惑星探査 0303
⎯⎯⎯ 永遠の愛を誓いますか?
「死んでも尚愛しているよ、凛子ちゃん」
「私も愛を誓います、玲音」
教会は拍手に包まれ、交わした接吻は今までよりも愛に満ち溢れていた。
私を包む白いドレスは揺らいで、現実だと伝えに来る。
瞳を開ければ、そこには世界で最も素敵な男性が、夫が安らかな面持ちで私を眺めている。
生まれて史上、最も幸せな空間であった。
八年間交際を経た私たちは、晴れて結婚した。
あの素晴らしい日から二年が経過するが、
未だに互いの愛は減ることを知らずに加速する。こんなにも幸せになる権利はあるのだろうか。喧嘩という喧嘩もせず、不満も勿論無く毎日を送れているというのは贅沢そのものだった。まあ、靴下を脱いだままにするとか、食後の食器を水に浸さないとか、そんなことはあるけれど、それ以上のことはなかった。夫婦であれば、交際関係であれば許容すべきものだろう。ただひとつ、気になっていることがあった。玲音への疑いではないけれど、私自身の体調が優れなかったのだ。あまりにも連日で、普段病気をしない私は大きな病気にでもかかってしまったのではないかと心配していた。
「凛子ちゃん、明日どこか行く?」
「実はね、ここ数日体調が優れなくて。だからどこにも行けないかも」
「どこが悪いの、大丈夫?」
「気持ち悪くてご飯が食べれなくて」
「明日病院に行こう。凛子ちゃんいつも元気だから余計心配、俺もついて行くよ」
「ありがとう、ごめんねせっかくの休日なのに。」
玲音は私のことを気遣った返事をして、心配をしてくる。予定がなくなっても、私都合になっても文句を言わない彼は、きっとこの世では数少ない、良い旦那なのだろうと勝手に誇らしくなっていた。
「うーん、凛子さん。最終月経はいつですか?」
「そういえば、一ヶ月以上前から止まってます」
「やはりご懐妊されていますね。食欲が減衰しているのも、悪阻の影響です。八週目と言うところですかね。産婦人科の方へ足を運んで貰えると詳しいお話が聞けると思います」
驚いた。あまりに突然言われるものだから、ドッキリか何かなのだろうと思った。その気持ちを今でもよく覚えている。診察室から戻ったら、
玲音になんて言おうとか、あっさり伝えるのもそんな軽い話じゃないしな、とか色々なことを考えた。
「どうだった?病気とかじゃない?」
「妊娠してるって」
「え?本当?本当に?」
「うん」
あっさり伝えてしまった。私も、私が思う以上にパニックで言葉も頭も追いついてなかったのだ。玲音は優しく抱きしめてありがとうと何度も言っていたのを忘れられなかった。
初めての妊娠で、準備するものも分からず、ありとあらゆる動画を見ては、試行錯誤していた。新生児の肌着の種類の多さに度肝を抜かれ、陣痛の痛さをリアルに映した動画に震えさせられ、授乳間隔の頻度に絶句していた。それでも、日に日に増えていく母性と胎動に胸を踊らせていたのも、事実だった。玲音こそ、私よりも心配しては喜び、毎日私のお腹に向かって話しかけるものだから、緊張も半分に解れていた。健診の度に二人でエコーを見ては、もう南瓜の大きさだって、とかお手手がハッキリ見えたとか、幸せを共有していた。男の子だとわかった時は、玲音は大きくなったら一緒に運動をしたいとか、逞しい子が産まれてくるとか、先を見すぎた発言をしていて微笑みあった。そしてお産が近づく度、名前を考える時間も自然と増えた。そして、想像よりも早く、そして誇らしい名が決まった。
「夕焼けのように周りを照らす子になって欲しい」
「分かる、それもいいね。でも私は、星みたいに無数の可能性を抱いて欲しい」
「さすが凛子ちゃん、いいこと言うね」
「照、星?」
「うーん、夕数、うーん」
「「夕星!」」
「夕星くん、お父さんとお母さんのところに来てくれてありがとう」
「そうね、ありがとう夕星」
我が子の名前を呼ぶと、不思議とお産への恐怖も減り、これからへの期待と愛が私たちを両親へとさせた。
名前が決まってからの私たちと言うと、星が付いた鈴の音が鳴るおもちゃを買ったり、夕焼け色のロンパースを買ったりと何かと名前を意識してしまった。
春が目前まで迫った、予定日前日。
私は、一日早く陣痛に襲われ涙を流していた。大抵初産というものは遅れるらしいが、私は例にもよらず早まったのだ。
凛子ちゃんとしきりに名前を呼ぶ彼にも珍しく腹が立ち、感情をコントロール出来ていなかった。そんな中、ある、音が病院内に鳴り響いた。
「緊急避難命令、緊急避難命令、市民は直ちに地下へと避難してください」
頭が真っ白になった。急いで病室に置かれたテレビをつけると、おぞましい速さと量で地球に迫っている小惑星の映像が衛生から中継されていた。それは、もう止めることは不可能であると一目瞭然であった。
出産を目前にまで控えて、あと数分もすれば愛しいわが子が産まれてくるにも関わらず、得体の知れない小惑星は速度を上げて近づいてくる。そして、そんなことを知らずに陣痛は強まり、この世へ生を落とそうとしている。
助産師さんも慌てていて、まるで地獄のようだった。
「助産師さん、苦しいです、何かが挟まっているようで」
「ええと、佐々岡さん、落ち着いてください。今内診します」
そう言うと助産師さんは更に慌てふためいて、医師を呼んだ。
ぞろぞろと集まる人々に、私はもう産まれるのだと察した。
もう、ここで産むしかないのだと。
その場で掛けられる掛け声に沿って、私はいきみ、隣で手を繋ぎながら震える玲音と共に、第一子である夕星を迎えた。
「令和五年、三月、男の子産まれました」
助産師さんが声をかけるとそれを遮るように夕星の産声が響き渡った。
私たちは涙が止まらなかった。その小さな手を繋ぎ体重が軽い割に命の重みがひしひしと感じ、私達はその名を連呼し抱きしめた。
と、同時に耳を劈く音が響き渡り、次々と建物が崩壊していった。それは、非現実のように。屈めていた身を起こし目を開けると、我が子を取り上げていた助産師は血塗れになり、崩壊した建物の下敷きとなっていた。隣へと視線を動かすと玲音は虫の息となり、その息で僅かに私と夕星の名を呼んでいる。
震えて声の出ない私が空を見上げると、目の前には隕石のような、流れ星のような、とても大きな物体が視界を覆った。泣き叫ぶままの夕星を強く抱き締め、震える体のまま目を瞑った。
私の記憶は、そこで止まった。
惑星探査機0303応答せよ。0303?
「はい」
令和五年只今より崩壊し惑星地球への探査を要請する。0303可能か。
「はい」
では十分に小惑星に気をつけ随時情報伝達すること。
上司は手荒く俺を使っていた。本来であれば、金星だとか、土星だとか魅力的な太陽系の探査をしたいのに、要望は通らなかった。突如として崩壊した惑星地球の探査をするのも興味が無い訳では無いが、そこまで情熱的にはなれなかった。現地に着いたとて、人がいるわけでもなく、ただ歩くだけなんて面白くなかったのだ。しかし、俺の拾い親である上司に逆らう訳にも行かず、黙って従っていた。
話によると、俺は一人金星に捨てられていて
あと数分遅かったら死んでいたようだ。そんなところ、偶然探査をしていた上司である探査員が俺を発見し、救ってくれたそうだ。
本当の親の存在は知らず、恐らくいたとしても金星で産み落としては、他の惑星へと出ていってしまったのだろう。太陽系ではそれが珍しいことではなく、血筋の通った血縁関係が先祖から現代まで続いていない方が一般的だった。
0303、地球の様子はどうだ
「まだ着いてないです」
お前、24にもなるのに生意気だな。強制送還してやろうか?
「すみません、腕がちぎれるのは嫌です。直ぐに向かいます」
俺はこうして様々な惑星を旅して、未知なる情報を太陽系全体に伝えていく。その生活を24年間続けているからもちろん耳も遠くなったし、強制送還によって指の爪が一つ犠牲になっている。だからといって苦痛ではなく、それなりに楽しかったから逃げ出すことなかった。
いざ辿り着いた地球は砂漠のようで、やはり何も興味が湧かなかった。地球には、他の惑星と異なりクニだとか、ジンシュというのがあるらしい。未だに謎は多いままでそれを解き伝えていくのが俺の仕事だけれど、あまりにも閑散としていてつまらなかった。地球に降り立つのは初めてでは無かったが、何回訪れても感想は変わらなかった。丸い惑星のため、今までの端の探索とは変えて今回は中心部へと降り立つことに決めた。
やはり、景色は周りと変わらず土や砂埃、大きな石、ヒトと思われる俺と似た容姿のようなものしか無かった。以前の大きさの二分の一となった地球は探査にそれほど時間を要さなかった。ここまで荒んだ原因は惑星の衝突と聞いているが、これほどまでの規模を潰すなんてものは前代未聞であった。
周りをふらふらと見て歩くと足に何かが引っかかり危うく転倒しそうになった。
「いってえな。なんだよこれ」
一部のみ出ていたその塊を土の中から掘り起こした。
「なんだこれ?六芒星か?地球での六芒星は音が鳴るんだな。もしくは探知機か?」
思わず独り言を呟きながら、鍵になりそうなものが見つかったため、その付近の探査を進める。すると、その付近には僅かながら形を残した小さなヒトの為のような服や、瓶のようなものが見つかった。これを地球人は使っていたのだろうか。そう思うと、地球人は想像よりも小さいものなのだろうか。ここにくると決まって起こる頭痛に耐えながら、今回の報酬は大きいぞと興奮した。
そして俺は、ふと足が無意識に止まった。
目前にはミイラ状になった、大きな物体とさらに大きな物体、そしてその物体の腕と思われるものに挟まれている小さな物体を見つけた。ほんの少しだけ、それぞれの形が可視できた。
そして、その手と思わしきものには
「夕星」
と書かれたなにか、が握られていた。
「夕、星?」
「ゆうせい、ゆうせい?なんで俺はこの文字が読めるんだ?」
すると体は意図に反して勝手に動きだし、
勝手に涙を流した。
「母さん?親父?」
何故だろうか、直感だろうか。
分からないけれど、この人達が自分の両親で間違えないと、分からないけれど確信した。
何故だろうか、涙が止まらなかった。その小さな手と思わしきものには、一本だけ爪がなかった。俺がずっと強制送還により失われていたと思っていたものは、生まれつきであったのだ。言語化できない気持ちを抱えた俺の耳にノイズが入り交じった言葉が聞こえた。
0303、何か進展はあったか
「親を、両親を見つけました」
そうか。空を見てみろ
顔を上げると、そこには熱を帯びた赤い球体が目前へと迫っていた。
視界がホワイトアウトし、五月蝿いほどの耳鳴りがした。意識が朦朧として、静かに目を閉じた。
俺は死ぬんだと静かに悟った。
微かに聞こえる声に意識を戻された。俺は運良く、生きていたらしい。目を開けると、痛いほどの水が目の中へと入り込み、その痛さに思わず体をばたつかせた。
が、何かに当たり身動きが取れなかった。
痛みを我慢しながら目を開けると、赤黒い部屋に閉じ込められていて、太い糸のようなもので臍が繋がれていた。
外の会話へ集中し、耳を澄ますとその会話は僅かに聞こえてきた。
「夕星が、動いてる。もう逃げられない」
「大丈夫、大丈夫きっと助かるよ」
「でも、惑星が、避難って」
「大丈夫。俺も夕星もついてるよ」
夕星が俺の名で間違いないのであれば、外の声は母さんと親父だ。迷うことなく気がついた俺は必死の思いで体を動かす。と同時にこの訳の分からない部屋から急激に酸素が失われ、狭くなった。呼吸ができず苦しくなるよと同時に意識が遠くなる。一定時間が経過するとそれは元に戻り、母さんと親父は会話に戻る。この流れは繰り返され、その時だけに与えられた会話からこの地球のヒントを俺は探ることにした。
「滅亡しちゃう、死んじゃう」
「もう少しだから、頑張ろう」
「でも、三人で生きていたい」
「死なないさ。大丈夫」
どうやら俺は、地球が滅亡した日に戻ったらしい。俺の予想は正しく二人は、両親で間違いなかった。それを、こんな窮地でも俺のことを考えてくれる二人から伝わる愛と言うもので確証付けられた。
この滅亡を止める方法を知っていた俺は一刻も早く地球に伝えるべきだと思い、全力で体を動かした。すると、その時は突然現れた。
今までとは比べ物にならないほどの息苦しさと痛みによって、俺の視界が一気に明るくなった。
周りから与えられるおめでとうという声と、俺が全てを話せる権利が与えられた。
初めて目にする両親へ、初めてとは思えぬ情報を伝える。地球外にあるコメットという惑星の中に配置されたパラダ・デ・エメルヘンシアというものから地球を選び、コントラセニャを入力するとコンテシオンが作動するということを。
だが、現実は残酷だった。
その言葉は、言葉として発言されたものではなく、あまりに大きな泣き声となるのだった。
絶え間なく掛けられる母さんと親父から送られてくる、ありがとうという言葉と愛しているという言葉。俺はこの現実を変えることが出来ないままひたすらに泣いて涙を流した。
その大きな手を握り、暖かい腕に抱かれたままに衝撃は走った。
小惑星は、地球へと衝突した。
抱かれたまま目を開けられずに感じる、度重なる衝撃に俺は耐えられなかった。
そして、ふと走馬灯のように入ってきた
0303、どうして任務を放棄した?お前は捨てられ子として生きているべきだったのに
という言葉を忘れられないまま、意識は消えていった。
重たい目を開け擦りながらに目を開けると
目の前には記憶に遠くない人が目の前にはいて、俺に声をかけてきた。
初めまして、君の名前は0303。隣の惑星である金星で君のことを拾ったのさ。ちょっとした探査任務に携わって欲しくてね。どうだい?
俺は、この繰り返される人生で、どちらかを選ばなくてはならないようだ。
一つは、探査機0303として真実を把握した上で親の存在を放棄し生きたまま惑星探査を続ける。
二つは、地球人として名を持ち、あの地球が滅亡した日と同時に命を落とす。
そして俺は目を瞑り、一通りの可能性を思考した上でこう決意した。
「俺の名前は佐々岡 夕星。三月三日生まれ。お前らの駒にはならない」
そして俺は防護服を脱ぎ、無防備なまま、身を惑星間空間へと身を捨てた。




