喉が乾いた…
「ほい」
水夫はおいてあったコップの水を目と口に注いだ。
…臭い水だった。喉につっかえそうなものだが、乾きはそれを匂いごと飲み込ませた
「あ゛ぁーー」
喉の調子を整える。
「生き返った、君と神に感謝を」
「どうも、さっさと甲板磨けよー」
ガラガラの声で出した感謝の相手はそっぽを向きながら返した。
水夫はそれ以上言わず持ち場に戻っていく。
コールは所々が痛かったが壁を使って無理やり立ち、自分が寝て濡れた部分を清掃するためにバケツとブラシを取りに行った。
空はまだ青いが、もうすぐ太陽が赤く染めるだろう。
─────
今日はズキズキの体のまま船内を駆け巡った。
だが、当初よりは遥かにマシになった。
飯の時間になり、親方が叫ぶ
「飯の時間だ!!15分でまた甲板に集合!!」
甲板にいた水夫たちは、まるで餌に飢えたライオンのように、階下へ向かっていく。
「くっ」
コールもできる限りの全速力で向かったが、途中の階段でつまずいてしまった。
後ろの水夫が言う
「何ももたもたしてんだ?!さっさと走れ!」
コールはまだ起き上がろうとしている最中だ、
「あ゛ぁん、もう!」
水夫はコールの頭を殴り、そして肩を貸して階段を滑るように降りた。
「さっさと飯食っとけ」
その時コールは、ゲンコツの張本人であり、そしてコケた状態から助けてくれた水夫の顔を見た。水夫も気付いたようだ、
「貴様!あの時の坊主じゃねーか!」
この水夫はコールが甲板で気絶していたのを介抱した水夫だった。
「チェッ、もういい、そこで黙っとけ」
……水夫はそのまま走り去った。
コールを連れ出した水夫が過ぎ去ったあと、後ろに続いていた水夫はそれに目もくれず奥に走っていった。
先ほどの喧騒がなくなり、コールの前には静寂があった。嵐の後のようだ。
上からオレンジの光が照らしている。
そうなってやっと殴られた痛みをより自覚した。
「いってー」
頭を擦った
コールは
神の名を使った船員の憂さ晴らしと、
仕事の疲れと、
かなり気合いの入ったゲンコツで、
ぼろ雑巾であった。
「はあ、神よ我に祝福を」
といっても、ここまで自分を放置した神は今の状態でも助けてくれるだろうか?
あまり期待しないほうがいい
いいや、ありがたいことに神は自分をぼろ雑巾ではなく助けを求める一人の人間だと認識したらしかった、
水夫が二人分の水の入ったコップとビスケットを持ってきているのが見えた。
水夫がコールの目の前でとまる。
水夫はそっぽを向きながらビスケットと酒をコールに押し付ける
「世話の焼けるやつだ、二度とツラ見せるんじゃねーぞ!!」
「ありがとう」
「黙っとけ」
「名前を聞いても?」
水夫は横に向けた顔のまま、目だけでこちらをキッと睨んだ、
「オヤジの声で耳がいかれたのか?」
お前の声も大概だ、
と、そんな事は言わない
互いにしばらく黙って、
水夫が言った
「飯食え、時間がねえ」
コールもそのことを忘れていた。
慣れない手つきで、カチカチの少し青くカビたビスケットを酒に浸す。少しだけでも柔らかくして食べようとしているのだ。
やっぱり硬い
水夫はそれを横目にビスケットに齧りつく、
やっぱり硬い
水夫は一層コールを睨む。
「ケッ、覚えとけ」
「……俺の名前は、シュウだ」
コールは言った
「…俺は、コールだ」